5.川島たちとの再会
明治38年(1905年)6月 東京
「よう、久しぶりだな、みんな」
「うん、久しぶりだね、祐一」
「おお、さっそく上手くやったようやな」
「さっすが、大島先生」
「ハハ、まあな」
松方・山縣の両元老との会談を終えた俺は、中島、佐島、川島の3人と会っていた。
俺と一緒に未来からタイムスリップし、一度は日本を勝利に導いた同志たちである。
彼らは現在、市ヶ谷の陸軍士官学校に通っていて、11月には卒業予定だ。
ちなみに陸士の18期に相当し、同期には阿南惟幾や、山下奉文がいるとか。
「それで、元老との会談はどうだったんだ?」
「ああ、松方さんも山縣さんも、未来の記憶があるせいか、わりと協力的だったよ。とりあえず、この戦争の後始末まではお願いしてある」
「戦争の後始末っちゅうと、樺太全島の割譲に、満鉄の経営にアメリカを巻きこむとかの話やな?」
「そうそう。それに韓国との防衛協定に、世論の鎮静化もお願いした」
「フハハ、さすがは祐一やな」
佐島が俺を褒めるが、中島は不満そうな顔をする。
「なんか祐一だけ、ずるいよね。僕たちはお互いを見つけるぐらいしか、できなかったのに」
「あ~、それだけどな。俺が記憶を取り戻した時に、こんなものがポケットに入っていたんだ」
そう言って俺は例の紙を取り出した。
そこには協力者の名前と、例のキーワードが書かれている。
松方正義
閑院宮載仁
山縣有朋
伏見宮博恭
東郷平八郎
平賀譲
”未来の夢”
それを見た川島が、あっさりとカラクリを推測してのけた。
「ああ、これが協力者のリストってことか。そしてこの”未来の夢”ってのが、キーワードなんだろうな」
「そのとおり。最初に東郷提督に言ってみたら、すぐに効果が表れたよ。たぶんそれまでは曖昧だった未来の記憶が、この言葉で明確になったんだと思う」
「なるほどね。例の存在エックスが、そう仕組んだんだろうな」
「ああ、俺もそう思う」
そのネタバレで、中島も納得がいったようで、すぐに次のことを訊いてくる。
「なるほどね。それで今は、どこまで巻きこめてるの?」
「東郷大将に伏見宮殿下、松方閣下、山縣閣下までだ。閑院宮殿下は大陸だし、平賀さんは今、イギリスだからな」
「そっか、平賀さんはイギリス駐在だもんね。それなら当面は元老が2人に、陸海軍の重鎮が3人か。これだけいれば、軍の改革もなんとかなるかな?」
「ああ、前世とはだいぶ状況が異なるけど、やりようによっては、なんとかなると思う」
すると川島が問う。
「軍縮の話はしたのか?」
「ああ、陸軍の4個師団削減と、海軍の主力艦建造中止は提案してある。それなりに理解はしてたから、実現に動いてくれるだろう」
「そうか。しかし問題は、軍部の改革だよな」
「ああ、陸海軍の統合、統合幕僚本部の設置、首相による統帥権の輔弼の明文化までは、やっとかないとな」
「いまさらだけど、前世ではよくやれたよな」
そう言って川島が苦笑すると、佐島も同調する。
「ほんまや。あの時は矢面に立たんで済んだけど、この世界ではそうもいかんやろなぁ」
「だな。東郷さんや山縣さんの権威に頼るにしても、実務は俺たちがやることになるだろう」
「早めに護衛をつけてもらわないと、命が危ないかもね」
そんなことを言う仲間たちに、俺も訊ねてみる。
「3人は今後、どういうキャリアを形成しようとしてるんだ?」
「俺は参謀課程に進んで、諜報関係を仕切ろうと思う」
そう答えたのは川島だ。
前世でも諜報担当だったので、妥当なところだろう。
続いて中島と佐島が答える。
「僕は実戦を経験してから、戦車の開発に関わりたいかな」
「俺も適当に実績つんだら、銃砲を開発するつもりや」
「なるほど。ある程度、実戦を知らないと、信用もされないからな。ちなみに俺はすでに、日本海海戦に参加してるぞ」
「どうせ雑用ぐらいしか、してへんのやろ」
「バカ野郎。砲弾が飛び交う中で、艦の復旧とかやってたんだぞ」
「へ~、そら、凄い」
佐島とそんなやり取りをしていると、川島に問われる。
「そういう祐一はどうするんだよ?」
「う~ん、俺も実績を積んだら、エンジンや航空機の開発をやりたいな。でも技術に掛かりっきりにはなれないから、そっちを牽引する研究所みたいなのを、作ったほうがいいかもしれない」
「ああ、軍用だけでなく、先端技術を研究するみたいな?」
「そうそう。最初は出向みたいな形にして、ある程度モノになってきたら、顧問として助言するんだ」
「たしかに、俺らの技術を活かすには、そっちの方がええかもしれんな」
「だろ? その辺も協力者と相談して、研究所を設立する方向で進めよう」
するとふいに、川島がニヤニヤしながら訊ねる。
「ところで、今度はゴンベエさんを糾弾しないのか?」
「馬鹿いうなって。少尉候補生が大将を糾弾なんてしようものなら、将来があるわけないだろう」
「ハハハッ、それは残念。やってみせて欲しかったんだけどな」
彼が言っているのは、海軍大将の山本権兵衛のことだ。
山本大将は海軍の重鎮として、連合艦隊の形成などに貢献してきた人物である。
しかしその一方で、海軍の力を高めたいがため、陸海の統帥権を分裂させたり、日露戦争で陸軍の足を引っ張るなど、いろいろやらかしてもいる。
前世では陛下にそれを伝えた結果、山本大将は予備役入りになった。
しかしこの世界でそれをやろうものなら、俺の未来は消えたに等しい。
だから今回は東郷大将の助けを借りて、山本大将を味方に引きこもうと考えている。
「ところで、慎二は元気か?」
「ああ、こっちに来たがってたけど、さすがに2人一緒にはな」
「まあ、軍務があるからな。それにしても、俺たちが軍人に転生させられるとはなぁ」
「だよね。せっかく天寿を全うしたのに、またやり直せとかひどいよ」
「そうや。あの存在エックスめ。いっぺん殴ってやりたいわ」
「まったくだ。だけどこうやって若い体に戻るのも、悪くはないよな」
俺たちは18歳の体になっているので、気力も体力も死ぬ前とは大違いだ。
これからいろいろと面倒事に巻きこまれるのは確定だが、それはそれで楽しみにすら思えてくる。
やはり若さというのは、それだけで掛け替えのない宝なのだ。
「そうだな。せっかくだから、前向きに楽しむか」
「まあ、それしかないよね」
「おっしゃ、やったるか~」
やはり気の置けない仲間がいるというのは、良いものだ。