表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/62

あんなお顔、するはずがないもの。

 夢を見ていた、はずだった。

 見目麗しいルークヴァルト・フォン・ウィルフォード公爵の碧い瞳がとても近くにあって、心配をしてくれているような、ちょっと困っているような、そんなお顔が見える。

 それでもそれはとても優しい表情で、いつもの険しいお顔ではないことに、

(ふふ。いつもこんなに優しく見つめてくれたのなら、ほんと恋に落ちちゃいそうになるのに)

 そんなふうにも思う。

 夢の中でこれは夢だと自覚しているかのような、なんだか現実の世界のような生々しい夢ではあるなぁと感じていたけれど、それでもこんなお顔をする旦那様は見たことがないし、現実の世界では絶対こんな表情を見せてくれるわけがない、そう信じていたからか、今のこの光景は夢だと確信はしていたのだったけれど。


「君なら、もっとちゃんとした結婚もできただろうに。悪かったな、私のところになんか嫁がせてしまって……」


 唐突に。そんなふうにちょっと寂しそうな表情を見せる彼。


「そんなことはありませんよ……。わたくしは今幸せですから——」


 そう呟いて両手を伸ばす。


 これは、本心だ。

 今のこの生活は充分に楽しかった。

 周囲からの干渉がほとんど無かった分、セラフィーナは自由だった。

 屋敷の人間の目を盗みそっと外に出て冒険者のまねごとをするのも、街で見つけてきた本をお部屋でゆったり読んで過ごすのも、どちらもとても幸せで。


 何か足りないことがあるとしたら、それは記憶の喪失からくる孤独感、疎外感を埋めることができなかったことだけだろう。

 家族のこと。友人そのほかの人間関係もみんな思い出せないこと。それはいくら平気なふりをしてもダメ。どうしてもぽっかりとあいた穴のようで、埋めることはできなかった。


 それでも。それに引き換えても、ここにこうして在る自分に何故か満足しているのも、その状態を幸せだと感じていることも、真実だったから。




 伸ばした両手が彼のお顔に触れる。そのまま手のひらでふんわりと包みこんだ。

 現実だったら絶対にそんな大胆な真似できなかっただろうに、これは夢だからと気持ちが大きくなっていた。

 冷たかったそのお顔に一瞬で熱がこもる。

 真っ赤なお顔になった旦那様、時が止まったかのように硬直したあと、何か言いたげなお顔をみせ。

 そのままバタバタとセラフィーナの寝ているベッドから離れ、慌てた様子でお部屋から出ていった。


(って、嘘!)

 はっと目が覚めた。

 夜会で酔っ払って、それからほとんど記憶が無い。

 旦那様が連れ帰ってくれたのは理解できる。それでも……。

 

(さっきのは夢、だよね。旦那様がわたしの寝室に来るはずがないもの。あんなお顔をして、わたしのそばに来るわけがないもの)


 眠気が飛んでしまった真夜中。呪文のように頭の中でそんな言葉を反芻していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ