第一章 ◆一頁◆
私立太刀守高校の屋上に寝転び、空に浮かぶ流れる雲を眺めながら僕―――御柳宵太は溜息を吐いた。
「相変わらず、変わらないなあ。」
そんな独り言を呟き、また一つ溜息を吐く。
「宵太、私が死んじゃってから毎日つまらなそうだね。幽霊になった私が言うのも変だけれど、元気を出してよ。」
ふわふわと浮いている、半透明な制服姿の女子生徒―――木薙芙和が僕の顔を覗き込みながら言う。
「だって僕は芙和のことが大好きだったんだよ?それなのにさ、芙和が急に死んで、頭が変になりそうだよ。」
「ごめんね、宵太。突然のことだったから私もびっくり。でもね、これだけは言わせて。私も宵太のこと大好きだよ………」
徐々に薄れていく芙和の姿。
僕が触れようとしても、幽霊に触れることなど不可能なのだ。
ただただ、空振るだけ。
「芙和!まだ消えるなよ!本当に居なくなったら僕はどうすれば―――」
―――芙和が宵太から渡されたノートを閉じ、顔を上げた。
もちろん幽霊でも半透明でもない、実体のある人間だ。
ちなみに今は放課後で、生徒会室に二人でいる。
つまり、宵太たちは生徒会役員ということだ。
「なんで小説の中では、私が死んでいる設定なの?」
「え?その方が物語として作り易かったからさ。確かに、少し後ろめたかったけれど、なかなか良い感じに仕上がっただろ?」
「私の性格が全然違うじゃない。私はもっとクールなのだけれど。幽霊になったとするのなら、こう言うでしょうね。『死んでも死に切れなかった私より、生きても生き切れない宵太が死ねば良かったのにね』ってね。」
妖艶な微笑を浮かべながら、囁くように芙和が言った。
「まるで僕を殺しそうな台詞だな………」
「私に殺されるのなら本望でしょう?」
「僕を殺してあの世で暮らそう、って感じかな?」
「違うわよ。宵太を殺して私が生き返るの。閻魔様を騙すぐらい私には簡単なことよ。」
「そんなのは本望じゃない!横暴だ!閻魔様を騙せるなら僕を殺さなくても良いじゃないか!」
「宵太にも地獄を見せてあげたいのよ。」
「普通に怖いって!つーか、その言い方だと芙和は地獄行きだったんだな。」
「私としたことが失言をしてしまったようね。そんな宵太に生き地獄を見せてあげる。」
「そっちもそっちで怖いって!」
これでも、宵太たちのいつも通りの会話なのだ。
相変わらず、変わらずに楽しく話している。
「まあ冗談はさておき、なんで小説なんて書いたの?宵太って作家でも目指していたっけ?」
「ああ、ただなんとなく書いただけだよ。でも、やっぱり飽きちゃったね。意外と大変なんだよ、小説を書くのってさ。書くのは時間かかるのに、読むのはあっという間だろ?まるで不当な扱いを受けている気分だよ。」
芙和から返されたノートを鞄に戻しながら宵太は答える。
「それは仕方ないよね。『創るのは難し、壊すのは易し』って言葉もあるしね。それでも作家が書くのってやっぱり書くのが好きだからなのかな?なんだか、まるで病気みたいだよね。」
「病気って………ひどい言い方だなあ。芙和は小説が嫌いなのか?」
「そんなことないよ?どちらかと言えば好きな方だしね。いろいろな人の考え方が伝わるものだと思うし、それに文字だけで人物像を描けるなんてすごく魅力的だと思わない?」
「まあ、確かにね。読んでいる側の想像力次第でキャラが見えてくるのは、小説ならではだよな。」
宵太たちがそんなことを話していると、扉がガチャリと音を立てて開き、男子生徒と女子生徒が、それぞれ一人ずつ入ってきた。
「お、いたいた。何も言わないで先に行くなよ、宵太ん。寂しくて泣きそうになったぞ。ところで、木薙と仲良く何を話していたんだ?」
入ってきた男子生徒―――柊近馬が冗談を交えながら笑顔で聞いてきた。
どうでもいいことなのだが、笑顔がとても似合っている。
「今後の経済状況と、日本の行く末をちょっとね。芙和はなかなか興味深い意見を出してくれて、かなり参考になったよ。」
「宵太んたちは凄いな!そんな社会的な話をするなんて俺には真似出来ないぞ!」
「柊くん、騙されないで下さい!御柳くんがそんな頭の良い話を出来るわけがないんですよ。微生物程度の大きさの脳しかないんですから。きっと、御柳くんは芙和に襲い掛かろうとしていたんですよ!危ないところでした!」
近馬と入ってきた、もう一人の女子生徒―――綾杉依奈が敵意剥き出しの眼で宵太を睨みながら言う。
「あれ?声がするのに依奈の姿が見えないぞ?」
「うちはここにいます!馬鹿にしないで下さい!」
キョロキョロと辺りを見渡す振りをする宵太の前で、依奈はぴょんぴょんと跳びはねている。
「あ、いたいた。小さすぎて見えにくいんだよ。牛乳を飲め!そして、その貧相な身体を成長させな!」
「ひどいです、御柳くん!うちだってちゃんと成長しているんですよ!信用できないと言うのなら触ってみますか?」
依奈は問題発言をしながら宵太をもう一度睨み上げた。
そんな依奈を背後から近馬が抑える。
これはこれで、いつも通りの光景だ。
ちなみにだが、近馬と依奈は付き合っているわけではないので、あしからず。
「綾杉、落ち着けよ。宵太んの言葉にいちいち反応していたら身が持たないぞ。」
「うぅ………だってだって、御柳くんがいじめるんですもん。小さい小さいって、うちが気にしていることを言うんですもん。」
「大丈夫だぞ、綾杉。小さいなんて関係ないぞ。綾杉が小さくても、みんなは綾杉が大好きだからな。」
「あ…あの…この体勢で言われちゃうと、さすがにどきどきしちゃいます………」
"この体勢"とは、近馬が背後から腕を回し、まるで依奈を抱きしめているかのような、そんな体勢だ。
「ん?ああ、そうだな。放した方が良いよな。」
「あの………ちょっと待って下さい………」
依奈が近馬の腕を掴みながら、小さな声で呟いた。
そして少し間を空け、小さな声のまま言葉を続けた。
「………もうちょっと………あと、もうちょっとだけ、このままがいいです。」
「ん?まあ、綾杉がそう言うなら、俺はそうするぞ。」
もう一度言っておこう。
ちなみにだが、近馬と依奈は付き合っているわけではないので、あしからず。