人生最大の失敗
この日、沼入咲男は、これまでの人生で最大の失敗をした。
失敗の原因は酒である。
彼は、これまでにも酒で失敗を繰り返してきた。酩酊して、帰りの電車で寝過ごしてしまうは定番で、公園のベンチで寝ているところを警官に起こされたことも数度ではない。酒が原因の失敗を数え上げればきりがないくらいだ。
失敗したと思ったそのときは、彼も素直に反省した。酒を控えようとも考えた。しかし、「今夜は3杯まで」のつもりで誘いに応じ、居酒屋に入るともうだめだった。魅惑の液体が入ったコップを数度傾けるうちに、自分では決して揺らぐまいと思っていた鋼の決意が、砂の城並みにもろくも崩れ去るのだ。結局、彼は泥酔するまで酒を飲み続けてしまうのだった。
もし、独り身であれば、問題は自分だけのこととして開き直れたかもしれない。しかし、彼は数年前に結婚していた。相手は、大人しい、自分の感情をあまり表に出さない女性だった。
彼が酔って帰宅したときは、その面倒を彼女がすべて負うことになった。玄関で這いつくばったまま動かない夫をどうにか寝室まで連れていく、その際にはネクタイを外してやり、風邪をひかぬよう毛布を掛けてやったりした。警官に呼ばれて夫を迎えにいったこともある。彼女は夫の酒癖に振り回されてきた。
沼入の酒は『笑い上戸』である。陽気で、場を明るくする、そういう『飲兵衛』だった。勘定を払うとき、酔うと気が大きくなることも手伝って、『俺が多く飲んだから、俺が一番払う』といって、誰よりも多く支払っている。そういうところもあって、彼は酒飲み仲間では人気者だった。当然、酒の席に呼ばれることが多い。誰かに暴力を振るったり、暴言を吐いたりしたことは、自分が知るかぎり一度もない。もちろん、妻に対しても同様だ。
『迷惑を掛けていないわけではない。しかし、すべて許される範囲のものでは?』
明確ではないにせよ、彼の心の深いところでは、そのように考えていたことは否定できない。その考えは何度もくじける『粛酒』不履行の言い訳になっていた。ちなみに、『粛酒』という言葉は彼による造語で、「酒を自粛する」という意味である。
妻は怒りの表情や、悲嘆の表情を見せたことはなかった。ただ、酔いつぶれた夫の姿を暗い表情で見つめ、粛々と『妻の務め』をこなすだけである。ただ、これを『妻の務め』などと思っているのは沼入だけだということを、最近になって思い知らされた。
ある日、沼入は自宅のあるアパートの1室で、義兄と向かい合って座っていた。義兄は妻と10歳以上も齢が離れており、義兄というより義父のような雰囲気だった。実のところ、妻の父は早いうちに亡くなっており、義兄が父親代わりとして彼女を育ててきた。沼入にとって、ただの義兄といえる相手ではなかった。
「あいつはめったに泣き言をいわない」
義兄は低い声で切り出した。
「そんなあいつが、泣きそうな声で『もう耐えられない』なんて電話してきたんだ。わかるか?」
沼入は椅子に座っているが、針の筵に正座させられている気分だった。
「その……、あの……、はい……」
「最初はDVかと思ったよ。正直信じられなかったし、実際、そうじゃなかった。だがね、君の酒癖は、あいつを悲しませるんだよ。
俺たちの親父も飲兵衛でね。いつも酔っぱらって帰ってきていた。あまりに酒を飲み過ぎて、40過ぎで肝臓を壊しちまった。死因は肝硬変だった」
義兄は、そこで一息入れた。
「俺も酒を飲むし、それの楽しさも知っている。だから、少々のことは大目に見てきた。あいつにもわかってやれともいってきた。しかし、限度ってものがある。何事にもね。わかるだろ?」
「はい……」
沼入はうなだれたまま、小さな声で答えた。
「あいつだって、君のことを本気で嫌ったりしていない。だがね、いつか、君も親父のように身体を壊すんじゃないか、急に倒れたりするんじゃないか、そんな心配を続けるのに疲れてしまったんだ。君は、あいつが神経をすり減らせているのに気がつかなかったのか?」
「いえ……、はい」
沼入の声は消え入りそうなほど小さかった。妻の態度に、なんとなく感じるものはあったものの、それを確かめたりはしなかったし、行動を改めたりもしなかった。もし、彼女の気持ちをはっきりと確かめなどしたら、彼は酒を控えざるをえなくなっただろう。しかし、彼はそうなることを恐れた。妻からはっきりと切り出されないかぎり、大幅な『粛酒』はしないで済む。彼の、そんな消極的な姿勢は、『粛酒』の方向へ進むことにつながらなかった。
「いいかい? これは最後通牒だと思ってくれ。もし、今後、自分を失うほど酩酊して帰ってくることなどあったら、あいつはここから出ていく。幸か不幸か、君たちに子どもはいないからね。あいつは身ひとつで出ていくつもりだよ。念を押していうが、これは脅しじゃない。あいつの気持ちなんだ。わかったかい?」
義兄の語調は、終始落ち着いたものだった。決して、怒りの感情を見せず、理性的でもあった。しかし、いわれた内容は、これまでのうっ憤が込められているように思われた。「最後通牒」という言葉さえ飛び出してきたからだ。
義兄が話しているあいだ、妻は隣の部屋で静かに正座していた。あいかわらず、あまり感情を感じさせない表情で。しかし、膝に置かれた、ぎゅっと握りしめられたこぶしが、彼女の感情を雄弁に物語っていた。
そう、彼は本当の『粛酒』をしなければならなかったのだ。それなのに……。
現在、沼入は大いに酔った状態で夜道を歩いていた。
どういう理由でここまで酔うほど飲むことになったのか思い出せない。
しかし、彼は、自分が相当に酔っていることだけは自覚していた。妻の前で誓ったことを破ったことも。
……くそっ! 俺はいったい、どうしたというんだ? なぜ、こんなに酒を飲んでいる?
足もとと同様、ふらつく頭で彼は考えた。しかし、頭の奥のほうに、何かもやがかかったようでどうしても思い出すことができない。たしか、何か忘れてしまいたいようなことが、あったような……。そう、気がする。確信はないが。
彼にとって、酒は気分を良くするため、あるいは気分が良いから飲むものだった。憂さ晴らしのような、負の動機で飲むのは彼の好みではなかった。だから、今日も、そんな何か忘れてしまいたいような理由ではないはずだが……。
そう、何か良いこと……、違う。やむにやまれぬ理由で酒を飲むことになったのだ。そうだよ、そうじゃなきゃ、酒を控えると約束してすぐ破るなんてこと、俺はするはずがない。
彼は大きく息を吐きながら思った。
そう、約束したんだ。俺は彼女と。少なくとも1か月は禁酒し、その後は必ず決まった量だけにする。もし、それを守れなかったら、潔く離婚に同意する……。
この約束は、さすがの彼にもこたえた。世間的な仲の良い夫婦でなかったが、それでも、彼は妻と別れたくなかった。その結婚も、酒の力を借りて勢いでしたようなところはあるが、口説きに口説き通して、ようやく射止めた相手なのだ。それに、情けない話だが、彼女なしで、自分がまともな生活を送れると思えない。誰かが――この場合は妻だが――、近くにいないと、歯止めが利かなくなるのだ。さんざん彼女に迷惑を掛けてきたが、彼はそれでようやく、最低限の『家庭人』でいられたのだ。いや、最低限ではなく、最低かもしれないが……。
ぐらりと身体が傾いて、彼はかたわらの壁に手をついた。
今夜は特にひどい。ここまで『へべれけ』になったのは、いつ以来だろう?
彼は重い頭を持ち上げて、正面に目をやった。ずいぶんと酔っぱらっているが、自宅への道を歩いていることは間違いない。たぶん、あと10分ほどで自宅のあるアパートだ。
彼は急に帰りたくなくなってきた。
今、帰れば、妻は静かに彼を出迎えてくれるだろう。ただし、例の暗い表情で。
俺は彼女の手や肩を借りて寝室に向かい、そのまま眠り込む。あくる朝には朝食が用意されていて、俺はそれを食べてから何ごともなかったように出勤する……。これまでであれば。
だが、今度はそうならない。
たぶん、彼女は静かに出迎える……までは同じだろうが、翌朝目覚めると、朝食の用意はなく、彼女の姿も消えているに違いない。食卓には、自分の印鑑を押せばいいだけの離婚届が置かれているのだ。
沼入は頭を振った。酔った頭でそんなことをすれば平衡感覚がおかしくなってよろめくことになる。
彼はよろめいた身体を壁で支えて息をついた。
……何を考えている、俺は! 最悪じゃないか。しかも、今、その光景がリアルに浮かんできた。これは最悪の予想じゃない。確実に起こる未来だ。
「ちくしょう……」
彼の口から恨み言が漏れた。ちくしょう。たしかに「ちくしょう」だ。しかし、いくら恨み言を口にしたところで気が晴れるわけでもないし、事態が好転するわけでもない。ますます気が滅入るだけである。
混沌とした頭のなかで、彼はどうすべきかを考えた。身体をふらふらさせながら考えた。トランポリンのように、ぐにゃぐにゃしているアスファルトを歩きながら考えた。あれ、アスファルトってこんな感触だったか?
彼は立ち止まった。
……何も出てこない。
はぁあああ、と彼の口から大きなため息が漏れた。降参のため息だ。策なし、案なし、解決法なし、である。
それでも、足は動いている。戻りたくない自宅に向かって動いている。やがて、家に着き、自分の醜態を妻に見られるのだ。彼はそう想像して、足が止まった。
……なんで、俺は家に向かっている? わざわざ死刑判決をもらうために帰るようなものじゃないか。
いっそ、仕事のせいにして、どこかで一晩過ごすのはどうだ? ありえないほどのトラブルが発生して、徹夜で仕事することになったと……。
彼は首を振った。無理だ。俺は嘘が得意じゃない。こんな作り話で信じてもらえるとは思えない。何より、問い詰められでもしたら、いつまでも否定し続ける自信もない。
気がつけば、彼はひとつのドアの前に立っていた。ドアののぞき窓から室内に明かりが点いていることがわかる。
……あいつ、まだ起きているんだ……。
この問題でうだうだできるタイムリミットを迎えたのだ。もう、これ以上考えても仕方がない。こうなると彼にできることは、たったひとつだけだった。
彼は震える手でドアのノブをつかんだ。そして、勢いよくドアを押し開けると、そのまま玄関へ倒れこむように入った。
アパートの部屋は、玄関を開けるとすぐキッチンとダイニングになる間取りだった。
ダイニングにはやや小さいテーブルが据えられ、そこに女が座っている姿が見えた。テーブルには、かすかに湯気の昇るティーカップがあり、彼女はお茶を飲んでいたようだった。
沼入の突然の登場に、彼女は驚いて腰を上げかけたが、彼はそれより早く行動した。自分の頭を床にこすりつけるようにして土下座したのだ。
「すまん!」
彼は大声で詫びた。
「え、え、何?」
頭の上から、困惑するような声が聞こえた。その調子には、彼への非難の感情は見られない。よし、第一関門は突破した。相手が怒る前に詫び倒して、うやむやにする。それが土壇場で考えた彼の策だった。
「本当にすまん。許してくれ!」
相手が事態を飲み込めないうちに畳み込んで、「今回は見逃す」のひと言を引き出す。そうなれば、今回の危機は回避できるはずだ!
「俺は、約束なんて破るつもりはなかったんだ。本当だ。信じてくれ。でも、俺はダメなやつだ。結局、こうなっちまった……」
「……あなた、酔っているの……?」
戸惑うような問いに、彼は自分の額で床をずるずるとこするようにして応えた。土下座したままうなずいてみせたのだ。
「ああ、酔っている。めちゃくちゃ酔っている。だが、こんなに飲むつもりはなかったんだ!」
「わかったわ。わかったから、そんなところで土下座なんてしないで。ちゃんと顔を上げて」
彼はゆっくりと顔を上げた。さんざん頭を揺さぶる行為をしたせいだろう。だいぶ朦朧として、彼女の顔を正視できない。それでも、彼は自分の顔を妻に見せようと必死で持ち上げた。
「真っ赤だろ? 俺の顔」
「……ええ」
「だよな。隠したり、ごまかせたりできるわけないよなぁ。そう、だから、素直に白状するんだ、俺は。
俺は意志の弱いやつだ。今回のことで思い知った。ほんと、情けないよ。反省はしている。反省はしていたんだよ、この間だって。でも、誘われているのを断るなんて難しいじゃないか。せっかく、わざわざ、俺と飲みたいといってくれるのをさ、断るなんてさ、簡単じゃないんだよ……」
彼はそこで次に出かかった言葉を飲み込んだ。
彼は続けて、「わかるだろ?」といいかけたのだ。
だめだ。この言葉は絶対いってはだめだ。今、俺は謝っているんだ。謝っているやつが、「わかるだろ?」なんて、まるで上からのようなことをいったら、彼女は決して俺を許したりはしないだろう。酔ったはずみでもNGワードを出してはいけない。
「わかるだろ?」「少しは大目に見ろよ」「いってもわからないだろうけど」……、このあたりは使わないようにせねば。
「ごめん、言い訳したいわけじゃないんだ。ただ、約束を破るつもりなど考えてもいないことを信じてほしい。それだけなんだ。本当にそれだけなんだ……」
いっているうちに目から涙があふれだすのを彼は感じていた。
なぜ、俺は泣いているんだろう?
彼は自分自身のことなのに理解不能だった。しかし、これを使わない手はない。文字通りの泣き落としに使うのだ。彼女から「今回は見逃してあげる」といってもらえるまで、彼はできる手は何でも使うつもりだった。
「でも……、あなたは、その……、約束を破ったのよね? 大切な約束を……」
ぼんやりとした頭に彼女の声が響く。その声には、初めころの戸惑っている調子はなく、非難するような不信感に近いものが含まれているように感じられた。
「ああ、そうだ。君のいう通りだ。俺は約束を破った。1か月の禁酒の誓いを守られなかった。でも、お前に出ていってほしいなんて思ってもいない。むしろ、このまま俺から離れないでほしいんだ。今、お前にいなくなられたら、俺は本当にダメになってしまう。それは間違いない。確定事項なんだ」
「確定事項なんて……」
「嘘じゃない、本当だ!」
彼はよろよろしながら立ち上がりかけた。しかし、すぐ力尽きたように膝をついた。ドスンという音が玄関に響き渡った。
彼女は椅子から立ち上がり、うろたえた様子で左右に視線を向けていた。思いがけず大きな音を立ててしまったせいで、彼女を怯えさせてしまったらしい。
「わ、悪い。お、脅かすつもりは、なかったんだ。本当だ。本当なんだって!」
最後はつい強い口調になってしまった。彼女は何度もうなずいた。「わかってるわ、そうなんでしょ?」
「……ああ、そうだ」
彼は少し満足して笑みを浮かべた。彼女の口から否定の言葉は出なかった。これはいい傾向だ。そうに違いない。
彼の満足げな笑みを見て、彼女も少し落ち着いてきたようだった。
「大丈夫? 落ち着いてきた?」
……落ち着いているかって? さすがに、それは違うだろ。落ち着くのは君のほうだよ。
彼はそう思ったが口にしなかった。この攻防戦はまだ終わっていない。彼女はまだ、「今回は見逃してあげる」のひと言を口にしていないのだ。ここで失敗に終わらせてはならないのだ。
「ああ、落ち着いてきたよ」
彼は相手を安心させるために答えた。
いや、このころになると彼の脳内を支配していたアルコールも、その支配力を少し弱めていた。そこで、彼は断片的ながら、いくつか思い出し始めていた。
……そういや、たしか、同僚のお別れ会があったんだよな。昇進に合わせて転勤が決まったんだった。そうだ、だから、俺は酒を飲む羽目になったんだ……。
しかし、それは言い訳にならない。約束は、「どんな誘いであっても、この1か月は必ず断る」だったのだから。
彼は再び土下座の姿勢に戻り、深々と頭を下げた。
「信じてほしい。約束を破る考えなんて、これっぽっちも、ほんと、これっぽっちも無かったんだ。ただ、今回は特別な、ほんと、特別な事情ができたんだ。ほんとだ……」
酔った頭ではうまく説明などできない。仕方なく、彼は「ほんと」を繰り返した。ほんとにやむを得なかったんだ……、ほんとに避けようがない事態だったんだ……、ほんとに……。
土下座したまま、くどくど詫び続ける沼入の頭に、小さなため息が聞こえた。
「もういいわ……」
――よし、ついに「もういいわ」のひと言を引き出せた!
頭を伏せた姿勢のまま、彼は歓喜の笑みを浮かべた。根競べに勝ったのだ。ようやく、危機を脱することができた。「もういいわ」、そして彼女はこう続ける。「今回は見逃してあげる」と。
しかし、彼の耳に届いたのは、予想、いや、期待と真逆の言葉だった。
「もういいから、出ていってくれる?」
――出ていってくれる? 出ていけだと!
彼はゆっくりと顔をあげた。はっきりと聞こえたが、聞き違いではないのか。彼は呆然とした表情で、彼女の姿を捜した。
彼女は椅子から立ち上がって、すぐそばにあるキッチンコンロのそばに立っていた。古い構造のアパートで、玄関のすぐ脇が台所なのだ。
「お願い。出ていって」
彼女は繰り返した。迷いのない、しっかりした声だった。
沼入は思い切り床を殴りつけた。大きな音が部屋中に響く。「何だよ、それ!」
彼女は身をすくませた。だが、もう、彼は遠慮などしなかった。いや、あまりに激昂して、何も考えられていなかった。
「ふざけんなよ。俺が、ここまで謝っているというのに、お前は!」
彼は立ち上がると、彼女のほうへ手を伸ばしかけた。もう、この先はどうなるか自分でもわからなかった。怒りの感情と、意識がどこか遠くにあるような非現実的な感覚が入り混じった、自分でも説明不可能な状態だ。
この事態に、彼女の対応はすばやかった。
沼入は側頭部に激しい衝撃を受けて床に倒れこんだ。彼女はコンロからフライパンを手に取り、それで沼入を思い切り殴りつけたのだ。彼が床に倒れると、彼女はその脇をすばやく駆け抜け、そのまま玄関から飛び出してしまった。
……殴られた? 俺が……?
床の感触を頬で感じながら彼は思った。妻は暴力を振るったりしない女だ。怒りの感情さえ顔に出さない、いや、彼に口答えさえしたことがなかったのだ。それなのに……。
疑問が生じたおかげで、ずっと鈍っていた脳が仕事を始めた。
……そうだ。同僚の送別会は昨夜のことだった。俺はしこたま飲んで、へべれけで帰ってきた。そう、それで……、あいつは今朝出ていったんだ。宣言通り、俺を見限って……。
そうだよ……。それで、俺は今夜、こんなに酔っているんだ。何もかも忘れたくてヤケ酒をあおっていたんだ……。じゃあ、さっきの女は……?
沼入を殴り、部屋から飛び出した女は、はだしのまま廊下を駆けていた。沼入に気づかれないように隠し持っていた携帯電話を掛けながら。
「あ、警察ですか? 今、私の部屋に見知らぬ男が突然押し入ってきて……」
この作品のレシピ:
冒頭の真の意味は、最後の一行で明らかにされる。
こういう仕掛けを意図した作品だ。
仕掛けが先にあり、ストーリーは話の構造に合わせて肉付けされた。参考にした事件や経験が特にあったわけではない。
僕自身は酒が弱く、へべれけになる前に頭痛を起こして飲めなくなる。どちらかといえば、主人公の妻のような役割をする羽目になっていた。そう考えると、飲兵衛に対するうっ憤が、無意識のうちにストーリーに含まれていたかもしれない。少しだけ。ほんと少しだけ。