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第二章 ◆三頁◆


―――ここで少し、零六式について話しておこう。

よくよく考えてみればおかしな話なのだ。

名前も顔も知らない相手から告白され、それを待っていても来なかったからという理由で自殺。

はたして、"そんなこと"が理由になるのだろうか?

実際に理由になってしまっているのだから、答えはわかりきっているのだが、それでも疑問だ。

つまり、式にとってはそれでも理由になるものだった、ということなのだ。

それでは何故、式にとってそれが自殺の理由になったのか、それを話しておこうと思う。


式はごく普通の、ごく一般的な、ごくありふれた家庭に生まれた。

そんな普通で一般的でありふれているはずの式には、一つだけ大きな問題があった。

それは、"他人からの異常な拒絶"だ。

ここでの"他人"とは、"血の繋がりの無い人々"ではなく、"自分以外の、まさしく他人"なのだ。

物心が付いた頃には式自身も理解していた。

しかし、式が理解していたのは、"これが当たり前なんだ、私だけが特別なわけじゃない"と、歪んでしまった理解だった。

少なくとも育児放棄をされているわけではないのだが、それでも式はずっと独りだった。

孤独であるが故に本を読みあさり、本から人との繋がりを見出だそうとしていた。

学校にも通い、そして学校を好きになった。

式自身には、やはり関わろうとしないが、目の前で変わっていく光景がとても好きだった。

生徒同士や教師同士、または生徒と教師の関わりを見ているだけで、式は満足していた。

もはや慣れきってしまっていたのだ。

自分自身に無関心の世界に。


その考えが災いしてしまったのが、言うまでもなく中学卒業直後。

式は告白されたのだ。

いや、告白されてしまったのだ。

あれ程無関心にされ続けていた世界に、関わられてしまった。

式はその関わりを素直に喜び、相手のことを待っていた。

待ち続けていた。

それなのに相手は来なかった。

来れなかった理由はあるだろうが、そんなものは式には関係が無い。

"裏切り"。

式はそう感じた。

限りない絶望感、虚無感、拒絶感、堕落感、果てしない程の負の感情が溢れた。


―――関わりを断とう。


式はそれだけを思うと、迷わずに自殺した。

しかし、それでも式の思いや想いや念い、それらが図書館跡の廃墟へと溜まり、留まり、地縛霊として存在していた。


「成仏できずにここに居憑いている幽霊ってのは、てめぇか?へぇ、なるほどねぇ。お嬢さんも随分と苦労していたみたいだな。とりあえず俺様と話でもするか?」


仕事でやってきた七士は、廃墟に入ると誠実な神主そのものの表情で式に話しかけた。

誠実な神主そのものなのは表情だけなのだが。


『嫌です………来ないでください………私は誰とも関わりたくないのです………あなたも私を消しに来たのでしょう?』


式は完全に拒絶していた。

おそらく、七士が来る以前にも、式を成仏させようとする人物が来ていたということだろう。


「あん?何を言っているんだ?俺様がてめぇを成仏させる?ふざけたことを言うんじゃねぇよ。俺様はてめぇと話をしに来ただけだ。そんなめんどくせぇことは俺様はやらねぇよ。」


『で、でも………私は幽霊で………成仏させるべきだって………この前の人は言っていました………』


「知るかよ。俺様は俺様のやり方があるんだ。幽霊と成仏をイコールなんかで結ぶのは馬鹿げた考えだぜ。そんなことはどうでも良いから、俺様と話せ。」


『で、でも―――』


「うるせぇなあ。俺様が話せって言ったんだから、俺様と話せば良いんだよ。わかったなら頷け。それとも文句でもあるのか?」


先程とは打って変わって、誠実さの欠片も無いような、そんな悪魔的微笑を浮かべて言った。

そんな七士の言葉に式は頷くしかなかった。

そして、式は七士に自分の全てを話した。

警戒心はあったのだが、それを上回る程の七士の包容力に圧倒されていた。


「なるほどな、それだけわかれば十分だ。よし、そのうちここに三人の人間を連れてくる。ただし、最初は警戒を忘れるなよ。俺様が連れてくる奴らと違うのを受け入れたら大変だ。先ずは疑え、そして名前を聞け。」


『名前………ですか?』


「そうだ。名前を聞けばおそらくわかるだろう。糞真面目な変人と、無気力な阿呆と、馬鹿正直な変態が来るからな。」


『それだけを聞くと、嫌なイメージしかないですよ………』


「それなりにまともな奴らだから安心しろ。俺様がてめぇをここから出してやる手助けをしてやるから覚悟しておけ。有無を言わせねぇ、選択権も無ぇ。俺様に従えばそれで良いんだ、わかったか?」


『え………あ………はい。』


「よし、それで良い。また会う時までに悪霊になったりするんじゃねぇぞ。そうなった時が、てめぇを消す時だと思ってろ。」


七士はそれだけを言うと廃墟から立ち去った。

式はしばらく七士の行った方向を見つめていた。


『なんだか………不思議な人………信じても大丈夫なのかな?』


式の心配はすぐに消えた。

何故なら七士が去った数時間後には、近馬と外に出ていたのだから。

つまり、七士は仕事を頼みに行く直前に式との距離を縮め、やり易くしていたということだ。

そうでなくては、いくら近馬だとしてもあんなに早くは打ち解けられないのだ。

七士の予定通りに事は運び、そして見事に収まった。

しかし、この事は誰も知らないし、誰も知る必要が無い。

式の生い立ちを知ったところで何かが変わるわけでもないし、七士の仕事ぶりを知ったところで何も変わらないからだ。

そう、いつも通りで良いのだ。

知る必要の無いことは、いずれ知るその時まで知らないままで良い。

今現在、笑っていられるのなら知る必要が無いのだ―――


『依奈さん、もう大丈夫ですよ。ありがとうございました。』


「うちで良ければいつでもどうぞ。」


「依奈もちょうど人肌が恋しいしな。」


「御柳くんは黙っていてください!」


「依奈、安心して。私が抱きしめてあげるからね。宵太なんて放っておいてさ。」


「僕も人肌が恋しいんだけれどね。芙和に抱きしめてほしいな。」


「宵太には黄泉ちゃんがいるでしょう?家に帰って好きなだけ抱きしめてもらいなさい。」


「僕は妹に抱きしめられて喜ぶようなシスコンじゃないからな!」


『私、今がとても幸せすぎて、思わず成仏してしまいそうです。』


式はくすくすと自虐気味に笑っていた。

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