重力魔法。
魔人を取り囲み球状となったその光の渦。
精神生命体である魔人の中には体のどこかにある魔核を滅してあげないと何度でも復活するものがいる。
もちろんそんなことができるのは上級の魔人だけで、チカラの弱い魔人は通常の魔獣のようにガワを破壊するだけで魔素が霧散してしまうものも多いのだけれど。
目の前の魔人の魔力はかなり大きかった。
それこそ先日の鬼など比較にはならないくらい。
こうして一見会話が通じるようにみえるのも、この魔人のレベルの高さを表しているのだろう。
だから、油断は禁物だ。
「破砕!!」
爆発する光球。
急激に収縮し爆散した。
立ち上がる白い煙。
それでも。
魔人の魔力はあまり減ったようには感じられなかった。
「面白い魔法ですね。ワタシのガワも少しは持っていかれましたか。それでもまあ、それだけですが」
白煙が晴れた時。
そこには漆黒の魔人が見た目には寸分違わずそこにそのまま佇んでいた。
ダメージはあまり感じられない。
そもそもその漆黒の姿には体とその外との境界がどれだけあるのかも曖昧だ。
(次元が……ズレている?)
表皮と空間の間に、次元のズレが生じている。
だから物理的な攻撃はあまり効果が薄いのか。
「それではこんどはこちらの番ですね。死なないでくださいよ? つまらないから」
そう言うとその魔人はこちらにむかって手を伸ばしたような気がした。
いや、ふっと伸ばした手は届いていない。
だけれど。
(重力魔法!!?)
ドン!
と身体が重くなる!
足元に黒い影、黒い魔法陣が浮かぶ。
抗いきれず膝をつき、それでも顔だけは前を向き漆黒の魔人を睨みつけた。
(重力魔法はブラドの得意技だったっけ)
ギア・ブラドの化身は厄災竜と呼ばれた黒竜ブラド。彼も確かに漆黒の魔素を自身のエネルギーとしていたからあの魔人と同系統ではあるけれど……
(でも、こんなもの! ブラドには到底及ばないわ!)
魔女エメラであった当時、黒竜ブラドとはよく争った。
人間など歯牙にもかけず、人の街を破壊し尽くす厄災竜であった彼は、大抵の他の使徒とも諍いが絶えなかったというのもあったけれど。
セラフィーナは大気中に浮かぶギア・アウラを呼び、自らの周囲を覆った。
そして、自身のガワにもう一枚アウラのレイヤーを纏う。
あの魔人と同じって言われるのは癪だけど、ちょっと真似させてもらう。
アウラによるもう一枚のレイヤーは、セラフィーナとその世界との境界を微妙にずらす。
それによって、魔人の放つ重力魔法の効果から逃れることに成功した。
(でも、これだけじゃ埒が明かないわね……)
お互いに存在値を少しだけずらすことで、もう物理攻撃を当てることは不可能になった。
鏡に映るようにお互いの姿は見えているけれど、それでもそれは互いにズレて。
「おや? これではもうお遊びはおしまいでしょうか。あなたが逃げてしまうんじゃ、しょうがないですねぇ」
「何よ! あんただってズレてるでしょ?」
「ワタシのこれは元々デスから。そもそもこの世界の存在ではありませんからね」
「ふん、だからって、このまま見逃すわけにもいかないんだから!」
極大魔法を使えば多少の次元のズレとか関係なく彼を屠ることもできなくはない。けれど、今のセラフィーナには不安もある。
(だけど、やらなくっちゃ、ルークヴァルト様を助けに行けない!)
アウラの魔法陣を重ね、伸ばした左手に纏う。
砲塔のようになったその中心に、キュルキュルとマナが落ちていった。




