48.分裂したアメリカ
昭和16年(1941年)3月 東京 ”国策検”
戒厳令が発動されたアメリカは、ほぼ想像どおりの動きを見せた。
まずルーズベルトの指示によって、彼が負けた州の投票内容に調査が入り、”外部から操作された票”が見つかり、無効化される。
そんな話がいくつか続くのと並行して、共和党の陰謀説が飛び交い、大統領選における不正が既成事実化されていった。
その結果、見事に大統領選の結果はひっくり返り、ルーズベルトが勝利宣言をしたのだ。
もちろんウェンデル・ウィルキーはそれを否定し、それこそ民主党の陰謀だと訴えた。
しかし戒厳令の下でその声は押さえこまれ、逆にウィルキーを訴える動きまで出る始末だ。
これらの動きにより、ルーズベルトはそのまま大統領職を継続することになった。
日本にとっては最悪の事態だ。
しかし我々も、それを座して見守ることなどしない。
「我が軍は東海岸の爆撃に成功しました。アメリカ北東部の沿岸で、山火事が発生しています」
「うむ、成功したか。よくやってくれたな」
「は、ありがとうございます。これも第10潜水艦隊の、献身によるものです」
「ああ、はるばる南米大陸を迂回していったそうだな」
我が海軍は西海岸と同様の作戦を、東海岸でも実行した。
それは昨年、パナマ運河の破壊を成し遂げた、第10潜水艦隊によるものだ。
5隻の伊500型潜水艦は、はるばる南米大陸を回りこみ、大西洋へと進出した。
そしてその艦内には”晴嵐”攻撃機ではなく、8発もの”桜花”を搭載しているのだ。
つまり伊500型5隻で、40発の”桜花”を発射可能になる。
さすがに”桜花”を撃ちきったら終わりだが、その他の燃料や食料などは、イギリスの基地で補給を受けられるようになっている。
もちろんアメリカには内緒だが、おかげで第10潜水艦隊は、大西洋で活動が可能になったわけだ。
さらにアメリカに対しては、さらなる謀略も控えていた。
「西海岸および、南部州への呼びかけはどうなっている?」
「は、すでに主要都市で、例のビラをばら撒いています」
「うむ、上手くいくといいのだがな」
川島が言うビラとは、ルーズベルトの不正を糾弾し、その弾劾を訴えるものだ。
陸軍謀略課が手配した現地協力者が、各地でばら撒いている。
以前、西海岸でやったように、繁華街の高所からビラを撒いたのだ。
これによってアメリカ市民の間で、ルーズベルトへの不信が高まった。
さらに協力者がひそかに、弾劾やワシントンへの反乱など、物騒な思想をあおる。
このまま進めば、大統領の弾劾か内乱、はたまた一部州の独立など、何かが起こるかもしれない。
日本の命運は、謀略課の働きに懸かっていた。
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昭和16年(1941年)5月 東京 ”国策検”
「とうとうアメリカの南部と西部で、複数の州が合衆国離脱を宣言し、アメリカ連合国を結成しました」
「おおっ、成功したか」
「はい、すでにメキシコを通じて、外交ルートにも目処がついています」
「すばらしい。ご苦労だった」
「は、恐縮です。しかし外務省の協力も、ありましたので」
「うむ、みんな本当によくやってくれた」
とうとう謀略課の工作が成功し、アメリカの一部が合衆国を離脱した。
それはカリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコ、テキサス、ルイジアナ、ミシシッピ、アラバマ、フロリダ、ジョージア、サウスカロライナ、バージニア、オクラホマ、アーカンソー、テネシー、ノースカロライナの15州であり、彼らはアメリカ連合国を名乗っている。
そしてその大統領には、カリフォルニアを地盤とするハーバート・フーヴァーが就任したという。
「そうか、フーヴァーが大統領に落ち着いたか。彼は戦争に否定的だから、交渉はしやすいだろう」
「ええ、そうですね。後のことは、外務省にお任せします」
「うむ、外務大臣、頼んだぞ」
「はっ、お任せください」
そう言う首相と外相の顔は、とても明るかった。
このまま連合国と講和できれば、合衆国とも和解できる可能性が高まるのだから。
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昭和16年(1941年)6月 東京 ”国策検”
その後、期待どおりにアメリカ連合との交渉は進み、仮の講和が結ばれた。
今後はさらに細かいことを詰めて、正式な条約調印となる予定だ。
これに対して合衆国は、抗議声明を出すと共に、軍で脅しを掛けようとした。
しかし相手は15州もの集合体である連合国だ。
その人口は元の合衆国の32%にもおよぶ。
たしかに合衆国の方が工業力も高く、軍の大部分を握っているが、それも一枚岩ではない。
それに連合国領出身の兵士の中から、故郷に銃を向けることを拒否する者が続出した。
そのため陸海空軍の多くの部隊が、機能マヒに陥ってしまう。
加えて厳重に情報統制をされていた合衆国領にも、徐々にルーズベルトの悪行が広まっていた。
おかげで各地で抗議デモが発生し、連合国を攻めるどころではなくなる。
事ここに至り、合衆国中枢からも、大統領に反旗をひるがえす者が生まれた。
本来、大統領になるはずだったウェンデル・ウィルキーが、陸軍の一部と共謀し、クーデターを起こしたのだ。
もちろんその陰には、帝国陸軍謀略課の暗躍があった。
これによってルーズベルト派と、ウィルキー派に分かれた内乱が、ワシントンを中心に勃発。
小規模な戦闘とにらみ合いが、1週間ほど続いた。
ちなみにその間、アメリカ海軍は中立を宣言し、様子見に終始していた。
そして6月末日、ルーズベルト側に裏切りが発生し、ウィルキーが臨時で大統領に就任する。
ウィルキーはただちに日本に対し、停戦を申し入れてきた。
ここに事実上、今世の太平洋戦争は、終結したのだ。
「先ほど、合衆国から正式に休戦の申し入れがあった。細かいことはこれからだが、戦争は終わったよ」
「おめでとうございます、首相」
「うむ、これも君たちのおかげだ。まさかこのような形で、戦争が終わるとはな。しかも事実上、我が国の勝利と言っていいだろう」
「ええ、そうですね。だからといって、浮かれるわけにはいきませんが」
「ああ、それなりに譲歩せねば、まとまる話もまとまらないからな」
そう言って首相が苦笑すると、川島が釘を刺す。
「とはいえ、まだ大陸ではソ連と戦争中です。もっとも、今回の講和で、ドイツが参戦してくると思いますが」
「ああ、前から打診は受けていたが、いよいよ本格的に侵攻が始まりそうだな。もちろん、その話に乗るつもりはないがね」
ドイツからは内密に、ソ連を東西から攻めようとの打診が来ていた。
今後、アメリカと正式に講和できれば、その話はより現実味を帯びる。
しかし日本は、そんな話に乗るつもりはない。
元々、極東同盟は防衛のみの同盟関係なのであって、侵略を前提としていないからだ。
おそらく正統ロシアの一部が、領土の拡張を目論むだろうが、日本がそれに協力する義理はない。
たとえドイツと組んでも、強大なソ連と戦うのは非常に困難なのだから。
それにドイツとの戦闘になれば、ソ連は多少不利な条件も呑むだろうから、俺たちが無理をする必要はないのだ。
その後はゆっくりと時間を掛けて、国力の増強に努めればいい。
「いずれにしろ帝国軍は、本当によくやってくれた。今後もよろしく頼むぞ」
「「はっ、了解であります」」




