僕と頭の中の僕。
ある日僕は生まれた。
僕の記憶ではないのに僕の頭の中で楽しそうに食卓を囲む家族の風景が見えた。
おとうさんとおかあさん、そして僕より二つ下の妹。
記憶の僕は思春期に入ったばかりで言葉遣いが荒かった。
でもとても幸せそうだった。
一方の僕は孤独だった。
ひたすら水を汲んだり薪を割ったり、害虫を駆除したり。
斧の時もあれば剣のときもあった。
拠点は特にないので遠出した日もあった。
でもずっと1人だった。
ある日声をかけられた。
そこから芋づる式に知り合いが増えた。
仲良く遠出したり、溜まり場でおしゃべりしたり、とても楽しく充実していた。
頭の中の僕は思春期まっさかり。ばばあ!と叫んでいた。
おかあさんはとても悲しそうな顔をしている。
そんな顔させなくてもいいけど年頃だもんな、と僕は思った。
気の合う仲間だからと1人と結婚した。仲間内から盛大に祝ってもらった。他の仲間も結婚したり、増えたり減ったりしていた。
僕の人生で一番楽しいひとときだった。
しかし、人間が集まればトラブルも起こる。
今回は痴話喧嘩だ。仲間が付き合っていた女の子を泣かせた。
仲間内の女の子が慰めていた。僕も、男の方へ話を聞いた。よくある話ではあったがウンウン、と頷いて聞いた。
ある日、通りがかりに件の女の子にあった。
切り株に座って、何か考え込んでいた。僕は挨拶をして、向こうが口を開くまで待った。
男の言い分を鵜呑みにしていたわけではないが、女の子の話は180度違っていた。
聞く分には男がひどい。ただ何か勘違いがあるのではないだろうか。よく話し合うのが一番だ、なんなら僕を含めた第三者でもう一度話し合わないか、と提案した。女の子は頷いた。
そこから仲間内で相談し、話し合いの場を設けることにした。
しばらく、僕は動けなかった。頭の中の僕はベッドで横になっていた。咳が聞こえる。辛そうだ。
昼にはおかあさん、夕方には妹、夜はおとうさんが様子を見にきたようだ。彼は愛されていると僕は思った。思春期だったが、彼も愛されている実感をしたようだ。その日から少し、反抗的な態度が減った。
僕は心底ほっとした。よかった、話あえて。
どうやら話し合いの日が過ぎてしまったようだ。
僕は仲間に声をかけた。
何かよそよそしい。女の子達からは軽蔑のような、嫌悪のようなそんな態度を取られた。
離婚届も出されていた。
僕は何が何だかわからなかった。
仲間内でも特に仲の良かった友人に相談した。
友達は場所を指定してみんながいない場所で話してくれた。
件の痴話喧嘩は話し合いにより収束したらしい。
しかし、その結果、悪いのは僕だということになった。
なぜかはわからない。ただ話の上手い奴がいて、男の話も女の話も聞いていた僕こそ、このケンカを長引かせた張本人だ。なぜなら両方から話を聞いた、つまり弱っている彼女に故意に近づいた。本当に痴話喧嘩を終わらせたかったらすぐにでも男の方に言うはずだ。なのに長引かせた挙句に今日この場にいない。女の子に懸想してあわよくばと思ったんだろうと。
その後数日姿を現さなかったことと、たまたま当日友人もいなかったことが災いしたらしい。
元凶となった2人も、誰かほかに悪い奴を作らないと仲直りできなさそうな雰囲気だったこともあり、たまたま僕が生贄となったようだ。
友人はあいつはそんな奴じゃないと言ってくれたが、元凶2人とも僕が悪くないと都合が悪いため覆せなかったすまない…と謝られた。
僕は
「それで2人は、元気そう?」
と聞くと友人はきょとんとした顔をした後
「元気にラブってるよ。たまに喧嘩してるけど。」
と言った。僕は笑って「よかった。」と言った。
よくはない、と友人は言ってくれたが、僕が嫌われ役になってまたみんなが楽しく過ごせるならそれはそれでよかった。それくらい、あの場所は楽しかった。
友人は俺は抜ける、と言ったが、彼がいなくなると仲間うちで貴重な人材を逃すことになるからやめた方がいい、それこそ崩壊すると真摯に伝えた。
じゃあ君はどうするの?と聞いてきたので
「元々1人だったから問題ないよ。」
と笑った。
それからしばらく、たまに友人から手紙が届いた。
僕の体の心配や、日常のこと。僕らが集まって楽しく過ごしたあの場所は、1人、また1人と減っていったことも教えてくれた。
頭の中の彼は、学校を卒業していた。
彼女もできて、就活も始めた。失敗に失敗を重ねて落ち込んで、彼女と喧嘩もしていた。うるさい!と妹に張り倒されていた時は僕は少し笑ってしまった。
僕は眠ることが多くなったが、頭の中の彼はどんどん成長していった。やっと就職先がきまり、仕事になかなか慣れず僕はその愚痴を木を切りながら聞いていた。
恋愛相談もされたので、そのまま友人にも手紙で聞いてやった。
友人は、女性は生活基盤云々より少しでも早くその言葉を言ってほしいと思っているよ。と返ってきた。
全くその通りだ、彼はヘタレだと僕も思った。
3年経ち、4年経ち、ヘタレはようやく重い腰を上げた。
家に帰ると「今更か!もっと早く言っとけよ!」と妹に殴られていた。でも嬉し泣きしていた。ヘタレの気持ちもわかるのか、おとうさんだけは複雑そうな顔をしていた。
しばらくバタバタ続いた後、手紙が届いた。
頭の中のヘタレは難しい顔をしていた。
友人からも手紙が届いた。
会えなくなっても君との友情は変わらないよ。
と書いてあった。僕は最後に会いたいと手紙を書いた。
最後の日、僕と友達は空を見上げていた。
色々思い出話をした。昔僕が追い出された出来事も、もはや笑い話だった。
頭の中のヘタレは泣いていた。あいつは最後までヘタレだった。
空がだんだんと暗くなってきた。
夜とは違う、一枚一枚剥がれていくような、そんな光景だった。
最後までこの世界は美しいなと僕は思った。
生まれてきて良かった。ありがとう。
僕の声が届いたのか、泣き虫は僕の顔を最後まで愛おしそうに見てくれていた。
この物語はフィクションです。