46.パナマ運河攻撃作戦
昭和15年(1940年)7月中旬 東京 ”国策検”
「アメリカはまだ、交渉の席につこうとはしませんか?」
「うむ、複数の窓口から呼びかけているのだが、我が国を非難するばかりでな。話にならん」
「面目ない」
俺の問いに、首相と外相が申し訳なさそうに答える。
廣田首相が言っているように、日本はあらゆる伝手を使って、アメリカに交渉を持ちかけていた。
しかし開戦以来、負けっぱなしのアメリカは、むしろ意地になって抗戦を叫んでいる。
西海岸の通商破壊と山林への放火は、少なくないダメージを与えているはずだが、アメリカはまだ意気軒昂だった。
「そうなると、我々も新たな行動に移らねばなりませんね」
「うむ、そのことだが、陸軍の方で謀略を仕掛けられないかね?」
廣田首相の提案に、川島は難しい顔をする。
「謀略、ですか。たしかに我が軍の謀略課は、アメリカ国内に資産(諜報組織)を抱えています。しかしあちらのスパイ狩りも激しく、下手に動くと組織ごと潰されかねません。今はまだ、動くべきではないかと」
「むう、そうか……」
陸軍の謀略課は、戦前からアメリカ国内にスパイを送りこみ、その支援組織も作っていた。
現状でも敵の情報を集めたり、軽い噂を流すぐらいはやっているが、あまり派手な動きはできない。
なぜならルーズベルトの厳命で、OWI(戦争情報局)という組織が、やっきになってスパイ狩りをしているからだ。
少しでも怪しい言動を見せた者は、容赦なく逮捕され、厳しい取り調べに遭っているらしい。
おかげで表向きは社会の不満は抑えられているが、アメリカ市民の怒りが高まっているのも、想像に難くない。
残念そうな顔をする首相に、俺は提案を持ちかける。
「首相。小官は以前お話しした、パナマ運河攻撃作戦を進言いたします」
「パナマ運河、か。危険ではないのかね? それに破壊できても、1年足らずで修復されるのだろう?」
「その重要性を鑑みれば、十分に危険を冒す価値はあります。それに西海岸でやっているように、飛行爆弾を撃ちこむことで、復旧を遅らせられるという研究もあります」
「なるほど……しかしアメリカを交渉に引き出すほどの、効果が得られるかな?」
「西海岸と東海岸の海運を妨げるだけでなく、軍艦の移動も邪魔できます。アメリカの海軍工廠の多くは、東海岸に存在していますからね。たとえ艦艇を造っても、太平洋へ送るのが困難にできます」
「ふむ、具体的にはどうやるのだね?」
首相の気持ちが動いたようなので、すかさず作戦案を配布する。
「ご覧のように、伊500型潜水艦を5隻、投入します。伊500型は2機の攻撃機”晴嵐”を搭載し、洋上から発進が可能です。この攻撃機10機をもって、パナマ運河の閘門を破壊します」
「なんと……噂には聞いていたが、実用化されていたのだな。まさに水中空母というやつか」
「ええ、そのとおりです」
それは史実なら、伊400型潜水艦がやるはずだった作戦である。
それをより高性能な伊500型と攻撃機で、実現するのだ。
「攻撃機の乗員は、どうなるのだ?」
「洋上で伊500型と合流して、回収します。晴嵐は余裕があれば回収しますが、おそらく廃棄になるでしょう」
「む、高価な機体なのだろう?」
「もちろん高価ですが、乗員たちの命には替えられません。どの道、そう何回もできることではありませんし」
「なるほど。たしかにこれが上手くいけば、アメリカを追い詰められそうだ。一度、外務省の方で影響を検討して、問題なければ実施を許可しよう」
「は、よろしくお願いします」
こうして首相に託されたパナマ運河攻撃作戦は、外務省のチェックを受けて了承された。
もちろん天皇陛下にも説明が為されており、日本は新たな作戦を実施することになる。
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昭和15年(1940年)8月初旬 東京 大本営
パナマ運河攻撃作戦にGOサインが出ると、すぐにミッドウェー島の基地から、5隻の伊500型潜水艦が出港した。
それは第10潜水艦隊と呼ばれ、途中までは潜水母艦も同行する。
やがて母艦とも別れ、艦隊は一路、パナマへと向かった。
しかしミッドウェーからパナマまで、1万km以上もあるのだ。
順調に水上を航行できても、半月は掛かる。
そのうえしばしば、敵の哨戒機を避けて潜行しなければならなかった。
幸いにも高性能な逆探や電探を駆使して、艦隊は航海を続ける。
そして第10潜水艦隊は8月初旬、パナマ沖にたどり着いたのだ。
やがて大本営に詰めていた俺たちに、朗報がもたらされる。
「第10潜水艦隊が、パナマ運河の破壊に成功しました」
「よし! 良くやった」
「やったな、大島大将」
「ああ、これも命懸けで作戦を実行してくれた、将兵たちのおかげだ」
見事、潜水艦隊が、パナマ運河の破壊に成功したというのだ。
それを成し遂げた伊500型潜水艦とは、このような艦だ。
【伊500型潜水艦】
全長・全幅:112x10m
基準排水量:水上3000トン、水中5000トン
出力 :水上6千馬力、水中7千馬力
最大速力 :水上15ノット、水中16ノット
機関 :三菱重工製ディーゼル2基、2軸
主要兵装 :53センチ魚雷発射管x4門、魚雷数12本
水密格納筒に晴嵐2機を搭載
それは伊400型を、ひと回り大きくしたような潜水艦だ。
史実の400型(水中6560トン)よりも小さいが、”晴嵐”を2機のみ搭載として、小型化を図った結果である。
そして爆撃に成功した晴嵐とは、このような機体である。
【零式 水上攻撃機 晴嵐】(フロート無し)
長さx幅:10.6x12.3m
自重 :3.2トン
エンジン:川崎 マーリン 水冷V12気筒(27L)
出力 :1500馬力
最大速度:毎時560キロ
航続距離:1000km
武装 :12.7ミリ機銃x2
800kg魚雷もしくは800kg爆弾x1
乗員 :2名
本来はフロートを備える水上攻撃機だが、今回はフロートを外している。
その方が80キロ以上も優速だし、帰還時には海面に不時着して、乗員を回収すればいい。
機体内には浮袋が備えられていて、すぐには沈まない仕組みになっている。
万一、余裕があれば機体も回収するが、今回のような作戦では一刻を争う。
そのため最初から、廃棄を前提にして作戦を立てていた。
そして第10潜水艦隊は、見事にその役目を果たしたのだ。
まず潜水艦隊は、パナマ運河から100kmの位置まで接近し、浮上した。
そこから10機の晴嵐が飛び立ち、パナマ運河のミラ・フローレス閘門とペドロ・ミゲル閘門を破壊したのだ。
もちろん、晴嵐はすぐに発見され、それなりの出迎えは受けた。
しかしさすがに潜水空母という発想はアメリカになかったのか、突如、出現した晴嵐隊を前に、後手に回ったようだ。
おかげで晴嵐隊は全機が生き残り、予定会合地点へと向かった。
そしてシュノーケルで潜水航行していた母艦を見つけだし、無事に合流したという寸法だ。
母艦からは晴嵐を誘導する特殊な電波が出されており、合流もスムーズだったはずだ。
こうして第10潜水艦隊は、大きな犠牲を出すこともなく、パナマ運河の破壊に成功したのだ。




