45.西海岸に上がる火の手
昭和15年(1940年)6月下旬 東京 ”国策検”
”国策検”で西海岸攻撃作戦が認可されると、海軍はすぐに動きだした。
ちなみに爆撃をする前に、ちょっとした撹乱工作を実施した。
それは西海岸にいる工作員が、ロサンゼルスやサンフランシスコなどで、多数のビラをばら撒くことだ。
そのビラには、英語で次のようなことが書かれていた。
”フィリピンにおける帝国軍艦艇の撃沈は、アメリカの謀略である。
大日本帝国は攻撃を仕掛けていないにもかかわらず、艦艇をアメリカ軍に撃沈された。
我が国はこのような暴挙に対し、断固抗議するものである。
その一環として我が軍はアメリカ太平洋艦隊を打ち破り、そしてハワイの軍事施設を灰燼に帰した。
しかしアメリカ政府はなお、停戦の呼びかけに応えようとしない。
このままでは我が軍は、無辜の市民にまで攻撃を加えねばならないだろう。
良識あるアメリカ市民よ、政府が停戦に応じるよう、圧力を掛けてほしい。”
それは大きな衝撃を、アメリカ市民に与えたようだ。
ビラは人通りの多い繁華街の高所からばらまかれたため、多くの市民の目に触れた。
ただでさえ、西海岸の主要港には機雷が撒かれ、日本潜水艦によって輸送船が攻撃されているのだ。
陸上への攻撃がないなどとは、決して言えない。
そう考えた市民たちにより、たちまちのうちにデモが続発した。
怒りをぶちまける者、市民の保護を願う者、そして大統領の弾劾を願う者などが、市庁舎や州庁舎を取り巻いて、声を上げたのだ。
これに対し、州や市レベルでは困惑し、まともなアクションが取れなかった。
そこで政府はまず警察を動員して、デモを解散させようと図る。
しかしそれに反発したデモ参加者との間に、衝突が発生。
とうとう暴動に発展してしまう。
事ここに至って、アメリカ政府は緊急事態を宣言。
ただちに軍を出動させて、暴動を鎮圧したのだが、市民の不満は爆発寸前にまで、高まっていた。
そんな話を、川島が首相に報告する。
「う~む、思った以上に、ビラの効果は大きかったようだな」
「はい、想像以上です」
「それで潜水艦隊の方は、どうなっているね?」
その問いに、今度は俺が答える。
「はっ、現在は第3、第4潜水艦隊で合計20隻の伊400型を投入し、西海岸の山林や農地を攻撃しております」
「うむ、まずは警告ということだな。影響はどうか?」
「たとえ無人地帯といえど、山火事になります。それなりの被害を与えていることは、確認済みです」
「まあ、そうだろうな……」
前世では完全に無差別攻撃になっていたが、今世では少し見直していた。
桜花を発射する際に、無人の山林や農地を狙っているのだ。
しかも弾頭には爆薬でなく、焼夷効果の高い油類を充填している。
これにより派手な山火事が起きているはずで、アメリカ国民への威嚇効果は、それなりにあると見ていた。
なぜ無差別攻撃をやめたかというと、前世で戦後、人道上の批判が高まったからだ。
特にアメリカは、自分たちから戦争を仕掛けておいて、声高に日本を批判しやがった。
自分たちがやれる状況ならば、平気で無差別爆撃をするくせに、まったくふてぶてしい奴らである。
そんな記憶が残っていたところに、首相や陛下も無差別爆撃を望まなかったために、あえて無人地帯を狙ったわけだ。
まあ、山火事を起こしてる時点で十分に悪辣なのだが、直接人を狙うかどうかで、国際的な見方も変わるだろうとの意図もある。
かくして伊400型潜水艦は、西海岸でせっせと火付けをしているわけだ。
「今後の作戦は、どうなりそうかね?」
「それはアメリカの出方しだいかと。交渉は、はかばかしくないのですよね?」
「うむ、イギリスを始め、各種ルートで呼びかけているのだがな……」
「最強国家のアメリカが、東洋のサルどもに膝を屈するわけには、いきませんか」
「おそらく、そのような認識だろうな」
「まったくやっかいな……」
現状、まだまだアメリカが、交渉に応じる気配はないらしい。
負けっぱなしでいい所がないせいで、意固地になっていると思われた。
「そうなると、本格的に都市部を爆撃するか、パナマ運河を攻撃するしかありませんね」
「うむ、しかし都市部の爆撃は、なるべくやりたくない。遺恨を引きずりそうだし、何より陛下も望んでおらん」
「ならばパナマ運河ですが、それはそれで非常に困難が予想されます」
「うむ、ずいぶんと守りを固めているようだからな……」
パナマ運河。
それは中米にある、大西洋と太平洋をつなぐ大運河である。
1914年に開通したそれは、この時代で年2千万トン以上の貨物が行き交っている。
それにアメリカの主要な造船所は東海岸に集中しているため、運河がマヒすれば太平洋への戦力移送に、大きな障害となる。
日本にとって重要な攻撃目標だが、それだけに敵の守りも固く、その危険性は高い。
特にハワイが壊滅してからは、狂ったように航空戦力を集めているらしかった。
「伊500型潜水艦によって、航空攻撃は不可能ではありません。しかしそれが通用するのも、1回かぎりかと」
「仮に成功したとして、どれぐらい運河輸送を止められる?」
「破壊状況によりますが、半年から1年ぐらいでしょうか」
「半年で復旧できるのか? でたらめな工業力だな」
「そういう国ですから。そのために危険を冒すよりは、潜水艦による通商破壊の方が、いいかもしれません。引き続き、作戦については検討を進めます」
「うむ、そうしてくれ」
圧倒的に有利な状況でありながら、参加者の顔はあまり明るくない。
前世ではルーズベルト大統領の急死によって、日米の講和は成った。
しかし今世でもそんな幸運に期待するのは、間違っているだろう。
さらなる戦いに向けて、俺たちは改めて気を引き締めるのだった。




