第二章 ◇二頁◇
「柊くん、一応うちなりに考えたのですが、これでどうです?」
依奈が企画の概要をまとめた資料を近馬に渡すと、近馬は依奈の頭を撫でながら答えた。
「うん、良いと思うぞ。さすがは綾杉だな。」
「えへへ、褒めてもらえると嬉しいです。それでですね、この企画って部活紹介や学力試験などの恒例行事の中で行うので、当日までは内密にした方が良いと思うのです。その方が純粋に熱意や、やる気などがわかるので。」
「そうだな、そうしよう。部活の予算目当てで何かを向上させるなんて考え方が不純すぎだよな。俺の考えはまだ未熟だったな、反省だ。やっぱり、綾杉がいてくれて助かるぞ。」
そう言われると依奈は満足そうな表情で、近馬に寄り掛かるように座り直した。
(依奈さんが羨ましい………私はそんなことできないもんな………)
その後ろで式はそんなことを思っていた―――
ようやく、企画の目処が立ったので会議が終わった。
宵太と芙和、冷と美恵留の戯れ合いも終わったようで、六人と一霊で雑談を始めた。
話題はやはりというか、式についてだ。
「ねえ、宵太?零六さんは幽霊なんだよね?それなのにどうして記憶が蓄積されているの?」
「それは、あれだよ。地縛霊の時はその土地を、今現在は近馬の身体を媒体にして、ってことじゃないのかな?」
「『じゃないのかな?』って曖昧な答えだね。そんな無知で無恥な宵太に鞭を振るって、鞭打ち症にしてあげる。」
「芙和、それって駄洒落か?全く面白くないよ。」
「これはお洒落だよ、言葉のお洒落。なんだか、妖艶な響きだと思わない?」
「どこら辺がだ?」
「自分にはわかりますよ、木薙先輩!言葉の中に"むち"という響きが計四回もあるところですよね?むちむちむちむち………なんだか、とても良い響きじゃないですか!」
宵太が頭に疑問符を浮かべていると、冷が身を乗り出しながら興奮気味に言った。
「………私はそんな変態みたいな意味で言ったわけじゃないのだけれどね。」
「大丈夫ですよ、木薙先輩。人は少なからず変態なんですから。人間が変態だからこそ、変態という言葉が生まれたのですよ!」
「冷後輩、暴走しすぎだぞ。木薙を変態呼ばわりし続けていると、宵太んは内心で喜んでいるかもしれないが、綾杉が許さないだろうからな。」
「それは困ります!では、御柳先輩と二人だけで、後日この話題で盛り上がりましょう。」
「いや、僕はそんなこと考えていないからな!それよりも、話を戻せよ。脱線しすぎだ。」
宵太が仕切直し、再び式の話題となった。
「式ちゃんは柊くんのことが、その………好きだから取り憑いたんですよね?」
『はい、そうですよ。新しい心残りが出来たので、成仏することが出来なくなってしまったのです。同時に、心残りの対象が変わったので、幽霊としての分類も変わりました。』
「ちなみに、今は何です?」
『背後霊、だと思います。まるで、ストーカーみたいですよね。』
くすくすと、やはり自虐的に言った。
式はどうも自虐的に話す傾向がある。
といっても、後ろ向きな自虐ではないので周りの雰囲気が乱れることは無いのだが。
「ろりちゃん、ストーカーなら自分にしてほしいです。自分は喜んでそれに応えますよ!」
「冷は少し黙りな。そうだねぇ、"脳梗塞"にでもなっていたら良いんじゃない?」
「天里、それだと冷や麦が死んじゃうじゃないか!黙る以前に永眠だぞ!」
「いやいや、御柳先輩、落ち着いてください。」
宵太を制止した冷がそのまま言葉を続けた。
「"脳拘束"なんて、かなり高レベルな緊縛プレイじゃないですか。自分は是非ともやっていただきたいですよ。」
「"脳拘束"じゃない!"脳梗塞"だよ!"脳拘束"だとしても、それをやってほしいだなんて冷や麦は変態すぎる!」
冷はかなり間違った勘違いをしていた。
もし、"脳拘束"なんてものがあるのなら、どうやるのだろうか?
「またしても褒めていただき光栄だ!御柳先輩は自分を褒め殺す気ですか?どうせなら拷問していただきたいな。」
「僕には冷や麦を止めることは出来ないのか………」
「御柳、あたしに任せなよ。冷を黙らせるのは得意だからねぇ。」
「頼むから暴力は無しにしてくれよ、天里。」
「わかっているよ。あたしが冷の頭を撫でさえすれば、この子は静かになるんだよ。」
「そんなことが―――」
「ごろにゃあん。」
「有り得るのかよ!」
まるで猫のようになった冷を見て、宵太は思わず漫才のようなツッコミをしてしまった。
これは美恵留がやるからこそ効果がある行為なのだ。
幼い頃から培われたものなのだろう。
すると、それを見ていた式がくすくすと笑いながら言った。
『みなさん、とても仲が良いんですね………私、みなさんが羨ましいです。私もこんな風に話せたらな、って思います。』
「式ちゃんも、そのうち溶け込めますよ。先ずはうちがお話相手になりますよ!」
依奈はそう言うと、式の手を優しく"握った"。
『………あれ?依奈さん、どうして私の手を"握れる"んですか?』
「綾杉は緋鳥んと同じで幽霊に触れられるんだ。理由はよくわからないけれどな。」
式の疑問を近馬が代わりに答えた。
それを聞くと式は流れることの無い涙を目に浮かべながら、嗚咽を漏らし始めた。
『う…れ…しい………嬉しいです………』
「えっと………うちはどうすれば良いです?どうして式ちゃんは泣いているんです?」
「綾杉、自分が思ったことをやれば良いさ。」
戸惑う依奈に近馬がそう言うと、依奈は少し思考した末に式をそっと優しく抱きしめた。
『人がこんなにも温かいなんて………触れることがこんなにも嬉しいなんて………死んでから気付くなんて遅いですよね。』
「遅いとか早いとかじゃないぞ。式自信が気付いたことが大事だと俺は思う。」
「うちもそう思いますよ。式ちゃんだってこれから学べるんですから。」
しばらく、式の涙が収まるまで依奈は抱きしめ続けた。
そんな二人の姿を見て、不謹慎なことを呟く人間が一人いた。
「女の子同士が抱き合う姿もなかなか………いや、でも、やっぱり柊先輩と関わっている時の方が………」
言うまでもなく比名麦冷だ。
その言葉を聞き取れたのが美恵留だけなのは、幸か不幸かどちらなのだろうか。
どちらにしても、後で何かされることは間違いないだろう。