私は探偵であり探偵ではない
蜘蛛の糸は私達の見えない所で蠢うごめくものだ。一方から見ると当たり前の光景でも、違う視点から観察すると『複数の答え』にと辿り着く事に気付いているかい?
「今日もいい天気だ、さて行くか。カオルさん」
『もう~。ちょっと待ってくださいよー。佐生先輩』
「……ぐずぐずするな。事件だ、事件!」
『うぐぅ。いっつも事件に首突っ込んじゃって探偵気取りじゃないですか』
「何を言っているんだい?私は『名探偵』だからな。今更、そんな事を言うでない」
『……何が名探偵ですか……』
カオルは私に気付かれないように、小言を呟いたみたいだが、そんな事は気にもしないし、どうでもよい事だ。事件は蜜の味。私にとって素敵な考察の時間であり、自らの優秀さを見せつける事の絶好の機会なのだから。
「さて……準備はOK?」
『はいはい』
「……はい、は一回でよろしい」
これが日常の会話の流れだ。淡々とした会話が終わりながら、事件へと向かう私達がいる。昨日色々な『推理小説』を読んだし『この前』のようなヘマはしないのだから、何も不安に思う事なんてない、むしろ、安心しろ!と胸を張って言いたいものだ。
『……その自信、どこから来るんだろう』
浅いため息を吐くカオル助手は、私の後をストーカーのように付きまとう『殺人鬼』になりかねない存在、そう自負している。
――ん?何故かって?そりゃ、あんな事件を起こしたのだから、用心するだろうな。
蜘蛛の糸は緩やかなようで、ピアノ線のようにピーンと張っている。触れてしまうと全身が切り刻まれてしまう位の、刃物のように。それを知りながらも『助手』として採用したのは、私の気まぐれと言うものだろうな。
三日後――
ここは屋敷。赤い絨毯じゅうたんがまるで映えた血のように、怪しく微笑みながら、私達二人を迎え入れてくれる。
『ようこそおいでくださいました』
「いえいえ、お呼びいただいてありがとうございます」
『……疲れたでしょう?お部屋にご案内します。こちらへ』
「ありがとうございます」
この人は『神坐家』の執事をしている木藤きどうさんだ。以前から殺人予告が送られてきているらしく、私達『佐生探偵事務所』へと依頼をした張本人でもある。
何故このようなものが送られてきたのかは教えてくれないが、何かが裏で隠れているのは事実極まりない。ここの主の神坐正芳伯爵は、不在のようであり、その代わりに『依頼』と言う形で招待したらしい。
『正芳様は、ご不在でして……お帰りになるまで、お待ちください』
そうやって時間だけが一刻一刻と過ぎていく……が肝心の伯爵は姿を現せる事はなかった。バタバタと複数の足音が聞こえたかと思うと、そのすぐあとに女の叫び声が聞こえた。
私とカオルはその叫び声を聞きつけて、咄嗟に部屋を出る。勿論、猛ダッシュ。大きな屋敷だから結構疲れるけど、嫌な予感がして、鼓動が加速するのを感じたのだ。
私達が到着した時には、泣き崩れる女を中心に、複数の使用人達が茫然と見つめている光景が目に入る。
――ドクン。
「すみません、通してくれませんか」
私は人をかき分け、強引にその中心へと足を向かわしていく。するとどうだろうか。私達を待っていたのは蜘蛛の糸のように見える『ピアノ線』にも似た鋭い凶器を発見してしまったのだ。泣き崩れる女の横に倒れて、血まみれになっている男の全身を貫いている、無数の線状の凶器が、美しくも、残酷に、全身を貫いて、赤い涙を溢れさせている。
『早く警察を……』
『……待って呼ばないで』
『しかし奥様』
『……お願いだから』
警察を呼ばすに、何を呼ぶのだろうかと不思議に思っていると、私の方を指さし、こう言い放った。
『お願いします……助けて』
私達に選択肢はないのだ。この状況に立ち会ってしまった以上、逃れる事は出来ないのだからな。私は奥様の言葉を無視しながら、遺体となった男に近づいていく。すると、死体の近くに『奇妙』なものを見つけた。
指紋がつかないように『助手』にも白い手袋をさせ、現場を観察する。ここの部屋の天井は低い。異様な設計というか、なんていうか。もしかして、この空間を上手く利用したトリックがあるのかもしれないな。
奥様の証言によると、帰宅したはずの伯爵の部屋をノックをしたところ何も返事がない様子。用心深いあの人が、鍵をかけ忘れるはずなどないのに、いつもとは状況が違ったらしい。日常伯爵は、自室には鍵をかけて自分の世界を堪能する癖があったらしい。鍵のかけわすれなど、今まで一度もなかったとの事。そして、この部屋には小さな窓が一つあるのと、換気扇が一つしかない。
(となると……違和感があるのは天井か)
私はこの落ちていた木の破片と天井の違和感の正体を確かめたくて、天井に届くものを用意するように伝えた。すると持ってきたものは『脚立』だった。現場を荒らさないように、そのままの状態を維持するように、脚立を設置し、天井の一部分を確認した。すると、そこに隠されていたのは『竹』で作られたボーガンが残されていたのだ。そのボーガンにはタイマーが設置されていたみたいで、キリキリ音を立てながら、作動している。
「危ない!」
私の叫びと同時期にパシュンと飛び放たれた音は、遺体へと変貌してしまった伯爵の身体を再び貫いた。
(これが凶器……という事は……)
天井の木が微妙に動いている形跡がある。コンコンと叩くと中は空洞のようで、少し動いた感触がした。その板を外し、首を突っ込んでみると、そこから屋根へと繋がる秘密の穴があったのだ。そこに凶器の矢に近い、線状のものが固定されて、小さな窓へと繋がっていた。
「……奥様、少し聞きたい事が」
『なんでしょうか?』
先ほど泣き崩れていた人とは別人のようでゾッとする。淡々と私の質問に答える人物は。まるで演技でもしていたかのような風貌。
(なるほどな)
私は誰が犯人か分かってしまった。そしてこのトリックも……。
それは続きの話になるのだが……な。