幕間: 野望の終焉
昭和15年(1940年)11月初旬 ホワイトハウス
【フランクリン・デラノ・ルーズベルト】
「開票結果が出ました。残念ながら、大統領の敗北です」
「なんだとっ! 集計ミスではないのか?!」
最悪の報告に問い返せば、補佐官は横に首を振る。
「実に82対449という惨敗です。少々の集計ミスなど、問題にならないレベルです」
「馬鹿なっ! なんでそんなことになる? OWI(戦争情報局)が仕事をしていないのか?!」
「はあ、仕事をしていないわけではありませんが、完全に情報を統制することは、無理だったようで……」
「無理とはなんだっ! 無理とは!」
日本との戦争が始まって、我が軍にはいいことがほとんどなかった。
しかしそれは兵の士気に関わるので、被害状況は少なめに公表し、逆に成果は過大に喧伝してきた。
それが公にならないよう、OWIには厳しい情報統制を強いている。
おかげで今回の大統領選も、私が勝つ可能性が高かったはずだ。
それが蓋を開けてみれば、歴史的な大敗だという。
おかしい、そんなはずはない。
いや、待てよ……そうか!
「ジャップだ……」
「は? なんとおっしゃいましたか?」
「ジャップだ! ジャップの欺瞞情報により、選挙結果が歪められたのだ!」
「は、はあ、そう言えなくもありませんね……」
「言えなくもない、ではない。そうなのだ。それであれば、他国に我がステイツの選挙が、盗まれたことになる。これは由々しき事態だ」
「いえ、さすがにそこまでは……」
「軍の高官を呼べ! とりあえず集まれる者だけでいい」
「はっ」
その後、軍の高官が集まると、私は事情を説明した。
「なるほど。その可能性はたしかにありますな。しかしだからといって、大統領は何をお望みなのですか?」
「決まっている。戒厳令だ」
「か、戒厳令!」
「閣下、それはなりません」
多くの者がそれに反対する。
しかし私にはその権限があるのだ。
「いいや、断固実行する。我が国の主権が侵されたのだ。それにこのままでは、ウィルキーが大統領になってしまう。その先は日本との講和であり、君たちも責任を問われるのだぞ」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
「いくらなんでも、戒厳令は……」
なおも渋る将軍たちに、私は甘い言葉を掛ける。
「大丈夫だ。あくまで選挙にジャップの介入があったかどうか、調べるだけだからな。それが明らかになれば、即座に解除しよう」
「それはもちろん、介入がなかったとしてもですな?」
「もちろんだ」
「それなら、まあ、やむを得ませんな」
こうして将軍たちを説き伏せると、私は即座に戒厳令を発動した。
そして各州の投票状況を、調査させたのだ。
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昭和16年(1941年)3月 ホワイトハウス
その後の展開は、目論見どおりになった。
戒厳令で軍政をしいて、選挙状況を調査。
すると思っていたとおり、ジャップの欺瞞情報を広めた連中が、次々と見つかった。
(注:ルーズベルトに都合の悪い噂を口にしただけで、特に扇動などはしていない)
そいつらに影響を受けたと見られる票を、無効にしていくと、どんどん選挙結果がひっくり返った。
そしてとうとう、私の獲得した選挙人が、ウィルキーを上回ったのだ。
その時点で私は勝利を宣言し、大統領職を継続することとなる。
これでまたジャップとの戦争を続けられる。
そう喜んでいたのだが、そこへ嫌なニュースが入ってきた。
「大統領! デラウェア、ニュージャージー、ニューヨークの3州で、山火事が発生しています。さらに日本が、東海岸にチェリーを撃ちこんだとの声明を出しました」
「なんだとっ! ジャップが大西洋にまで手を出したというのか? 一体どうやって?」
「南米回りか、アフリカ回りかは分かりませんが、潜水艦を派遣したのでしょう。スエズ運河は監視しているので、そこからはないと思います」
「馬鹿な。そんな何万マイルも航海できる潜水艦など、あるわけがない」
「パナマが攻撃されたのですから、決して不可能ではないでしょう。どこかで燃料ぐらいは、補給できるでしょうし」
それを聞いて、恐ろしいことに気がついた。
「まさか、イギリスが協力しているのではないだろうな?」
「イギリスですか? あの国は中立を表明していますが、補給ぐらいはあり得るかもしれませんね」
「いいや、そうに違いない。あの紳士きどりの、ライミーどもが! くそっ……それはそうと、爆撃の被害はどうなっている?」
「は、現在、5ヶ所で火災が確認されています。幸いにも、どこも森林や農地なので、人的な被害はありませんが」
「またしてもか! 市民を狙っていないからといって、正義づらをしおって。西海岸の山火事が、どれだけの被害を出したと思っている!」
「は、はあ……」
ひとしきり悪態をつくと、私の気分も落ち着く。
そこで世論の反応について訊ねると、やはりろくなことになっていなかった。
「3州の市民は大パニックです。いずれ都市にも撃ちこまれるのではないかと、騒いでる者もいますね」
「くそっ! 西海岸だけでなく、こっちでもか。幸いにも議会は停止されているから、吊るし上げられることはないがな」
「それはそうですが、また抗議デモが起きる可能性は高いでしょう」
「その時は、また軍が出動して解散させればいい。今はそんな悠長なことを、言っていられる状況ではないのだ。我々は団結しなければならん」
「……かしこまりました」
補佐官が不満そうに去っていった。
もう少しで新たな艦隊戦力が整うし、パナマ運河も使えるようになるのだ。
そのうえで反撃すれば、国民も支持してくれるだろう。
もう少しだ、もう少し耐えるんだ。
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昭和16年(1941年)6月 ホワイトハウス
馬鹿な!
カリフォルニアからバージニアにかけての15州が、ステイツを離脱しただと?
しかもフーヴァーを大統領にして、アメリカ連合国を名乗りおった。
あんな無能を大統領に戴くなど、何を考えているのだ。
おかげでステイツに動揺が走り、ウィルキーが一部の軍人を味方につけて、反旗を翻してしまう。
この大事な時期に反乱を起こすなど、何を考えているのか?
おまけにどうやら、私の方が劣勢らしい。
「大統領! 防衛線が突破されました。しかも味方の兵が、次々と投降している模様です」
「なんだとっ! 反乱軍に投降するとは、恥を知れ!」
「は、しかし……」
その瞬間、軍の高官が数人、扉を開けて部屋に入ってきた。
「なんだっ! 無礼だぞ!」
「大統領、今日は勧告に参りました。この非常時に内戦を引き起こした責任を取って、辞任していただきたい」
マーシャル陸軍参謀長が、突き放すように告げてきた。
他の高官もこちらを見る目は冷たく、どうやら味方はいないようだ。
「ジョージ、今はそんなことを言ってる場合じゃないだろう。ここは皆で団結して、ステイツを勝利に――」
「もうウンザリなのです! これ以上、我々は、あなたの不正に付き合うことはできません。拘束させてもらいます」
「そんな……待ってくれ」
しかしそのまま私は拘束され、大統領の座から引きずり降ろされた。
そしてすぐにウィルキーが、臨時の大統領に就任したそうだ。
馬鹿な、私はどこで間違ったのだ?
次回、ラストです。




