第二章 ◇六頁◇
「あれ?七士先生は帰ったんじゃないんですか?」
宵太に抱きしめられていた芙和が、少し体を離しながら聞いた。
「帰ろうと思ったんだが、近馬と式に話をしておかねぇといけなくてな。今後に関わることだから断るなよ。といっても俺様に逆らえれば、の話だがな。」
にやにや笑いをしながら近馬の方を向く七士。
近馬の方は何も変わらぬ様子でいつものまま答えた。
「別に断る理由も無いからな、もちろん話を聞くぞ。宵太ん、そして木薙、そういうことだから綾杉をよろしくな。」
「任せとけ。寄り道程度の距離だから、そんなに畏まって言う程でもないしな。」
「依奈に欲情して宵太が襲い掛からないように、私が責任を持って送り届けるから安心して。いざとなったら必殺技まで出すから。」
「芙和の必殺技?かなり見てみたいな!」
「宵太程度の人間なら瞬きしている間に事は済んでいるからね。」
「なんだと!僕が見れないんじゃ意味が無いじゃないか!ちなみに、どんな必殺技なんだ?」
「目潰し。」
「瞬きしている間どころの話じゃないぞ!下手したら一生見えない、失明しちゃうじゃないか!」
「私がそんな下手なことををするわけないでしょう?確実に失明させるからね。」
「余計に不安だよ!」
抱きしめから解放された途端にこれだ。
いや、いつもより僅かにだが激しくなっている。
おそらく芙和の照れ隠しがいつもより強いからだろう。
「といっても、僕はロリコンではないから依奈に欲情することはまず無いから安心だな。小中学生に出す手は、僕には生えていないんだ。」
「うちは高校生、御柳くんと同い年だと何度言えばわかるんですか?そんなに御柳くんの記憶力がお粗末だとは、さすがのうちでも思っていませんでした。いくら御柳くんでも、小説を一冊読み終えるまでには登場人物の名前を覚え切るぐらいの記憶力はあると思っていましたが、それも過大評価だったみたいですね。御柳くんはきっとシリーズ全巻を読み終えても登場人物の女の子しか覚えられないんでしょうね。」
「それだったら、僕は女の子しか登場しない小説を読めば全員覚えられるんだな。」
「それはそれで、御柳くんの変態性が伺えますけれどね。」
「自分ならそういう小説を持っていますよ。女の子だけの恋愛小説。要するに女の子同士の恋愛小説ですね。」
変態という言葉に食いついてきた冷が、目を輝かせながら話に入ってきた。
「………ちなみに、冷や麦みたいのはどういう分類なんだ?」
「冷くんは存在自体が変態なので、今更変態かどうか話すのは無意味ですよ。」
呆れ顔で冷を指差しながら聞く宵太に、当たり前のことのように依奈が説明した。
「まあ、とりあえず僕がロリコンでないことを理解すればそれで良いんだ。」
「それなら宵太はシスコンなの?」
「だから僕はシスコンじゃない!どうして、そうまでして僕に特殊な性癖を持たせたがるんだ?」
「ほら、宵太ってキャラが弱いから。」
「そんな………僕って目立たないのか………」
わかり易い落ち込み方をした宵太の肩に軽く手を乗せながら、芙和が優しい口調で囁いた。
「だから宵太にキャラを強めてもらおうと思って。右手にレーザーガンでも付けてみる?」
「僕は何処の宇宙海賊だ!あんな肌にピッタリの服なんて着ないからな!」
「もし宵太がそんなキャラになったら私は全身をメタリ化しないといけなくなるね。」
「海外のメタルバンド信者になるのか?まあ、芙和の長くて綺麗な髪の毛なら素晴らしいヘッドバンギングを期待できるだろうけれどさ。」
「違うよ、私が言ったのはメタリ化。金属で覆うってことね。それと………さりげなく褒めるなー!恥ずかしいでしょ!」
芙和が打ち出した拳を手首を掴み止め、そのまま宵太は芙和と戯れ合い始めた。
「こいつらは相変わらずだな。まあ、いい。近馬と式、俺様の家に行くぞ。さっさとついてきな。」
「じゃあ綾杉、今日は一緒に帰れなくて悪いな。宵太んたちが落ち着いたら早めに帰るんだぞ。」
「わかりました。柊くん、また明日です!」
「おう、また明日な!」
「式ちゃん、そんなに固くならずに気楽についていって大丈夫ですよ。七士ちゃんは悪い人ではないですから。」
『そうですね。でも………改めて話があると言われると、少しは身構えてしまうのです。』
「式ちゃん、こっちに来て下さい。」
依奈が手招きをしながら言うと、式は素直にそれに従った。
ぎゅっ。
依奈はまた式を優しく抱きしめた。
その体勢のまま囁くように優しい口調で話し始めた。
「式ちゃんは独りじゃないですから、不安になった時は誰かを頼れば良いです。うちは抱きしめられるし、柊くんは心の支えになれます。さっきみたいに逆に抱きしめてもらうこともあると思います。そうやって繋がりを確かめ合えるんですから、ね?」
『………そうですね。少しは気を楽にして行けそうです。実は私はあの………緋鳥さんがどうも苦手みたいで………』
「七士ちゃんはそういう人です。苦手に思われやすいと言うよりは、苦手意識を植え付けている感じの人ですから。」
七士を苦手と思わないのは、この六人の中ではおそらく、近馬と依奈ぐらいだろう。
宵太たちも普通には接するが、やはりどこか苦手意識を持ちながらだ。
だから、式が苦手と感じるのも当然のこと。
この私立太刀守高校の全生徒から探しても、いや、教師含めて探しても苦手と思っていないのはやはり二人だけだろうし、他の人の方が苦手意識は強いはずだ。
「式、早く行くぞ。緋鳥んは待たせると不機嫌になるからな。それに、緋鳥んについていかないと、緋鳥んの家には辿り着けないしな。」
『そうなのですか?それは大変ですね。では、依奈さん、また明日お会いしましょう。』
「また明日です、式ちゃん。」
近馬と式が去った後に、依奈は少し考えていた。
七士が近馬と式だけを、わざわざ自分の家に連れていったからだ。
おそらく、式のことで先ずは当人たちだけに話すということなのだろう。
杞憂とわかっていても、それでも依奈は考えてしまう。
(式ちゃんが成仏しちゃうんじゃ………それ自体は良いことですけれど、友達の死期が近いなんて思いたくないです!)
「………駄洒落になっちゃいました。」
「依奈先輩、何が駄洒落なんですか?」
「な、なんでもないです!」