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ファラの血族  作者: iReSH
第三章 それぞれの思惑
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それぞれの思惑(13)

 二階に行くまでの道中では憲兵さんが数人見回ってはいましたが、死角を縫って進むには十分に余裕を持って動けました。



「おかしい。」



 階段を上がり切ってすぐにそう呟いたのはファラでした。



「何がです?」


「昨日見たより憲兵の数が明らかに少ない。」


「昨日は貴方の裁判があったから厳戒態勢だったのでしょう?いつもはこのくらいの人数なのではなくて?」


「ファラの処刑前だから、そっちに人が取られているのかも。」


「まあ確かにそれも一理あるとは思うが……。」



 クリスちゃんと私の意見に、ファラはどこか納得がいかないようでした。



「憲兵の人数は私も気になりましたが、今はここを出ることだけを考えましょう。」


「それもそうだな。」



 ガイラさんの呼びかけにファラが応対したその時でした――。



「何だ!?」



 城の外からドカンッと凄まじい爆発音が聞こえてきました。


 すぐさまガイラさんがそばにあった窓から外を確認しに行きました。



「あれは――!?」


「何だ?何が見えた?」



 額に汗をびっしょりと掻き、見た事もないほど動揺するガイラさんの顔に皆が只事ではないことを素早く察し、こぞって窓を覗きました。



「う、うそっ――!?」


「正義の門が、壊されてる――!?」



 それを見たのは幼少の頃に一度だけ。

 それでも見た瞬間にその存在感からそれが【正義の門】であることは直ぐに分かりました。



「正義の門……それって法廷で奴等が言ってたやつか!?」



 存在を知らなかったファラも状況を理解したようで、顔を酷く顰めていました。



「そんな……何故あれが――!?」



 皆の驚きが冷めやらない中、ガイラさんが自前のオペラグラスを目に当ててはその口をあんぐりと開け放っていました。



「どうした!?何か分かったのか!?」


「いや……そんなはずは……」



 オペラグラスを持つ手が力なく下がると、ガイラさんは血の気が引いたように顔を青褪めさせていました。



「しっかりしろよ!!」



 ファラはガイラさんの首元をグイッと自身の方へ引き寄せると、その顔を思いっきり引っ叩きました。


「あんた、次期公爵なんだろ!!ユナウから聞いたあんたはそんなんじゃなかった!!もっと冷静で賢くて、何でも率なくこなすって。今一番頼りなのはあんたなんだ!!そのあんたが困惑してたら、進むもんも進まねえよ!!」



 怒号を浴びせ終わると、ファラは自分も心を落ち着かせるように肩で大きく息をしました。



「すまない。君の言う通りだ。ここで手を拱いていては何も始まらない。悪かった。」



 ガイラさんは正気を取り戻すと、猛省するように深々とファラに頭を下げました。



「で、一体どうしたんだ?」



 ファラの問い掛けに頭を上げると、ガイラさんは難しい顔をしたまま口を開きました。



「あれが見えますか?」



 ガイラさんの指差した先を見ると、そこには正義の門を壊したであろうギラギラとした車のようなものが三台ほどありました。



「あの先端にドリルみたいなのが付いた車がどうかしたのか?」



 その問いに、ガイラさんは再び眉根を寄せて顔を顰めました。



「あれは、この国が軍事目的で秘密裏に作っていた〝カルフデラ〟という名の戦車です。」


「戦車?」


「戦うために作られた、云わば戦闘用の車のことです。」


「戦うって、一体何と?大昔には隣国と争うこともあったみたいだけど、それはこの国が建国するよりもずっと前の話で、ここ千年以上は争いなんてなかったはずなのに……。」


「私が幼少の頃に見た時はまだ設計段階でした。出来たのはここ最近の話でしょう。とすればその使い道は――。」


「まさか下界に!?」



 ガイラさんは慎重に首を縦に振りました。



「仮にそうだとしても、何で正義の門が壊されるんですの?そのカルフデラって、こちらが使うために作られたのでしょう?」



 クリスちゃんの疑問は尤もですが、それに対する答えは何も思い浮かびません。



「いや、まてよ……ちょっとそれ貸してくれ!」



 何かに気づいたようにファラはガイラさんからオペラグラスを両手で引っ手繰ると、ぎこちなくも両目に当てて覗きました。



「あれは……モルガフの爺さん!?他にも……やっぱりそうか!」


「どうしたんですか?」



 先程とは真反対の構図で、ファラは驚き震え、ガイラさんがそれを問い質しました。



「あの戦車に乗っているのは全員下界人だ!」


「何だって!?」



 ファラの返答に私達は度肝を抜かれました。

 同時に益々状況が見えなくなってきたことに、何か得体の知れないものに手を突っ込むような悍ましさを肌で感じました。



「カルフデラはこの国の軍事機密です。それが何故下界に?」


「分からない。」


「けど、正義の門が壊されたのは下界人が攻めてきたからって事は分かりましたわ。」


「でも、どうするの?このままだと上界と下界で戦争になっちゃうよ……。」


「そうは言っても、状況が理解できなきゃ動きようがない。ただ止めにいって止められるような感じじゃないぞ。」



 皆で頭を抱えますが何も思いつきません。


 刻々と時間が過ぎる中、窓の外で人と戦車が対峙しているのが見えます。

 このまま何もしなければそのうち死人が出てしまいます。



「何かあるはずだ……きっかけが。出なきゃあんな大量の下界人が結びの階段から登ってくるわけがない。戦車を使って登ってきたとして、何の目的で登ってきたんだ?」


「きっかけ……あっ!?」



 ファラの発言で私の脳裏にある言葉が引っ掛かりました。



「何か気づいたのか?」


「それかどうか確証はないけど……ガイラさん、クリスちゃん、学院社交会の時に国王陛下が仰ってたこと覚えてる?」


「陛下の御言葉?」


「確か『卒業式の日まで精進しろ』って仰っていたのは覚えてるけど……。」




 そう。【卒業式の日】と、学院社交会の時陛下は仰っていました。




「陛下は卒業式の日を【この国が変わる運命の日】だって仰ってた。卒業式の日――つまり今日がその運命の日!下界の人達が今日攻めてくるのを陛下は知っていたんじゃないかな?」



「なっ――!?」



 私の思いつきに三人共が驚愕すると同時に黙って考え込み始めました。



「というより、もしかするとこの戦争自体陛下が仕組んだことなんじゃ――。」



 陛下のこれまでの言動を顧みれば、それは十分あり得ることだと納得できます。



「た、確かに……陛下ならカルフデラを下界人に送る事も可能なはず……。」


「で、でも、だとしても何で陛下は下界人に渡したんですの!?自国を攻撃されて陛下が得する事なんて何もないと思うのですけど!?」



 クリスちゃんは不安に抗うかように必死でした。

 それは私とガイラさんも同じで、嫌な予感を否定したい気持ちで一杯でした。



「……いや、ある。」



 動揺する私達に、ファラは落ち着いた口調で言いました。



「ここまで来ると最早憶測でしかないが、国王のやつはおそらく『下界から攻撃してきたという事実』が欲しかったんじゃないのか?」



 ファラの言うことに、私達三人はすぐに理解が出来ませんでした。

 ですが、心の何処かで、直感で、それは間違っていないとも思いました。



「それって、つまりどういうこと?」



 私は恐る恐るファラに聞きました。

 すぐに後悔することは分かっていたのに。



「国王の本当の目的は、〝下界人の殲滅〟だ!」



「えっ――!?」

「嘘っ――!?」

「そんな馬鹿なっ――!?」



 それは、信じられないというより、信じたくありませんでした。

 それ故に、私達はすぐに納得できても、それを受け入れるのに時間を要しました。



「いくら下界人でも見た目は同じ人間だ。皆殺しにしようとすればそれ相応に非難が起きてもおかしくはない。だが、あっちから攻撃されたとなれば、国を防衛するために止むを得ず殺した、と言い訳が立つ。」


「確かにそれなら非難は最小限に抑えられる。いや、この国の規則からすれば、そもそも非難自体起こらない可能性すらある……。」



 ガイラさんのその一言で、今までの陛下や主教様の意味深な言動が全て結びつきました。




 下界人の殲滅――。




 ファラの憶測は限りなく正解に近い。

 それは間違いないと思います。



 しかし、だとしてもまだ分からないことがあります。



「陛下はどうしてそこまでして下界人を……下界を拒むのかな?」



 胸が苦しい。


 仮にファラ達下界の人々が上界の血を継いでいなかったとしても、人種が違ったとしても、等しく同じ人間なのは変わらない。



 隣国のように同じ人間として接することだってできるはずなのに――。



 なのにどうして下界人だけ拒絶するのか。

 下界との間にまだ私達が知らない何かがあるのでしょうか。



「どういった答えにせよ、それを知るには陛下に直接聞くしかないでしょう。」


「私もそう思いますわ。」


「だな。」



 三人はもう覚悟を決めているようでした。


 私も同じです。

 覚悟ならあの法廷の時からとっくに決めています。



「でも、君はいいのか?今度捕まろうものなら、その場で斬り殺されてもおかしくない。」


「ここまで来たらあんた等もそれは同じだろ。今更さ。それに、本当なら俺はあの法廷で殺されていた。ユナウのお蔭で俺は今ここにいるんだ。それなのに、ユナウを置いて俺だけ逃げるなんて出来ない。」



 そう言ってファラは僅かに残る第二関節を使って懸命に私の手首を掴みました。



「もう二度と自分からは離さない。約束だからな。」



 ファラの言葉に私は急に恥ずかしくなって顔がカッと熱くなりました。

 けれど、恥ずかしさはすぐになくなり、代わりに笑みが零れました。



「なるほど、愚問でしたね。」



 ガイラさんとクリスちゃんも微笑ましそうに笑みを浮かべると、場は和やかな雰囲気に覆われました。



 ですが、それも束の間のものでしかありませんでした――。



 再び爆発にも似た衝撃と音が広がり、城内が地震に見舞われました。



「今度は何だ!?」



 咄嗟に外を見てみれば、信じ難くも階下の城壁に先程の戦車が食い込んでいました。



「今の揺れは、あれがぶつかった音か!?」


「城内にも人が流れて来るぞ!」



 ファラの掛け声に空気が一気に張り詰めました。



「時間がない。行こう、王の元へ!」



 私は迷わず首を縦に振りました。



「いえ、陛下の元へは三人で向かって下さい。」



 意外にもそこで異を唱えたのはガイラさんでした。



「スイルリード様、どうして――!?」


「私は下に行って仲裁を試みます。完全に止めるには陛下の一言が必要でしょうが、それまでにどれだけ被害が出るか分かりません。被害を最小限に抑えるためにも、私ができる限り時間を稼ぎます。」



 ガイラさんの言うことは尤もでした。


 このまま全員で陛下の元へ行ったとしても、直ぐに陛下が考えを改めてくれるとは限りません。

 時間が掛かれば掛かるほど被害は益々大きくなっていきます。



「スイルリード様、私も御供して宜しいでしょうか?」


「クリスちゃんまで!?」


「下界人の彼や最優秀の貴女と違って、私が行っても出来ることは何もないわ。」


「そんなこと――」


「ユナウ、私に気なんか遣ってどうするのよ。それに、私も自分に出来ることをしたいの。この有事に私だけ何もしないなんて淑女の名折れですわ。」



 クリスちゃんの気持ちも勿論分かります。

 それにきっと、言葉にはしないでもクリスちゃんはガイラさんのことが心配なんだと思います。


 好きだからこそ、大切な人の助けになりたい。

 その人が窮地に陥った時にそばにいてあげたいと思う。


 その気持ちは、私がファラに抱くものと何も変わらない。

 だからこそ分かってしまう。



「ありがとう御座います、ミス・ウェルディーン。」


「けど、ガイラさんとクリスちゃん抜きで陛下を説得するなんて……。」


「大丈夫です。」



 こちらの不安を打ち消すようにガイラさんは語気を強めて言いました。



「ユナウさん、貴女の声なら陛下にも届きます。あの時、あの法廷で、少なくとも傍聴席にいた国民と憲兵にはユナウさんの声は届いていました。それは貴女が最優秀淑女だからというだけではありません。ユナウさんの声だったから届いたんです。自信を持って下さい。ユナウさんがこれまでに感じてきたこと、思ってきたことをそのままぶつければ、それは必ず陛下にも届きます。」



 ガイラさんはどこか確信しているようでした。



 何故そんなにも信じられるのか、私には分かりません。

 分かりませんが、ガイラさんの言葉に私は勇気を貰いました。



「私もそう思うわ。貴女なら陛下を説得できる。」


「俺も。」



 ガイラさんだけじゃない。

 ここにいる皆が私のことを信じてくれている。

 それだけで私は一歩踏み出すことが出来ます。



「ガイラさん、クリスちゃん、それにファラも。ありがとう。」



 皆想いは同じ。


 たとえその場にいなくたって支えてくれる。

 勇気をくれる。

 私は一人じゃない。


 それが改めて分かっただけで、私は頑張れる。



「くれぐれも無理はしないでくれよ、二人とも。ユナウの親友に何かあったら俺も悲しいからな。」


「ああ、分かっている。君達も気をつけて。」



 ファラとガイラさんが互いに頷くと、私達は二手に別れました。



「やっぱり待ってくれ!」



 別れ際、背を向けた私達にガイラさんから再び声を掛けられました。



「何だよ、急がないと――。」


「すまない。分かってはいるが、やはりどうしても君に一つ聞いておきたいことがあるんだ。」



 それまでとは打って変わって気まずそうにする姿を見て、私は何となくガイラさんの聞きたいことを察しました。



「覚えていたらでいいんだが、ドウケツの洞穴で……君からするとドウケツの塔か。そこで十三年ほど前に、高級なドレスに身を包んだ三十代後半くらいの女性を見た覚えはないか?」



 やはりそうでした。

 ガイラさんの聞きたかったこと――それはお母さまのこと。



 ガイラさんが学院に入るよりも前に在らぬ疑いで下界落ちに遭った、ガイラさんの本当のお母さま。



 ドウケツの洞穴は下界まで繋がっている。

 それはファラがここにいる時点で証明されています。


 ファラはそれを六年も掛けて登って来ました。

 その深さは奈落にも等しいと言えます。


 そんな場所に落とされた人間がどうなるか、ガイラさんも当然理解はしていると思います。


 それでも聞かずにはいられない。




 レクロリクスの王子が助かったのなら、自分の母も――。




 ほんのちょっとでも可能性があるかもしれない。


 私も同じ立場なら、きっと聞かずにはいられません。



「卵を高い場所から落としたらどうなる?」



 少しの間を置いたものの、ほぼ躊躇することなく淡々とファラはそう口にしました。



「十三年前なら間違いなく俺もまだ下界にいた。けど、流石にその頃のことは詳細には覚えてない。だから、あんたの言うその人がいたかどうかまでは分からない。」



 ガイラさんは無言でその拳を強く握っていました。

 その顔を見れば、聞かずとも悔しい気持ちで一杯なのだと分かります。



「強いて言えば、その頃は今ほどの頻度ではなかったにせよ、ドウケツの塔には【上界の落とし物】が見つかっていた。けど、生きて見つかった例はなかったと思う。」



 最初のファラの例え、そして【上界の落とし物】――それらが何を表しているのか、言わずもがなガイラさんは察しているようでした。



 その隠語の意味を知っていて、ファラのお父さまが見つかった時の惨状も知っている私も、ファラの言わんとすることは理解できました。


 反対にファラも、ガイラさんの言った人物が誰であるかまでは分からずとも、その人がガイラさんにとってかけがえのない人なのだと察したのだと思います。



 だからこそ、直接的な言い方を避けた。



「ありがとう。これですっきりしたよ。」



 ガイラさんは大きく息を吸うと、物悲しい笑みを浮かべながらも吹っ切れた様子でした。



「そこでその言葉か。あんた、強いな。」


「そんなことはないさ。」



 互いに謝意を述べるようにして、それから二人は背を向けました。



「できることなら、もっと早く君と話したかった。」


「俺も、あんたとは気が合いそうだと思ったよ。」



 互いに口角を上げてはにかむと、同時に駆け出しました。




〝 全部終わったら友になろう!! 〟




 ファラと私は国王陛下の元へ――。


 ガイラさんとクリスちゃんは争いを止めに――。



 想いを一つに、皆が動き出しました。

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