第二章 ◆五頁◆
『美恵留さん、熱は下がりましたか?他に悪いところなどはありませんか?』
「大丈夫だよ、零六ちゃん。心配してくれてありがとうねぇ。あたしも歩いて帰れるから、御柳は木薙ちゃんと帰りなよ。」
「本当に大丈夫か?冷や麦だけだと少し心配なんだけれど。」
「御柳先輩、自分だって意識のある人間なら支えることが出来ますよ。」
「いや、体調が悪いことを良いことに天里を暗がりに連れ込んで………」
「み、御柳先輩!さすがにそこまでは―――」
「亡き者にしちゃいそうだからさ、って思ったんだけれど、冷や麦でもそこまでしないよな。」
「………そ、そうですよ!殺人なんて犯罪的行為はしませんよ!やるとしても軽くロリ少女で遊ぶくらいです!」
「『ロリ少女で』ってなんだよ!」
「口を滑らせてしまいました。」
「滑ってもそんな言葉は出ないよ!」
宵太と冷が話している内に、美恵留は帰る準備を終えていた。
「美恵留ちゃん、本当に大丈夫です?無理しないでください。」
「綾杉ちゃんもありがとうねぇ。あたしは大丈夫だから綾杉ちゃんは柊との時間を大切にしなさいよ。」
「ふぇ!ななななな、何を言うんですか、美恵留ちゃん!そ、そんなの当たり前ですもん!って、違くて………あれ?違わないな………と、とにかく、お大事にです!」
「綾杉ちゃんは可愛いねぇ。柊、大事にしてあげなよ。」
顔を真っ赤にした依奈の頭を撫でながら、美恵留は少し離れた近馬に言った。
「『大事に』って、俺がいつ綾杉を乱暴に扱ったんだ?あ、あれか?今日、生徒会室に向かう時に綾杉をお姫様抱っこしたのが悪かったのか?」
「ひ、柊くん!そんな、みんなの前で………あ!でもでも、お姫様抱っこは嬉しかったですからね!」
「綾杉、どうした?態度がおかしいし赤くなっているし………まさか、綾杉も熱を出したのか?」
そう言いながら近馬は依奈のおでこに触れた。
「ひゃう!ひ、柊くん、いきなりはびっくりです………あ、うぅ。ふ、芙和あ。うちはどうすれば良いですかあ?」
「ぐっじょぶだよ、依奈!」
「そ、そんなあ………どきどきが限界ですもん………」
「熱はないみたいだな。綾杉、大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですよ!かかかかか、帰りまひょうか!」
「あっはははは!『帰りまひょうか』だってさ!あはははは!依奈は何処の商人だよ!江戸時代か?あっはははは!」
「噛んじゃっただけですもん!御柳くんはいちいちむかつきますね!」
「依奈の反応が面白すぎるからな。特に近馬との関わりは。それにしても………『帰りまひょうか』って………まひょ………くっくっくっ………まひょうか………くっ………あっはははは!」
「宵太、笑いすぎでしょ。お仕置きね。」
ぺしっ。
「痛ッ。芙和に叩かれた………親父には会ったこともないのに………」
宵太は叩かれた頭を押さえながら、某機動戦士アニメの名台詞を改造して言った。
「宵太ん、それはリアルすぎて笑えないぞ。」
「あ、そうか。僕としたことがミスったな。」
『宵太さん、どういうことですか?』
「ろり式にはまだ話していなかったけれど、僕って父親と会ったことがないんだ。まあ、今更会ったとしても本物かわからないから気にしていないけれどさ。」
『ですが、やはり周りのみなさんは気にしてしまいますよね………私も聞いといて、どう反応して良いのかわからないですから。』
「近馬以外はまだ慣れないみたいだからな。まあ、仕方ないさ。」
「俺も慣れているわけではないけれどな。とりあえず、この雰囲気をどうにかしないとな。綾杉、大丈夫か?」
「柊くん………少しの間だけでも良いので、傍にいてもらえますか?」
「ん?あ………ああ、そうだな。わかった。綾杉が落ち着くまで良いぞ。」
「………ありがとうございます。」
依奈は近馬の腕をぎゅっと握ったまま俯いていた。
式は不思議そうに覗き込んだが、近馬が無言で制止したので依奈を後ろから抱きしめた。
「式ちゃんもありがとうです。」
依奈が触れられるということは、式からも触れることが出来る。
唯一と言っていい程の存在を大事にする為にこれを選んだのだろう。
「宵太………そういう話はしないでよ………悪いとは思いつつ………同情しちゃうでしょ………」
「芙和、ごめんね。そういうつもりじゃなかったんだよ。僕の方が不謹慎だったよ。」
「宵太には私がいる。近馬くんがいる。依奈も比名麦くんも美恵留さんもいるから………だから、そんな悲しいことは言わないでね?」
「そうだね………まったく芙和は可愛いなあ!」
「ちょ、宵太あ!」
芙和の優しさを嬉しく思った宵太は、耐え切れなくなって思わず抱きしめた。
芙和は抵抗していたが、しばらくするとおとなしく抱きしめられていた。
照れながら抵抗しながらも、おとなしく抱きしめられているところ辺りが、芙和の可愛いところだ。
「ふむぅ………御柳先輩と木薙先輩、柊先輩と依奈先輩とろりちゃん。うん、なんだか羨ましい光景だな。自分もあんな感じを味わいたいな。」
「それなら、こうしてあげるよ。」
冷が呟いていると、急に美恵留が後ろから抱きしめてきた。
「み、美恵留?また熱でも出てるのか?」
微妙に上擦った声で冷が美恵留に話しかけた。
すると、美恵留は冷の耳元で囁くように答えた。
「単にこうしてあげたくなっただけ………あたしじゃ嫌?」
「そんなわけないだろ!いや、でも………む、胸が………」
「まったく冷は………この変態め!」
「ぐえぇ!」
美恵留は抱きしめた腕をそのまま首を絞める形に変えた。
冷は強く絞められているわけではないのだが、そうであるかのような反応をしているのは、若干の照れ隠しも含まれているからだろう。
「あむ。」
「ひゃうわあ!」
腕を緩めて、またしても耳への甘噛み攻撃。
やはり、まだ熱があるのかもしれない。
「み、美恵留!今日は帰ったらおとなしく寝なさい!」
「冷があたしに命令とは生意気だねぇ。お仕置きしなきゃだねぇ。あむあむ。」
「うっひゃわあ!」
後ろからの攻撃に太刀打ちできずにされるがままの冷。
楽しそうに見えるのは気のせいではないだろう。
「おい、てめぇら………いい加減に帰りやがれよ。」
帰ったはずの七士がいつの間にか入口に立って、不機嫌そうにそう言った。