幕間: 大統領の足元は火事ボウボウ
昭和15年(1940年)6月 ホワイトハウス
【フランクリン・デラノ・ルーズベルト】
まんまと日本を戦争に引きずりこんだはいいものの、我がステイツの軍にはいいところがない。
速攻でグアムは盗られるし、フィリピンも籠城の末に降伏。
最新戦艦を含む太平洋艦隊も、全ての空母を沈められて逃げ帰ってきた。
飛行艇による爆撃も上手くいかないし、ウェークやミッドウェーも盗られた。
そしてとうとう敵艦隊がハワイに押し寄せてきたので、我々は万全の態勢で迎え撃ったのだ。
とにかく多くの航空機をハワイに集め、敵の航空戦力を削ろうと試みた。
こちらも多くの犠牲を出しながら、その目論見は成功したように見えた。
それどころか帰還する敵機を追って、ジャップの空母を撃沈すらしてのけたのだ。
しかしジャップの狡猾さは、想像以上だった。
敵の空母のほとんどを沈めたと思っていたら、それ以上の空母が隠れていたのだ。
おかげで敵の撃滅に乗り出した戦艦部隊は、逆にジャップの罠に掛かって、その多くが未帰還となってしまう。
我が国の太平洋艦隊は、まさに壊滅したのだ。
しかし本当の悪夢は、そこからだった。
ジャップどもはハワイ近海に潜水艦を繰り出し、海上輸送路を遮断してきた。
おかげでハワイはほぼ完全に補給を絶たれ、復旧の目処が立たない状況だ。
それだけではない。
ジャップの潜水艦は西海岸にも出没し、機雷をばら撒いたり、商船を攻撃したりと、やりたい放題だ。
なんと残虐で、卑怯な振る舞いか。
(注:最初に因縁をつけ、無制限潜水艦作戦を仕掛けたのは、アメリカ側である)
その間もジャップは、しきりに停戦交渉を持ちかけてきた。
しかし我が偉大なるステイツが、東洋のサルどもにやられっぱなしで、講和を結ぶわけにはいかない。
なんとしても艦隊を再建して、奴らを叩きのめしてやるのだ。
しかしそのためには、大西洋側で妥協が必要だった。
本当は私の提案を蹴ったイギリスも、戦争に引きずり込んでやろうと思っていたのだ。
それがこうも太平洋で負け続けていては、さすがに戦えはしない。
そこで物資援助と引き換えに、イギリスにはフランスの援軍に出てもらうことにした。
これでフランスもひと息つけるだろうから、欧州情勢も安心だ。
そう思っていたのだが、西海岸でまた問題が発生していた。
「また山火事だと?! ジョージ、我が国はいつになったら、”チェリー・ボム”を防げるようになるんだ?!」
「は、陸軍は鋭意、対策に取り組んでおります」
「だからその効果は、いつになったら見えるんだと聞いている!」
何度も聞いてきた言葉にいらだち、目の前のジョージ・マーシャル陸軍参謀総長をどなりつける。
この場には他にも、ハロルド・スターク海軍作戦部長とヘンリー・アーノルド陸軍航空司令もいるが、気まずそうに目をそらしていた。
どうやら彼らからも、朗報を聞くことはできないらしい。
こんなにも私が怒っているのは、日本軍が西海岸へ撃ちこんでくる飛行爆弾、通称”チェリー・ボム”のせいだ。
日本ではこの兵器を、”チェリー・ブラッサム(桜花)”と呼んでいることから、我々も”チェリー・ボム”もしくは”チェリー”と呼ぶようになった。
この爆弾が実にやっかいなもので、西海岸のあちこちで火事を引き起こしているのだ。
ジャップはこの爆弾に焼夷剤を詰めているらしく、かなり盛大に燃えてくれる。
”チェリー”が都市部で炸裂していないのが、せめてもの救いだ。
とはいえ、山火事とて大きな問題だ。
広大な面積の森林や農地が消失しているし、延焼で家屋を失う市民も続出しているのだ。
おかげで消防員だけでなく、州兵まで駆り出して、鎮火に当たらねばならん。
おのれ、ジャップめ、嫌な手を打つ。
「ハロルド。チェリー・ボムを発射している潜水艦を、どうにかするんだ。ヘンリーの方も、協力を惜しむんじゃない。この未曾有の危機に対処するには、みんなが協力するしかない。分かったな!」
「「「はっ」」」
本当に彼らは、分かってくれているのだろうか?
いずれにしろ今は、議会への言い訳を考えねばならん。
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昭和15年(1940年)8月 ホワイトハウス
「大統領、大変です。パナマ運河が破壊されました!」
「はぁ? 君は何を言っているのかね。パナマを襲撃するほどの艦隊は、動いていないと聞いたばかりだぞ」
「はい、ジャップの主力艦隊が動いていないのは間違いありません。しかし現実に、パナマに日本の攻撃機が飛来して、爆弾を落としていったと言うのです。おかげで太平洋側の閘門が破壊され、運河は航行不能になりました」
「なんだとっ! 一大事ではないか!」
「はい、そのとおりです」
馬鹿な!
こんな時のために、パナマ周辺には厳重な警戒網を敷き、艦艇や航空機を集めていたのだ。
仮に日本軍が襲来するとしても、相当な大艦隊が必要になるはずだった。
それをこうもあっさり、かわされるとは。
「一体、何が起こったんだ?」
「は、状況から推察するに、潜水艦から攻撃機を発進させたと思われます。それもかなり高速な機体を」
「はあ? そんなことは我が軍でも不可能だと、言っていなかったか?」
「はい、我が軍では現実的でありません。しかしジャップは、潜水艦からチェリーを発射できるのです。それが航空機になっても、さほど不思議ではないでしょう」
「馬鹿な、一体、どれだけの大きさになるんだ……」
信じられん。
チェリーは空を飛ぶとはいえ、しょせん大した大きさではない。
それを有人で、しかも閘門を破壊できるほどの爆弾付きで?
あり得ないだろう?
「そ、その攻撃機は撃墜できたのか?」
「いえ、残念ながら逃げられたそうです。ほとんど戦闘機と変わらないスピードで、飛び去ってしまったとか」
「どこへ逃げたんだ?」
「パナマ沖に消えました。残念ながらそれ以上の行方は……」
「撃墜したことにしろ」
「は?」
間の抜けた声を出す補佐官に、私は怒鳴った。
「まんまと逃げられたなどと、言えるわけがないだろうがっ! 撃墜したことにするんだ。海に沈んだのだから、証拠は必要ない」
「は、はい、分かりました。そのように指示します」
「うむ、頼んだぞ。ところでパナマ運河の被害は、どの程度だ?」
「まだ調査中ですが、2つの閘門が破壊されているので、その復旧には半年以上は掛かるでしょう」
「調査を急げ! 復旧の手配も並行してやるんだ!」
「はっ」
くそっ、これでまた議会に吊るし上げられる。
せっかく艦艇の建造を急がせて、復讐戦の可能性が見えてきたというのに。
運河が使えなければ、太平洋に回せないではないか。
これはまた何か、手を考えねばならんな。




