この人のかっこいいところ?わからないでいいよ。
短編小説です!
読んでくださり、ありがとうございます!
私の大好きな大好きな人は、他の人のことが好きだ。
より正確に言えば、私以外のすべての女性が好きだ。
私の好きな人が、必ずしも自分を好いてくれるとは限らない。
そんなことはわかっているが、だからといって、自分だけ例外というのはなかなかキツいものがある。
同じ女性なら、私の気持ちを分かってくれるという人だって、少なからずいるんじゃないだろうか。
現に今だって、私の大好きな人は、いつもの通学路で私を置いていく。
「かえで!!楓ってば!!ちょっと待ってよ!!先に行くなら一言言ってくれても・・・」
「なーんで俺が、おまえにそんなこと言わなきゃなんないわけ?
お前は俺のなんだ?母か?姉か?妹か?違うだろーが。
ちょっと離れて歩け。
あ、そこの君ぃ、何年生?今日の放課後お茶しなーい?」
まただ。
楓はいつもそうだ。
私の目の前で、これ見よがしに他の女の子を口説く。
まるで、おまえなんか眼中にもないというように。
そしてまた今日も私は、名前も知らない女の子と並んで歩く、大好きな人の背中を見つめて歩く。
(わたし、なんでこの人のこと、好きなんだろう・・・。なんで、すきなんだったっけ。)
最近、毎日のようにこんなことを思っている。
そして今日も答えは出ないまま、昇降口にたどり着く。
「こずえさん、おはよう。あれ、髪に葉っぱがついてるよ」
そう言って話しかけてくれるのは、こずえのクラスの学級委員長、結城くんだ。
「えっ!?どこっ!?は、恥ずかしい・・・。」
慌てて髪を探るも、いつまでたっても葉の感触が見つからない。
「ふふっ、違う違うこずえさん。ここここ。」
そう言って、彼の手が私の髪に伸びる。
「取れたよ」
「ありがとう・・・!」
そう言われてお礼を言いながら顔をあげると、視線の先では、結城くんがなぜか少し目を逸らして、葉っぱを持っていた。
なぜそんな反応をされるのか全く分からず、私は首を傾げる。
「じ、じゃあ僕はこれで」
しかし今度は、結城くんが顔を赤くしてどこかへ去ってしまった。
(教室同じなのに・・・。みんなして、そんなに私と歩くの、嫌なのかなあ・・・)
「ははは!ざまあ見ろ、こずえ!!結城も、おまえの隣には並びたくないってよ」
そう言いながら、楓がさっきの女の子の肩を抱きながら私の横を通り過ぎる。
「う、うるさいなあ!!楓のバカ!!」
気に食わなければ話しかけなければいいのに、楓はわざわざ私にそう言っていく。
間違ってもやさしい言葉ではないのに、浮かれる自分がチョロすぎて、我ながら情けない。
* * *
「おっまえは・・・、また別の女性と歩いていたのか!こずえさんというものがありながら!!」
顔を合わせて早々、楓に苦言を呈してくるのは、中学校からの友人、三村である。
「うっさいぞー、三村ぁ。俺が誰とどうしようが、俺の勝手だろーが。
こずえのことだって、親が勝手に決めた許嫁だぞ?いつの時代だよ。時は令和だよ。
・・・別に俺のことなんて好きじゃねーんだ、あいつは。
ただ、親にずっとそう言われてっから、それしか選択肢がねぇと思ってるだけなんだよ!!」
「どうしてそれを、素直に本人に言ってやらない・・・。
いつか愛想つかされても知らないからな・・・?」
楓が言い返すと、三村はいつもこう言ってくるのだが、
なんでこれを本人に言う気になれるのか、さっぱりわからない。
「はいはい、そんなら願ったり叶ったりだね!毎日毎日、うっとうしくて敵わん」
そう口にした瞬間、自分の後ろからただならぬ怒気を感じて、楓はバッと振り返る。
案の定、そこに立っていたのはこずえで、楓は咄嗟に頭を守った。
(やべっ。聞かれた!)
「うっとうしくて悪うございましたね!!
だいたい、いつもいつも楓を起こしてるのは一体誰だと思ってるのやら!この浮気性!!」
ドゴッ!ドカッ!バキッ!!
いつもの如く、楓の視線は空をきり、気づいたときには床が目の前。
おかげで受け身だけはうまくなった。
「柔道黒帯が何しやがる!!お、れ、は、一度もそんなことお前に頼んだ覚えはありません~!!」
せめてもの抵抗にべえっと舌を出す。
だというのに、こずえはさっさと席について、頬杖をつきながら本を読んでいる。
集まる野郎どもの視線にも気づかずに、まったくいい気なもんである。
* * *
(なんで私ってこう、可愛くない言動ばかり・・・)
いつもそう後悔しても、人というのはそう簡単には変われない。
「ねえ、お嬢さーん!いいカフェがあって~。もしよかったら・・・」
「楓!!いい加減にしなさいよ!!今日で三人目じゃない!!
いったい、人生で何人口説けば気が済むの?」
(わざわざ毎回毎回フラれなくたって、楓のことを好きな女が身近に居るのに・・・)
一体このエナジーはどこからやってくるんだ。
最初から自分に好意を向けてくる女と付き合う方が、ずっと楽だろうに。
こずえは、自分を置いて本日三人目の女の子を口説く楓の背中を思いっきりはたく。
楓の口から、グホッと声にならない声が出る。
「あにすんだよ、こずえ!!せっかくいいところだったのに!!」
「楓が彼氏持ちに手を出そうとするからでしょう!!」
「人のもの・・・。それもまた、もえる・・・!」
「なんですって!!!」
ああ、どうしてもいつものように口論になってしまう。
こんな女の子、絶対かわいくないとわかっているのに、口から飛び出す言葉は止まらない。
「どーしたもこーしたもねーよ!人の恋路を邪魔しやがって!お前には何の関係もないだろーが!」
「関係あるわよ!!私、楓が他の女の子を口説くの、いやなんだもん!!」
そう口にして、こずえはすぐに後悔した。
(こ、こんなの告白してるのと大差ないじゃない!!ど、どうしよう・・・。)
焦って頭を抱えたのもつかの間、こずえはある可能性に思い当って顔をあげた。
(でも、これで楓も、私のこと少しは意識したり・・・!!)
しかし、そのかすかな希望は、楓の次の一言で無残に打ち砕かれた。
「そんなこと知るか!!どうせ、親の手前、いやって言いだせないだけだろう!!
おまえが俺を好きなわけないんだからな!」
「ちっ、ちが・・・っ!」
「いーや、そうだね!!毎日毎日ぶん殴りやがって。
そんなに俺が嫌なら、近寄ってこなければいいだろ!!
俺だって、こずえがいなけりゃ毎日平和だ!!清々するだろうな!!」
その言葉に、こずえはついカッとなって言い返した。
「なっ・・・!それならもう二度と近寄らないわよ!!朝起こしにもいかない!!」
まさに売り言葉に買い言葉。思ってもないことを言ってしまった。
だけど、出てしまった言葉は取り消せない。
「あーあー、そうしろそうしろ!」
楓は言い返してこなかった。
そうなってもいいと思っているのか、そもそもどうでもいいことなのか。
どちらでもよかった。どちらの理由でも、こずえのするべきことは、一つだけである。
「バイバイ、楓・・・。」
「・・・はいはい、バイバイ!!」
* * *
またいつもの言い合いの中で飛び出した言葉だと思っていた。
「おにい!朝だよ!ち、こ、く!」
朝になったらまた、懲りずにこずえはやってきて、いつものように道端で女の子を口説く楓に鉄拳を加えるんだと思っていた。
「へーい、君かわいいね~!白女の制服~?どうです?帰りにデートでも」
「ごめんなさい。他をあたってください」
放課後には、ぶつぶつ文句を言いながらも、こずえが、結局誰ともデートできずにいる自分と帰るんだろうと思っていた。
「今日はこずえさん、休みだったな。見たか楓!結城がいつになくしぼんでたぞ!!
楓は何か知らないのか?こずえさんのこと」
隣を歩く三村がそう聞いてくる。
「知らないねー。変なもんでも食ったんじゃないか?」
(俺には関係ないね。ガールハントの邪魔もいなくなってラッキーだ。ラッキー)
「お前、マジかよ・・・。あんなにお前一筋のかわいい子を、なんで邪険に扱うかねえ」
「違う違う!!俺を好きなわけじゃねえ!!親が決めた許嫁だから・・・」
「本当か?楓は本当に何とも思っていないのか?それなら俺は、結城を応援する」
三村が楓の言葉を遮るように、いつになく真剣な表情でそう言った。
結城に、協力してほしいとでも言われたんだろうか。
「お好きにどーぞ。もともと俺のもんじゃねえし」
そう返しつつも、楓の胸のうちは言いようのない焦りと理由のわからない喪失感でいっぱいになっていった。
* * *
三日経った。
まだこずえは学校に来ない。
「よお、楓!今日は女の子連れてないのかあ!?」
三村が話しかけてくるが、なぜだかいつもほど楽しくない。
ここ二日ほど、眠れていないのもあるのかもしれない。
「・・・まあな」
「ちぇっ。・・・らしくねえなあ」
三村の言葉に、楓は聞こえないふりを決め込んだ。
* * *
五日経った。
楓はなにもやる気が起きなかった。
けれど、ぼーっとしているとこずえの顔ばかりが思い浮かんでくる。
町を歩いていても、公園で暇を持て余しても、こずえと同じ栗色の髪に、ついつい目が行ってしまう。昔こずえと遊んだ遊具に、こずえの姿を探してしまう。
女の子を口説く気持ちさえ起らない。
学生鞄につけたお守りは、幼いころに楓にもらった手作りのものだ。
楓はそれを握り締めてベンチでボロボロ泣いた。
「なんで、俺に一言もなく居なくなっちまうんだよ・・・。
戻って来いよ・・・。傍に居ろよぉ・・・。
こずえの薄情者ぉ・・・。グスッ。
こずえ・・・グスッ・・・こずえぇ・・・」
行き場のない思いは暮れ始めた町に溶けていった。
家に着くと、玄関の前に人影があった。
「おにい、こずえさん、今日は一緒じゃないの?勉強、教えてもらおうと思ってたのに」
玄関の前で待っていたのは、楓の妹、もみじだ。
よくこずえに勉強を見てもらっているようだが、そこに楓が加わったことはない。
「こずえは今日も休みだとよ。」
できるだけいつも通りに言ったつもりだったが、もみじは違和感を感じたらしく、一瞬怪訝そうな顔をする。
しかし深く考えることはしなかったのか、話題はこずえのことに戻った。
「っかしいなあ。こずえさんちの家の電気、消えてるから、みんな出かけてるんだと思ったのに」
唇を尖らせて言ったもみじの違和感に、楓はたしかにそうだと思った。
家にこずえがいるはずなのに、ずっと電気が消えたままなんてことはあるんだろうか。
ガシャッ。カチャン
不意に、こずえの家の玄関が開いた音がして、楓はそちらを向いた。
どうやら、こずえの母が帰ってきたようだった。
楓はこずえの様子を聞こうと声をかける。
「おばさん!こずえどうしたの?最近。体調悪い?」
「?なに言ってるの~、楓くんったら!!こずえは五日前から・・・」
不自然におばさんの言葉が途切れて、楓は首を傾げた。
「五日前から?」
「ごめんなさい、やっぱり教えられないわ。こずえにそう言われているの」
「こずえに何か、あったんですか!?」
「けがや病気じゃあないわよ~。ボーイフレンドのところへ行ったの」
少し寂しそうな顔をしながら、おばさんは遠くを眺めた。
「不安ではあるわよねぇ。突然決めてしまって。親は見送ることしかできないもの」
その顔を見て、楓は思い知る。
本当に、こずえは居なくなってしまったのだと。
「教えてください、おばさん!そのボーイフレンドとは誰です?どこに居るんです?」
おばさんは焦ったように身を乗り出して詰め寄る楓を「まあまあ」と言って宥める。
「それを聞いて、どうするのかしら?楓くんは、こずえのなんなのかしら」
戸惑うように、しかし、まるで明確に線引きをするように、おばさんはそう言った。
楓は、うッと言葉に詰まる。
「・・・許嫁、です」
絞り出したようにそう言った楓を、おばさんはより決定的な言葉で言い含めた。
「私たちが決めた、許嫁でしょう?あんなの、お互い九割九分九厘冗談のようなものだって、こずえには再三言っているのだけどねえ。あなたも縛られなくたっていいのよ?」
そう言われて、楓はいよいよ返す言葉がなくなってしまった。
許嫁であるということを除けば、こずえと楓をつなぐものはもうなにも無くなってしまう。
「・・・そう・・・ですね」
そう言うことしかできず、楓はおばさんに背を向けて自分の家の玄関に向かう。
「ねえ・・・ちょっと待ってよ」
もみじだった。
楓を睨みつけるようにして、仁王立ちしている。
「本当にいいの?おにいの意気地なし!
・・・逆に言えば、こずえさんはあんな冗談みたいな婚約でも、おにいが馬鹿で間抜けで浮気性でも、おにいと居てくれようとしてたってことじゃないの?
おにいの傍に居たいと思ってくれてたんじゃないの?
なんで気づかないの?おにいのバカ!あんぽんたん!」
悪口雑言を背中に聞きながら、楓はぼそりと呟く。
「言いたい放題言いやがって・・・別に、のこのこ帰るわけじゃねーよ」
「じゃあなんだっていうの?」
楓は振り返って口を開く。
やっと、わかったから。
もう後悔したくないから。
大切なことは、言わなきゃ伝わらないから。
「探しに行くんだよ!!俺は、大事なことは面と向かって伝える主義なんでね!」
* * *
「しっかし、海外の友人に会うために、一週間もかけてオーストラリアまで旅行とはねえ・・・。
こずえさん、行動力あるねえ」
朝、一週間ぶりに校門をくぐったこずえに、三村君が声をかけてくれた。
こずえがよく聞く彼の口調よりも少し砕けて聞こえるのは、きっと隣にこの人がいるから。
「メグっていうんですけどね。結婚式だったんです。二つ年上で、エアメールが来たから。
学校にも話を通しておいて、補講でチャラにしてくれるってゆうんで、思い切って。
新郎さんの方とも面識があって、母さんと仲がいいんです」
「なるほどね。そりゃめでたい」
そう言って三村君はちらっと私の横に目をやる。
そこにいるのは、いつもと変わらず仏頂面の、私の大好きな人。
「へん!何がめでたいだ。心配して損したぜ。こっちは」
「ふうん。心配してくれたんだ」
「別に!」
前とは少し違う関係になったような気がするのは、自惚れだろうか。
「ははっ!聞いてくれよこずえさん!
コイツ、こずえさんが居なくなったと思って、町中隅から隅まで片っ端から探してたんですよ!
ガールハントもぱったりやめて!
こずえさんのお母さんに嵌められて、本当にこずえさんが自分を捨てると思ったらし・・・」
三村君の声が途切れた。楓が三村君の口を塞いでいるのだ。
「三村てめえ!余計なこと喋るなバカ!
それに、あれはおばさんの喋り方が悪いだろ!知ってたら普通にガールハントしてたわ!
大体、ボーイフレンドが本当にただのフレンドだなんて普通思わねえし!誰だって騙されるわ!」
「『ふぉれはだいじなことふぁへんとむかっていうしゅぎなんでね』ふぁっけ?」
「うるせえぞ三村ぁ!」
口を塞がれてなお、三村君は心底面白そうに、にやにや笑って何かしゃべっている。
後で詳しく聞かせてもらいたい。
笑顔のままで二人のやり取りを見ていると、楓の学生鞄から何かが飛び出ていた。
いかにもずっとついていました、と言わんばかりにボロボロで、よれよれ。
紐も細くなっている。
「楓、それ・・・昔私があげた・・・」
そう言ってそのお守りを指さすと、楓は三村君を押さえつけていた手を止めると、慌ててそれを学生鞄の中に仕舞う。
外からはファスナーに括りつけた紐だけが見えるという寸法である。
それを見て、解放された三村君がまた喋り出した。
「それ、こずえさんがあげたものだったんですね!
いつもそうして鞄に付けてんですよ!
中学一年の時からで、紐だけ見ると普通のお守りみたいに見えるもんですから、全体を見た時はびっくりしたもんです!」
「三村!」
(中学一年ってことは、ほぼ私があげた時からずっとってことじゃん・・・)
こずえが気づかなかっただけで、本当はもっとたくさん、こんな風に見えないところで想われていたりしたんだろうか。
「・・・外す機会を見失ってただけだ!」
「またまたあ!俺も欲しいって言った時、ダメだっつってたじゃ~ん?楓」
「ぐっ・・・もういいだろ!!行くぞ!」
そう言って、楓はやっぱり先を歩いて行ってしまう。
それでも、その背中を追いかけることをこずえはもうためらわない。
この人のどんなところが好きなのか、こずえはもう思い出したから。
「楓!ちょっと待ってよ!」
「あー、はいはい・・・」
楓が気づいて振り返る。
こずえはその顔に唇を寄せた。
主導権はこずえにある。
驚いたような、彼の顔。
楓がどこを向いたって、振り向かせられるのはこずえだけ。
「・・・こりゃあ、尻に敷かれるな」
一部始終を目撃し、三村はこっそり呟いた。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました!
とても嬉しいです!
もしよかったら、ご感想などいただけると、泣いて喜びます。
励みになります!
ここまでたどり着いてくださったすべての方に、感謝を込めて。
あづまひろ