とても心地よくて。
「セラフィーナ。君が最近元気がない様子にみえて、心配なんだ」
セラフィーナが元のセラフィーナの置き手紙を見つけてから、数日が過ぎていた。
あれから、何もやる気がおきなくて部屋に閉じこもっていた彼女。
一旦切れた感情の糸を再度繋ぐことができずにいた。
そして。
披露宴の後もセラフィーナの許可なく寝室に入ろうとはしなかったはずのルークヴァルトがこうして特にことわりもせず寝室に入ってくるようになっていたことにも、訝しんで。
ああ、もしかしたら、と。
自分の記憶のない、元のセラの時に、もしかしてもう既に彼と結ばれてしまったんじゃないか。
いや、だって、それは。でも。
元のセラはルークが好きだったのだ。彼女は自分で望んでルークの妻になったのだ。
だったら彼女にはルークを拒む理由なんてどこにもないのだもの。
と、そう思い返す。
でも、ならどうして。
どうして今更わたしがここにいるんだろう。
わたしなんて要らないじゃない。
彼女だってエメラの記憶があるのなら魔法ぐらい使えるでしょう?
だったらほんと、わたしなんか要らない!!
そう、泣きたくなる。
心の中がぐちゃぐちゃで。
元のセラに嫉妬して。
自己嫌悪に陥って。
そして、情けなさにも死にたくなって。
涙が溢れてとまらなくなった。
「泣かないで。セラフィーナ。何があったんだい? お願いだセラフィーナ。どうしたのか私に教えてくれないか? 君ためにできることがあれば、なんでもする。したいんだ」
セラフィーナの手をぎゅっと掴んでそう熱心に話す彼をみているとよけいに悲しくなって。
「だって、旦那様はわたしじゃないセラフィーナを愛してるんでしょう? ずっとセラと仲良くしてたんでしょう? この寝室にそうして遠慮なく何事も無いように入ってくるってことは、そういうとなんでしょう? だから……」
「ここに入るのは君が許可してくれたんじゃないか。夫婦なんだから遠慮しないでもいいって。もしかして、覚えてないのか?」
(ああ、やっぱり)
「覚えてない。覚えてないのよ。わたし、マキアベリ領で、あの館で倒れてからの記憶がないんだもの!」
目を見開きこちらを凝視するルークヴァルト。
口を開き何か話そうとするが言葉が出てこないのか、そのまままた閉じた。
「ごめんね。めんどくさいよね。めんどくさい女だよねわたし。こんな記憶がなんども飛ぶ女なんてあなたに愛される資格なんかもともと無かったんだ。ごめんね……」
最初に何もかも知らない、何もかもわからない時はこんな気持ちにはならなかった。
なまじ中途半端に記憶があるから余計にこんなふうに心が乱れるのかもしれない。
そう思うと、もう何もかも忘れてしまいたくなって頭を振った。
「君は、記憶喪失になった方のセラフィーナなのか?」
「ええ、そうよ。偽物の方。本当のセラじゃない。あなたのことが好きで好きでしょうがなかった方のセラじゃないもの!!」
涙が堪えられない。感情がぐちゃぐちゃで、自分でも何を言っているのかわからない状態だった。
「偽物、じゃ、ないよ。君は私が好きになったセラフィーナなんだから」
そう言って、セラフィーナを抱きしめるルークヴァルト。
背中にまわした手にぎゅっと力をこめる。
「愛してるいるんだセラフィーナ。私は、昔のセラフィじゃない、今の君を愛してる。どうしても妹のようにしか見えなかったセラフィじゃなくって、君を、セラフィーナをあいしてるんだよ」
「ルーク、さま……」
肯定された。そう、思えた。
他の誰でもない、ルークヴァルトに。
(ああ、でも……)
逆に、気がついてしまった。
セラが再び引き篭もってしまった理由にも……。
「わたしで、いいんですか……?」
「ああ、君が良いんだ。君の事を愛してるんだ」
セラフィーナも、彼の背中に手を伸ばして。
ぎゅっと抱きしめる。
心地がよくて。
いつまでもこうしていたい。そう思えた。
第一部 終。




