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ファラの血族  作者: iReSH
第三章 それぞれの思惑
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それぞれの思惑(4)

「やっぱり。」


 当たって欲しくないと祈りながら走って来たものの、予想は奇しくも当たっていました。


 本来閉じているはずの禁足の森への唯一の扉は開け放たれており、憲兵さん達がぞろぞろと中へと入っていきます。


 どうして憲兵さん達が禁足の森に入っていくのか。

 考え付く限り一つしかありません。



「ファラが危ない!」



 どうしてバレたのか。


 そんなことを考える余裕もないまま、私は一目散にいつも出入りしている叢に隠れたフェンスの破れ目へ向かいました。


 息を荒げながら叢を掻き分けたところで、私は目の前の光景に喫驚しました。


「何で……どうして……。」


 いつもはここの破れたフェンスの隙間から中に入っていました。

 間違いなくここにあったはずなんです。



「穴が、ありません。」



 確かにあったはずの場所に手を引っ掛けながら私は膝を折りました。


 誰かが穴が開いていることに気づいて塞いだ。


 そんな当たり前のことに考えが至らない程に、目の前の現実に私は混乱していました。



「これは、溶接した後?」



 切れ目だった部分の不自然な跡が目に入り、そこでようやく冷静になりました。


 しかし、だからといって問題が解決した訳ではありません。

 ここから入れないとなると他の手段を探さなくてはなりませんが、もたもたしていてはファラが憲兵の方々に捕まってしまいます。



「おや、こんなところでどうしましたか?ミス・アルバートン。」



 その声を聞いた瞬間、私は絶望しました。

 この場所で一番見られてはいけない人に見られてしまいました。


「主教様。」


 体が芯から震える中、何とかして誤魔化さなければ、と主教様の方へと叢から出ました。


「いえ、別に何も。ちょっと探し物をしておりまして。」


 一言でも紡ぐ言葉を間違えればその場で罰せられるのではないかという恐怖が、足を竦ませ、心臓の鼓動を跳ね上げ、ひしひしと緊張を与えて私の心身を蝕みました。


「左様ですか。して、探し物は見つかったのですか?」


「いえ、それはまだです……。」


 こちらを怪しむでもなく普段と変わらぬ口調で話す主教様に思わず気を緩めてしまいそうになりますが、既に後ろ指さされている可能性もあります。


 予断を許さない状況に変わりありません。

 紡ぐ言葉には細心の注意を払わなければなりません。


「そうですか。まあ叢に潜ってまで探すような物のようですから大事なものなのでしょう。ですが、あまりここに近づいては行けませんよ。特に今は勘違いされてしまいますから。」


「勘違い?」


 その単語に私は最早吐いた直後のような気持ち悪さすら覚えました。


「ええ、そこの叢で隠れていましたからずっと気がつきませんでしたが、先程貴女のいた辺りのフェンスが丁度ヒト一人分程の大きさに破れていたのです。」


「フェンスが、ですか?」


 白々しいかもしれないと思いつつも、知らなかったふりをしてやり過ごす以外に道はありません。


「ええ。まあ、昨日見つけて直ぐに修理しましたから、今は直っていますがね。もしかしたらこれまでに禁足とされたこの森に足を踏み入れた愚か者がいたかもしれません。今その輩を見つけようと監視していたんですよ。犯人は同じ場所に戻ると言うでしょう?」


 この時私は純粋に主教様を怖いと思いました。

 図星だった事もありますが、それ以上に全てを見透かしているようで、その上で泳がされているような気がしてなりませんでした。


「あ、あの!主教様、先程憲兵の方々が大勢で禁足の森へ入っていくのをお見かけしたのですが、あれは何だったのでしょうか?」


 このままではバレてしまうのも時間の問題だと思い、私は咄嗟に話をすり替えました。


「ああ、まあ……色々ありましてね。学生に話すような事情ではありません。」


「そこを何とか教えてはもらえないでしょうか?」


 ここは逆にチャンスです。

 話をすり替えられるのは勿論、あの憲兵さん達が本当にファラの存在を知って捕縛しに来たのか、その意図を知ることが出来るかもしれません。


 それが分かれば先回りしてファラに危機を伝えることもできます。


「珍しいですね。貴女がこのようなことにクビを突っ込むとは。」


「い、いえ。あれだけの憲兵さんを見たのは初めてだったもので、只事ではないと思いまして。」


「そうですね。」


 主教様は考え込むように目を瞑ると、一風吹く間を置いてからおもむろに見開きました。


「まあ明日卒業する事ですし、最優秀淑女の貴女になら話しても良いでしょう。」


 そう言って主教様はフェンスの方に歩み寄り、フェンス越しに禁足の森の奥を眺めました。


「この禁足の森の奥には洞窟が存在するのです。貴女も学院で過ごす中で噂ぐらいは聞いたことがあるでしょう。」


「ドウケツの、洞穴……。」


「そうです。いったいどこから、いつから漏れたのかは分かりませんが、そう呼ばれる洞窟がこの森には存在するのです。」


 主教様の口ぶりからして、ガイラさんがその噂を広めたということは本当に知られていないようでした。

 そのことには少しホッとします。


「まあ正確にはドウケツの洞穴という呼び名は、その洞窟自体ではなく、その中にある大穴のことをそう呼んでいるのですが、まあそのような細かいこと、今はどうでもよいでしょう。」


「その洞窟と憲兵の方々が大勢で押し寄せているのには何か関係があるのですか?」


「ええまあ。しかし、ここから話す事は秘匿事項。例え最優秀淑女の貴女と言えど、外部に漏らせばその身は保証できません。それでも知りたいですか?」


 含みを持たせるような話し方に、私はやきもきして思わず知っていることを口走ってしまいそうになります。



「お願いします。」



 早まる気持ちをぐっと抑えて、私は恐る恐る頷きました。


「一昨日のことです。ある筋からの情報で、この禁足の森に何者かが出入りしていると報告がありました。」


 禁足の森に入っていくのを誰かに見られていた。


 それを聞いた時、私は心臓が口から飛び出してしまいそうな程鼓動が大きく速くなるのを感じました。


「ある筋?」


「はい。その報告によれば、その人物はドウケツの洞穴を拠点として何者かと接触し、国家転覆を企んでいるとのことでした。」


「国家転覆!?」


 それまで自分の行動と完全に一致した情報から、急に突拍子もない話になったことで、私は思わず素で驚いてしまいました。


「思っていた反応と違いますね……。」


「えっ?」


「ああ、いえ、何も。こちらの話です。」


 薄っすらと聞こえた主教様のその呟きには不審感を抱きましたが、不注意に追及しては逆にこちらが墓穴を掘る可能性もあるため深入りは出来ませんでした。


 とはいえ、今の自然な驚きが主教様の私に対する疑惑を晴らすこととなったのは僥倖でした。


「いったいどれだけの人物が関わっているのか、何人この森に入り込んでいるのか、それはまだ分かりません。しかし、相手が本当に国家転覆を企んでいるのであれば、こちらも相応の戦力で立ち向かわなければなりません。相手がどれだけの規模か分からない以上、こちらは多めに戦力を投入する必要があります。それが先程貴女が見た、憲兵達が派遣された理由です。」


 主教様の聞いた報告というのは、どうやら正しい情報と的外れな情報が交錯しているようでした。


 しかし、仮にすべての情報が正しかったとしても、これだけの憲兵を派遣する程の確証を持てるのは何故なのか。


 ここまでの話を聞く限り、主教様は私を怪しいと睨んではいるものの、実際のところは何も掴んでいない様子です。

 にもかかわらず、派遣を要請し、破れたフェンスの場所をご自身で監視し、森に入り込んでいる人物がいることを信じて疑わないのはなぜか――。


 その答えに行きつくのはそこまで難しくありませんでした。


 主教様が確信をもって動いている理由。

 それはきっと情報元が絶対的な信頼にたる人物からのものであるから。


「あの、主教様。先程申し上げられた〝ある筋〟というのはいったい――?」


 できれば信じたくはありませんでした。

 これまでの言動から、きっと味方なのだろうと確信に近いものを感じていました。


 だから、当たって欲しくない――。


 しかし、その願いは虚しくも外れてしまいました。



「私にその情報を提供して下さったのは、()()殿()()です。」



 主教様の口からその人物の名を聞いた瞬間、私は深い絶望に苛まれました。



 ここに来て王妃殿下に裏切られてしまうなんて――。



 いいえ、そもそも私が思い違いをしていただけで、元々あちら側の人だったのかもしれません。


 王妃殿下はあくまでも王家の方です。

 味方というよりも、寧ろ一番の敵とみるべきでした。


「話はここまでです。私も憲兵と共に洞穴へ赴かなければなりません。くれぐれも今話した内容は外部に漏らさないように。でないと貴女もどうなるか分かりませんよ。」


 そう言って、主教様は憲兵さん達の隊列に加わって森へ入っていってしまいました。


「いったいどうしたら……。」


 主教様にバレなかったのは良しとして、一刻も早くファラの元へ知らせに行かなければなりません。

 でないと、ただでさえ身元自体がバレたら大変な彼が、更に国家転覆の容疑までかけられて捕まってしまったら、間違いなく殺されてしまう。



「ユナウさん!」



 状況を整理するので精一杯な中で願ってもいない声が聞こえたことに、私は心底安堵しました。


「ガイラさん!あのっ――」


「憲兵が大勢で禁足の森に押し寄せてきています!」


 こちらが説明するまでもなく、ガイラさんは既に状況を把握されているようでした。


「急いで憲兵達よりも先回りして例の青年に逃げるよう伝えないと。彼が捕まってしまえば彼自身はもちろん、芋づる式にユナウさんまでその身が危険です。」


「はい。でも、あそこのフェンスは修復されてしまっています。入口からは流石に入れないと思いますし、いったいどうしたらいいか……。」


 俯く私にガイラさんは急ぎながらも優しく手を取って下さいました。


「諦めないで下さい。まだ方法はあります。」


「方法ですか?」


「はい。ですが、悠長に説明している時間はありません。とにかくついて来て下さい。」


 そう言って駆け出すガイラさんの背中を私は縋る思いで追いかけました。


「ここからは一切喋らないで下さい。」


 ガイラさんは壁に背を預けながら、その先にいる警備員さんの隙を窺っていました。


「よし、今です。」


 警備員さんがこちらに背を向けたところで、ガイラさんは物音を立てないように細い通路を抜けて人気の少ない建物の裏へと隠れました。


「ここって、男子寮ですよね?初めて見ました。」


「そんなにじろじろ見ないで下さい。ベランダには下着等も干してありますから……。」



 その言葉に、逆の立場だったらと考えると、私は咄嗟に顎を引きました。



「普段ならここも人がそれなりにいるのですが、今日に限っては皆燥いで外に出ているので比較的安全です。」


「それは分かるんですが、ここからはどうするんですか?」


「もう少し行った先に大庭園と同じように禁足の森との境目があって、そこにフェンスがあります。そのフェンスの一部分にこれを撒いて下さい。私がここ数カ月で化学準備室からこっそりと少しずつ入手した腐食剤です。これを使えばかなり脆くなるはずなので、ユナウさんでも簡単に蹴破れると思います。そこから侵入して下さい。」


「そんなことまで……。」


「遅かれ早かれフェンスを直されることは予測できていましたから、万が一の為に保険を打っておいたまでです。」



 この人は本当に凄い。


 私は行き当たりばったりだというのに、ガイラさんは全て計算してことに当たっている。


 この人がいなかったら、きっと私は何も出来ずに後悔していたかもしれません。


「さあ、早く。本当は私も一緒について行きたいところですが、戻って来た時に誰かと鉢合わせるといけません。ここを見張っておきます。」


「はい。ありがとう御座います。」


「ユナウさん、くれぐれも気をつけて下さい。貴女自身が見つかってもいけないという事を忘れないで。」


 私は頷き、腐食剤の入った瓶を受け取るとフェンスの元へと急ぎました。

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