エピローグ
昭和16年(1941年)12月 東京 先端技術研究所
「ようやく合衆国と講和が成立したか」
「ああ、なんとかな。ずいぶんと条件で揉めて、まとめるのに苦労したようだ」
アメリカ連合国が離脱し、クーデターまで発生した合衆国と、日本はようやく講和した。
基本的にどちらも賠償は請求せず、日本はグアム島の委任統治権のみ譲渡されている。
しかしその条件に対し、合衆国内でも大きく揉め、半年も時間が掛かった形だ。
「せやけど合衆国は、連合が離脱してだいぶ弱っとるやろ? そんなに強気なこと、言えるんか?」
「腐っても合衆国だからな。そろそろ兵器生産が軌道に乗りつつあるから、強気な連中も多いんだ」
「そうなんか? しかしいくらなんでも、今の日本には敵わんやろう」
「それが分かる人間が、それほど多くないんだって。アメリカでは、兵器がじゃんじゃんと産み出されてるしな」
佐島の疑問に、川島がため息まじりに答える。
実際、アメリカでは戦時生産体制が整いつつあり、続々と兵器や物資が作られているそうだ。
しかし連合国と分かれたこともあり、軍は大混乱している。
いまだに高い戦力を維持している日本と、まともな戦いなどできはしないのだが、それを理解しない者も多い。
そこでイギリスが間に入って、交渉を進めたのだが、それでも難航した。
結局、日本が当初は要求していたウェーク島の統治権を諦めることで、なんとか合意が成立したのだ。
ここで中島が、ホッとした顔で言う。
「それでも戦争が早く終わって、本当に良かったよね。ちょっと前まで、ルーズベルトが意地になっちゃって、どうなるかと思ってたよ」
「まったくや。けどこれも、健吾が陰謀を巡らした結果やろ?」
「ハハハ、陰謀とは人聞きが悪いな」
佐島の指摘を、川島が心外だとばかりに笑い飛ばす。
しかしここにいる人間は、それが事実だと知っていた。
「人聞きが悪いも何も、事実なんだろ? 参謀次長の石原莞爾と組んで、いろいろと工作したって聞くぜ」
「うん、そうなんだ。ああいうのを馬が合うって言うんだろうね。よく2人で談笑してるんだけど、その内容がすごい悪辣なんだって」
「おお、俺もそう聞いとるぞ。しばしば作戦会議で、ごっつ悪どい提案をして、出席者をドン引きさせとるそうやないか」
「そうそう。参謀本部の魔王たちって、呼ぶ人もいるね」
「まったく、失敬だな、お前ら」
みんなにけなされて苦笑しているが、川島は大して気にしていないだろう。
しかし誰も味方しないのも可哀想なので、俺は擁護に回ることにした。
なにしろ俺も、数万のアメリカ将兵を殺し、アメリカ本土で山火事を引き起こしたのだから。
「そんなの参謀総長にとって、褒め言葉みたいなもんさ。実際に戦争が早く終わって、たくさんの人命も救われたんだ。それにアメリカを、合衆国と連合国に分裂できた。これはでかいよな」
「さすが祐一。よく分かってるな。アメリカを分断できたおかげで、その力をだいぶ削げた。おかげで戦後にまた牙をむく可能性が、だいぶ減ったって寸法さ」
そう言って誇る川島に、佐島が意地悪そうに言う。
「そんなこと言って、今後も謀略は継続してくんやろ? 連合が強気になっとるのも、お前のせいちゃうか?」
「さあ、それはどうかな?」
川島は余裕の表情で、とぼけてみせる。
まあ、実際に裏では、いろいろやっているんだろう。
すると中島が、ふいに話題を転換した。
「それにしても、ヒトラーのおかげで、新型戦車の活躍の場が、なくなっちゃったんだよね」
「ああ、1式重戦車か」
「そう。せっかくT34を蹂躙できると思ったのに」
「戦争がないんなら、それに越したことないやろう」
「そうなんだけどさぁ」
この7月、ドイツがソ連に攻めこんだため、ソ連は極東同盟に停戦を申し入れてきた。
予想はされていたので、ある程度、ソ連に譲歩させつつ、同盟は停戦を呑んだ。
おかげでソ連は東部戦線の兵力を西に回し、ウクライナでドイツと殴り合っている。
その結果、開発したばかりの1式重戦車を使うチャンスを失い、中島が残念がっているというわけだ。
すると今度は、後島が俺に話を振る。
「そういう意味では祐一も、烈風を披露する機会を失ったわけだろ?」
「まあ、そういうことになるな。今はジェット機の開発も進めてるから、”烈風”が戦うことは、もうないかもしれない」
「う~ん、ちょっともったいないよな」
海軍の方でも、新型艦載戦闘機として”烈風”が実用化されていた。
それは最大時速650キロ級の、新鋭戦闘機である。
アメリカとはもう1会戦ぐらいあるかと思い、急速に配備を進めていたのが、ムダになった形だ。
「まあ、そう言うな。戦争なんてしないで済むのなら、それに越したことはないんだから。多少はペースを落とすけど、新兵器の開発は進めていくしな」
そう言うと、中島が気まずそうに例の兵器に言及する。
「そういう意味では、核兵器の開発も進むんだよね?」
「そりゃ、もちろんさ。この世界でもすでに、核分裂の実験はされてるんだからな。俺たちが作らなくても、いずれ誰かが作る。その時になって慌てないよう、手は打っておかないと」
「それはそうなんだけどさぁ……」
今世でも核分裂現象は発見されているので、ほとんどの大国は核爆弾の開発に取り組んでいるだろう。
しかし今世のアメリカは、南北に分裂しているのもあって、微妙なところだ。
ただしアメリカに開発を決断させたイギリスが、今世では味方となっている。
その辺の影響がどう出るかなど、注意は必要だと思っている。
そして日本ではすでに戦前から、核爆弾の開発準備は進めていた。
俺たちが前世で学んだノウハウもあるので、おそらく世界でも早い段階で実用化できるだろう。
もっとも、それを振りかざすつもりは毛頭なく、抑止力として使うことは、国内でも合意を得ている。
そんな話をしているうちに、例の存在の話になった。
「まあ、とりあえず太平洋戦争には、また勝てたわけや。存在エックスも、これで満足してくれるやろか」
「う~ん、それはどうかなぁ」
佐島の問いに、中島が疑問の声を上げれば、後島が大きな声で応える。
「いいや、これだけやれば、十分だろう。あとは早めに退役して、悠々自適な生活を送ろうぜ」
「ああ、そのとおりだ。仮に存在エックスがまたやれって言っても、断固拒否だな」
「俺も賛成だ」
俺と川島もそれに続けば、中島はまだ疑わしそうだ。
「そんなこと言っても、転生させられた時は、問答無用だったじゃない。僕たちがどうこう言っても、どうしようもなくない?」
「いいや、もう一度やれとか言ったら、ぶっ殺す」
「だからどうやって?」
「そんなもん、気合いだよ」
そんなやり取りをするうちに、誰からともなく笑いだす。
「プッ、そんなこと言っても、仕方ないよね」
「ハハハ、まあ、そうだな」
「まあ、今回も上手くやれたんだ。それを胸に、余生を楽しもうじゃねえか」
「そやなあ、そうしとこか」
「賛成、賛成」
そう、俺たちは2度も、日本を救ったのだ。
それだけは、誇ってもいいんじゃないかと思う。
ただし3回めの歴史改変だけは、絶対にごめんだが。
完
以上で”未来から吹いた風2”は完結です。
本作は筆者のつたない知識に基づき、自分が読みたいような小説として書いた作品です。
その内容には間違いや誤解もあると思いますので、気になるところがあれば、それぞれに調べてもらえばいいかと思います。
それでこの分野の仮想戦記が増えたりしたら、筆者も嬉しいです。
ここで次回作の話ですが、再び三国志世界に戻る予定です。
今度は孫呉でなく、劉備を主人公にして新たな歴史を作ってみようと思います。
適当に書き溜めをしてから、投稿を開始するので、興味のある方は気に留めておいてください。
最後に、本作を楽しんでいただけたなら、下の方の★で評価してもらえると幸いです。
それではまた別の空想世界で。




