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ファラの血族  作者: iReSH
第三章 それぞれの思惑
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それぞれの思惑(1)

 昼下がり――お母さまのベッドに椅子を寄せて座っては、お庭でコーヒーを飲みながらお友達と談笑するお父さまを、私は窓越しに見つめていました。


「ユナウ。」


「何ですか、お母さま?」


 私は呼ばれて椅子から立ち上がると、ベッドに飛び込むようにお母さまに抱き着きました。

 無邪気に笑う私の頭を、お母さまは優しく撫でてくれました。


 お母さまの腕の中は心地良くて、事あるごとに抱き着くのがこの頃の私は大好きでした。


「これだけは覚えておいて。」


 あの時の私は幼かったこともあって、お母さまの言っていたことが理解できていませんでした。

 でも、今なら少し分かる気がします。




「好きになった人ほど自分から離れて行ってしまうものよ。だから、取り返しがつかなそうと思った時は、迷わずその人の手を掴みなさい。絶対に離しては駄目よ。でないと、その人とは二度と一緒にいられなくなってしまうから――。」





 目を覚ました時、真っ白い見知らぬ天井がそこにありました。


「ここは……それに、今の夢……。」


 まだ状況に頭が追いついていないながらもゆっくりと身を起こすと、そこが学院の医務室であり、自分がベッドで寝ていたのだと気がつきました。


「どうして……。」


 何故私はここにいるのでしょうか。


 これまでのことを思い出そうと思考を巡らすと、学院社交会での王妃殿下の様子が甦ってきました。


「そうです。あの時の王妃殿下のご様子……あれは、ファラの名前に反応していた――?」


 あの時は自分でも気づいていませんでした。

 ですが翌々思い返してみれば、確かにあの時私はファラの名前を口にしてしまっていました。


 それ自体は私の不注意――感情に任せた些細な呟きでした。

 けれど結果、それが王妃殿下に動揺を与えた。



「王妃殿下は、ファラのことを知っている?」



 そんなはずはありません。

 ファラは下界人で、つい数か月前にドウケツの洞穴からここまで登って来たばかりです。

 ファラと王妃殿下に接点が出来るタイミングなどあったはずがありません。



「誰かの下界落ちに立ち会った際に、偶然洞穴にいたファラと出会ったなら――。」



 その可能性は否定できません。けれど、仮にファラが王妃殿下と接触していたとしたら、ファラはその事を私に話してくれているはず。


 脅されて口止めされている可能性もゼロではありませんが、その場合殿下が下界落ちに否定的だという推測は誤っていることになります。


 そうなると、下界落ちにされる基準は下界に関することに触れることですから、そもそもが下界人であるファラが見逃されるというのは現実的ではない気がします。



「何だか話がややこしくなってきました……。」



 下界落ち、ファラとの出会い、国王陛下の御言葉、王妃殿下のお考え、ガイラさんの言う〝監視者〟の存在――。



 色んな事が混ぜこぜになって、どれが何処でどのように繋がっているのか一向に見えてきません。

 ようやく点と点が線で繋がったかと思えば、今度は線と線がバラバラに散らばっていて最早何が何だか分かりません。



「失礼。」



 頭を悩ませていると、突然ガラガラと医務室の扉が開きました。


「おや、起きていたのですね。何度もノックしたのですが返事がなかったので、てっきりまだ目を覚ましていないのかと。」


 そう言ってこちらに目を合わせては扉を閉めると、その人物は私の寝ているベッドのそばまで近づいてきました。


「主教様……。」


 私は心臓の鼓動が速くなるのを感じながら、目の前に腰を下ろす主教様をじっと見つめていました。


 初めて下界落ちを目の当たりにした日――あの日の主教様の邪悪に満ちた顔が一瞬にして脳裏を過りました。


 再びこちらに目を合わせる主教様のお顔は、慈愛に満ちたようにお優しい表情をしています。

 あの日見たのは本当に主教様なのかと勘ぐってしまうほど、今とあの時とでは別人です。


「その様子では、まだ本調子ではなさそうですね。」


 喉が物凄い勢いで乾くのを感じながら私は主教様と目を合わせられず、ただただその口元しか視界に入っていませんでした。


 目を合わせられなかったのは、あの日の主教様を怖いと思う気持ちもありましたが、それ以上に私は考えていました。


 学院社交会でガイラさんの言っていた〝監視者〟――その話を聞いた時、真っ先に思い浮かんだのが主教様でした。


「あの……。」


 流石にこのままでは違和感があり過ぎます。

 何か話さなくては、と口を開きましたが、上手く言葉が出てきません。


 仮に監視者が本当に主教様なのだとしたら、今ここに来たのは私にも忠告する為。いいえ、もっと言えば、私を下界落ちさせに来た可能性すらあります。



「主教様、私、この前の学院社交会で――えっ?」



 無理矢理話を作ろうとした矢先、膝上に置いていた両の手を主教様に優しく握られ、その胸元へ引っ張られました。


「貴女の不安はよく分かりますよ。」


 主教様は包むように握った私の両手を元あった場所にゆっくり戻すと、ニコリと笑顔を向けて続けました。


「安心なさい。貴女は選ばれたのですから。」


「選ばれた?」 


 主教様の声はいつも朝礼で聞くものよりも柔らかく、何よりその笑顔は作り物には見えませんでした。


「ほんの数刻前、学院会議で今年の【最優秀紳士】と【最優秀淑女】の選出が行われました。先日の学院社交会においての来賓からの評価と、我々教師陣の評価を総合して決まりました。」


 その話に私は少々驚きました。

 ベッドに添えられた時計を見れば、まだ社交会から丸一日しか経っていません。


 学院社交会でその年の最優秀が決まるというのは通説として知ってはいましたが、まさかこんなにも早く決まるものとは思っても見ませんでした。


「まず最優秀紳士ですが、教師陣並びに来賓、満場一致でガイラ・ジーン=スイルリードが選ばれました。彼は、彼の立場を抜きにしても余りあるほどに本当に良く出来た生徒です。」



 ガイラさん、やりましたね。


 予想通りとはいえ、決まったことに私は心から嬉しくなりました。

 これでガイラさんは何の問題もなく公爵の地位を継ぐことが出来ます。


 それはつまり、ガイラさんの悲願であった〝ガイラさんのお母さまの存在を取り戻す〟ことが出来るということを意味します。



「貴女にとってもミスター・スイルリードの最優秀選出は吉報のようですね。ですが、他人ごとではありませんよ、ミス・アルバートン。」


「えっ……と、それはつまり――。」


「はい。おめでとう御座います。今年の最優秀淑女は貴女ですよ、ミス・アルバートン。」



 自分のことでありながらガイラさんの時とは違って、私は心からそれを喜ぶことが出来ませんでした。



「私が、最優秀淑女……。」



 正直実感が湧きません。

 もちろん前から言われていたことではありました。

 そう言われるからには、それに恥じぬ振る舞いをするよう努力もしてきたつもりです

 しかし、この半年と数カ月で私の中にある【最優秀】という称号の意味合いは大きく変わってしまいました。


 今までは〝そうなりたい〟という憧れであり、名誉の称号でした。

 ですが、ガイラさんと話し、ファラと出会ったことで、私にとっての【最優秀】という称号は【不釣り合いの足枷】になってしまいました。


「あまり喜ばないのですね。それは謙遜なのでしょうか。それとも何か喜べない理由があるのでしょうか。」


「いえ、そういう訳では……。」


 私は自分の中で消化しきれない気持ちをどうする事も出来ずにいました。


「自分に自信をお持ちなさい。貴女は王妃殿下も認めた最優秀淑女なのですから。」


「王妃殿下が?」


 主教様のお言葉に、私は驚きというより興味をそそられました。


「そうですね。これは言わないつもりでしたが、貴女の為にも話しておきましょうか。」


 そう言って主教様は咳払いを一つすると、改まって口を開きました。


「正直なところ、貴方を最優秀にするかは意見が割れたのです。それはここ最近の貴女の行動におかしなところが見受けられたからです。」


「おかしな行動、ですか。」


 主教様の表情が徐々に険しくなっていくのを見て、私は無性に心臓を掴まれたような息苦しさと不安に駆られました。


「心当たりがお有りのようですね。」


「それは……。」


 まさか主教様は私の行動をすべて知っている?

 やはり主教様が監視者なのでしょうか?


 そう思うと鼓動はどんどん速くなり、私は息苦しさのあまり胸を強く押さえました。


「授業中の心ここにあらずといった様子、廊下を走る姿、度々疎かになる言葉遣い。私は直接見ていないので判断しかねますが、他の先生方からそういった様子が見受けられたとの発言がありました。」



 主教様は直接見ていない――。


 その言葉に、私の鼓動は少し落ち着きを取り戻しました。



「四月にミスター・スイルリードに婚約を申し込まれたとも耳にしています。次期最優秀と、他生徒から常に見られているというストレスもあるでしょう。情緒不安定になるのも理解できない訳ではありません。情状酌量の余地もあるでしょう。ですが、【最優秀】というのは、それすらも跳ね除けて皆の理想であり続け、後世にその名と姿を残し模範となることが求められるのです。」


 主教様の仰ることは入学時から言われ続けてきたことです。

 今更言われずとも承知しています。


 しかし、こうして面と向かって言われると、やはり私には荷が重いと感じざるを得ません。


「ですから、ここにきて貴女を最優秀にするのはどうかという悲観的な意見も見られました。しかし、王妃殿下のお言葉で皆の意見は一変しました。」


「王妃殿下が?」


「そうです。王妃殿下は貴女をとても高く評価なさっていましたよ。良かったですね。」


「あ、あの、王妃殿下は私のことを何て!?」


 私は若干食い気味に主教様に聞きました。


 王妃殿下にはまだ聞きたいことも、話したいことも山程あります。

 王妃殿下が私のことを良く思ってくれているのなら、もう一度お会いすることも出来るかもしれません。

 そのためにも殿下の評価を正確に知りたいと思いました。


「殿下は、こう仰っていました。学院社交会において、国王陛下は『卒業式の日――運命の日にこの国は大きく変わる』と仰った。それは若き紳士・淑女達が次の時代を築き上げるという事。私は学院社交会で彼女と直接話しましたが、そこではっきりと感じました。彼女はこの国の新たな時代を作る懸け橋になるだろう、と。」



 主教様は一言一句違わぬように、とゆっくりと殿下のお言葉を思い出しながら話しているようでした。



「王妃殿下がそんなことを……。」



 正直そこまで買われている理由がよく分かりませんでした。

 しかし、これはチャンスです。


 王妃殿下からの評価が悪くないのなら、卒業式の日を待たずとも謁見の機会を設けてもらえるかもしれません。

 そのためにも、まずはファラに会って色々と聞かなければなりません。



「ミス・アルバートン、何処へ?」



 ベッドから出ようとする私を見て、主教様は声を掛けられました。



「体調ならもう大丈夫ですので、寮の自室に戻ります。」


「左様ですか。しかし、あまり無理はなさらないように。医務員には私から伝えておきましょう。それから――」



 主教様は含みを持たせたまま言葉を切って立ち上がると、再び私の元へゆっくりと歩み寄りました。



「【最優秀】の正式な公表は、卒業式の前日です。当人には早めに伝えるのが通例ですから話しましたが、くれぐれも公表前に公言しないように。」


「はい。気をつけます。」


 そこで一礼して、私は医務室の扉に手を掛けようとしました。



「お待ちなさい。」



 早く動きたくて仕方がないのに――。

 気持ちが逸るも主教様に止められ泣く泣く手を止めて振り返ります。



「これは老婆心と取ってもらって結構ですが、言動にはくれぐれもお気をつけなさい。先程も話したように、教員の一部から貴女のここ最近の言動には否定的な意見も出ています。貴女はもう【最優秀淑女】なのですから、くれぐれも自分の行いには注意するように。」


「お気遣いありがとう御座います。失礼します。」



 主教様の忠告に、私は一言告げて足早に寮へと戻りました。



「やれやれ……最優秀といってもまだ学生ですか。面倒を掛けますね。」


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