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ファラの血族  作者: iReSH
第一章 下界落ち
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下界落ち(2)

 夜になり、私は寮のテラスから夜風に当たりながら昼のことを思い出していました。


「はあ……。」


 それはもう深い溜息をついては夜空を見上げて星を眺めました。夜空はこんなに澄んでいるのに、私の頭の中は靄で足下も見えません。


「今ので十二回目ですわ。」


 唐突に後ろから声が聞こえたものですから、私は驚いて飛び跳ねてしまいました。


「も、もう、クリスちゃん。」


「あんまり溜息をついていると、幸せが逃げてしまいますわよ。」


「だ、だって……。」


「何を迷う必要があるんですの?良かったではありませんか。誰もが憧れる次期最優秀紳士のスイルリード様からの告白。何処に不満があるんですの?それに、公爵家の一員になれば淑女としては最高の玉の輿ですわよ。」


「それはそうかもしれないけど……。」


「学院内は今その話で持ちきりですし、皆次期【最優秀】同士お似合いのカップルだと噂していますわよ。誰かに妬まれているわけでもなし、迷う必要はないと思いますけど?」


 クリスちゃんの言っていることは尤もだと思います。

 でも、何か喉に引っ掛かっているんです。


 それは別に、スイルリードさんに裏があると考えているわけではないですし、もちろん告白の申し出自体を不満に思っているわけでもありません。


「珍しいですわね、貴女がそんなに苦しそうに悩むの。おばさまが亡くなって以来な気がしますわ。」


 クリスちゃんの言葉で、私の頭の中にお母さまと過ごした記憶が甦りました。




「ユナウ、いつか心から好きな人が出来たら、その時はその人の手を離しては駄目よ。」


「お母さま、何故ですか?」


「貴女はきっと大人になったら私に似ると思うから。男の人の好みもきっと似るでしょう。」


「お父さまみたいな人?」


「そうね。あの人はすぐ自分を犠牲にして何とかしようとするから、こっちから手を握ってないとすぐに何処かへ行ってしまうの。」


「お父さまはあそこにいますよ?」


「ふふ、そうね。ユナウにはまだちょっと難しかったかしら。」


「ムー。」


「そんなにいじけないで、ユナウ。でも、これだけは覚えておいて――。」




 夜風が淋しく吹く中で、私はもう一度夜空に浮かぶ星を眺めました。



「私の好きな人って、誰なんだろう――。」



 ぽつりと呟いた言葉。

 出来ることなら星になったお母さまに聞こえていてほしい。


 そしてどうか返事を下さい、そう祈りながら漏れ出た言葉でした。


「まあ納得いくまでゆっくり考えてみるといいですわ。時間はまだあるんですから。必要なら私も手伝いますわ。」


「ありがとう、クリスちゃん。」


 そこまで話すとクリスちゃんは寮の中へと戻っていきました。


「だいぶ体が冷えてきました。そろそろ私も戻りましょう。」


 消灯時間になっても考えはまとまらず、結局その日はそのままベッドに入りました。


 クリスちゃんも言っていた通り卒業式まではまだ半年以上もあるのですから、気を長くしてゆっくり考えましょう。



 しかし、次の日も、その次の日も、告白の件が頭から離れず、その上気持ちは一向に整理がつきませんでした。


 誰かに相談したいとも思いましたが、クリスちゃんはスイルリードさんが大好きです。ああ言ってはくれたものの、事が事だけにクリスちゃんにも悪い気がして相談できずにいました。


 唯々日が経っていくだけの悶々とする毎日。


 日に日に生徒達の噂と期待も膨らんでいき、あろうことか根も葉もない尾ヒレ付きまくりの噂まで出てきてしまう始末でした。


「はあ、どうしましょう。」


「そんなに悩むくらいなら、いっそのことお断りしてしまえば良いのではないの?」


 屋内庭園のガゼボで私とクリスちゃんは久々にお昼休みを過ごしていました。


「確かにそうも思うのですが……。」


「ユナウ。」


 俯いていたユナウを見かねてクリスティーナはテーブルに身を乗り出しユナウの顎をクイッと持ち上げた。


「いい加減にしなさいよ。」


「クリス……ちゃん?」


「ユナウ、貴女は私の気持ちを知っていますわよね?」


「スイルリードさんを好きなこと?」


「そうですわ。私はスイルリード様が好き。大好きですわ。だから、貴女が先日スイルリード様に告白された時は正直凄く寂しかったですわ。」


「…………。」


「でも、直ぐにその気持ちは納得に変わりましたわ。何故だか分かる?」


「……告白されたのが、私だったから?」


「そう。他の誰でもない。貴女だったから納得したし、心から祝福したいと思いましたわ。」


「クリスちゃん。」


「貴方が悩んでいる理由は何ですの?まさかとは思いますけど、私に同情しているわけではありませんよね?」


「そ、そんなことは――!?」


「だったら、少しは親友の私にくらい相談しなさいよ!!」


 感極まったクリスちゃんのその瞳は僅かに潤んでいました。


 日増しにクリスちゃんの様子が刺々しくなっていることは分かっていました。

 でもそれは、私がスイルリードさんに告白されたことに不満を感じているからだと思い込んでいました。


 事が事なのもあって……。

 そう思っていたからこそ相談出来ずにいたのですが、いいえ、それも今となっては言い訳ですね。


「クリスちゃん、ごめんなさい。」


「まったく、もういいですわ。」


 クリスちゃんの気持ちも考えず、私は自分勝手に一人で抱え込んで勝手に苦しんでいました。

 そうすることで悲劇の女の子を演じていたのかもしれません。


「……で?貴方がそこまで悩んでいる理由はいったい何ですの?」


 クリスちゃんは紅茶を一口含んでからこちらを落ち着かせるように優しい声でおもむろに口を開きました。


「クリスちゃん、私はスイルリードさんのことが好きなのかな?」


「は?」


「スイルリードさんは皆が見ている前で堂々と告白してくれたよね。それは凄く勇気が必要だったと思うの。でも、私はスイルリードさんに憧れる気持ちはあるけれど、それが好きって気持ちなのかは分からない。そんな中途半端な気持ちで、答えはどうあれお返事をするのは失礼なんじゃないかな……って思ったら、益々自分の気持ちが分からなくなって、それで――。」


 一生懸命思っていることを伝えたつもりでした。

 ですが、クリスちゃんは首を横に振りながら難しい顔をして溜息をついています。


 やっぱりクリスちゃんにも分からないことなのでしょうか。


「ユナウ、ちょっと。」


「えっ?う、うん。」



 何だろう――。



 手振りされるがままに立ち上がり、テーブルに沿うようぐるっと回ってクリスちゃんの元へ歩み寄ると、クリスちゃんも立ち上がりました。

 そしてコホンッと小さく咳払いをすると、次の瞬間私の頭を思いっきり引っ叩いたのです。


「う、うう……痛い。」


「貴女ねえ、そんな事で一カ月近くも一人で悩んでたの!?」


「ひ、酷いよ、クリスちゃん。それに、そんなことって――。」


「酷いもんですか!普通殿方に告白されたら、喜んで受け入れるか、丁重にお断りするかでしょ!好きかどうかなんて二の次ですわ!何をうじうじと考えているんですの!?」


「好きでもないのにお付き合いするのはおかしいことなんじゃ……。」


 弱弱しく言い返す私の姿にクリスちゃんは怒っているようでした。


「ユナウ、そこに座りなさい。」


「えっ、でもクリスちゃん、ここで座ったら制服が汚れ――」


「いいから!!」


「は、はい!!」


 その有無を言わさぬ形相に、私は泣く泣くその場に正座しました。


「いい、ユナウ?恋愛というのは様々な形があるのです。」



 あ、いけない――。



 ここにきて私はようやく理解しました。

 どうやら私の発言によってクリスちゃんのスイッチが入ってしまったようです。


 昔からそうなのですが、こうなるともうクリスちゃんが満足して話し終えるのを待つしかありません。


「…………要するに、お付き合いをしてみないと分からないこともあるのですから、始めは好意がなくてもお付き合いしてから好きになることもあるんですの。ですから、必ずしもお付き合いする前から好きである必要はないんですのよ。分かって!?」


「う、うん……。」


 そんなこと言ってもクリスちゃんもお付き合いしたことないんじゃ――。


 そうは思いましたが、ここで突っ込んでしまうとまた話が長くなると思いグッと我慢します。


「なら取りあえずもう一度スイルリード様に会ってみなさい。そうすれば何か変わるかもしれませんわよ?」


「そう……だね。」


 確かにクリスちゃんの言う通りかもしれません。

 私はスイルリードさんのことをまだほとんど知りません。まずは相手のことをもっと知ることから始めた方が良いのかも。


 早速残りの昼休みの時間を使ってスイルリードさん宛に手紙を書くと、私とクリスちゃんは中央棟に向かいました。


 中央棟は十階構造になっていて、先日男生徒と合同でダンスしたボールルームは七階にあります。

 今回は一階にある学院内郵便局に向かいます。


「あの、すみません、十一学年のガイラ・ジーン=スイルリードさん宛に速達でお願いしたいのですが。」


 窓口に先程書いた手紙を差し出すと、局員さんは難しい顔でそれを受け取りました。


「スイルリードさん宛だと速達は受け付けていなくて、いつ届けられるかも分からないのですが、それでもいいですか?」


「ちょっと!それってどういうことですの!?」


 そこで突然、隣で見ていたクリスちゃんがドンッと窓口のテーブルに手を置いて局員のお兄さんに食って掛かりました。


「い、いえ。スイルリードさん宛のお手紙は外部のものも合わせて毎日山のように届いていまして、数が多くて一日では運びきれないんです。まあ、ほとんどはファンレターのようなのですが、そういった事情で古いものから順次お渡しをしております現状でして……おや?」


 そこまで言いかけたところで、局員さんは何かに気づいた様子でそれまでの難しい顔から表情を和らげました。


「失礼ですが、貴女はユナウ・レスクレイズ=アルバートンさんでお間違いないですか?」


「はい。そうです。」


 私がそう答えると、局員さんは笑顔になってデスクの引き出しから判子を取り出し私の手紙に速達の印を押したのです。


「大変失礼いたしました。この手紙は速達で今日中に届けさせていただきます。」


「いいんですか?」


「はい。実はスイルリードさん御本人からご要望を承っておりまして、『もし自分宛にユナウ・レスクレイズ=アルバートン嬢からの手紙が出されたら最優先で届けてほしい』と。」


「そうだったんですか。」


「良かったじゃありませんの。」


「うん。」


 クリスちゃんの笑顔に、ホッとして私も思わず笑みを溢しました。


 そこで丁度チャイムが昼休みの終わりを告げ、用を済ませた私とクリスちゃんは校舎に戻りました。


 これで早ければ今夜にでもスイルリードさんにもう一度お話を聞くことが出来ます。


 そう思うとなんだか心がウキウキと騒ぎ始めました。

 いまから今夜が待ち遠しいです。

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