44.イギリスの参戦
昭和15年(1940年)5月 東京 ”国策検”
「ハワイの破壊には、成功したか」
「はい、その代わりに空母3隻と、多くの乗員を失いましたが」
「うむ。しかし相手はあのアメリカなのだ。多少の犠牲は、避けられんだろう」
アメリカ太平洋艦隊を撃滅した連合艦隊は、そのままハワイを蹂躙した。
残る97艦戦と流星すべてが爆装し、ハワイの軍事施設に爆弾の雨を降らせたのだ。
港湾ドックや重油タンク、飛行場などの目標が、軒並み破壊されていった。
当然、行動可能な艦艇も攻撃に加わり、砲弾をお見舞いした。
これによってハワイの軍事施設の大半は、完膚なきまでに叩きのめされ、ハワイはその基地能力を失ったのだ。
空母3隻といくらかの将兵が犠牲になったが、これで当初の目的は達せられた。
しかし首相を始めとする出席者の顔は暗い。
「これからアメリカに停戦交渉を呼びかけるが、おそらく話には乗ってこないだろうな」
「ええ、それぐらいだったら、戦争を起こすはずもありません」
「そうだな。自分から仕掛けておいて、この程度で引き下がるはずがない。はたしてどこまでやればいいのか?」
ため息をつく廣田首相に、俺は今後の予定を説明する。
「我が海軍は、これからハワイ近海、ならびに西海岸へ潜水艦部隊を送りこみます。そうして通商破壊をしながら、場合によっては西海岸の爆撃も行います」
「例の飛行爆弾か。罪のない一般人を巻きこむのは、気が進まんのだがね」
「もちろん事前勧告は行いますし、目標も選びます。しかし戦争を仕掛けてきたのは向こうですし、話を聞かないなら遠慮する必要はないかと」
「しかし国際的な体面というものも、あるからね」
「その辺は、外交努力をお願いします。陸軍も動いてくれますしね」
そう言って川島を見ると、彼が自信満々で応じる。
「お任せください。各国に配置した資産から、工作を行います」
「フッ、さすがだな。それでは我々も、せいぜい表の顔を繕うとしよう。なあ、外務大臣」
「もちろんです」
こうしてハワイ破壊作戦は成功裏に終わったのだが、遠く欧州でも新たな動きが生じていた。
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昭和15年(1940年)6月中旬 東京 ”国策検”
宣戦布告はしたものの、奇妙なにらみ合いを続けていたフランスに、5月初旬、とうとうドイツが牙をむいた。
ドイツ軍はオランダ、ベルギー、ルクセンブルクに侵攻し、さらにマジノ線の隙を突いて、フランスまでなだれ込んだ。
後手に回ったフランス軍は後退を続けたが、史実よりも踏みこたえてみせる。
これはイギリスを巻きこめなかったアメリカが、なりふり構わぬ武器・物資援助を行ったのが大きい。
この後押しによって、フランス軍は組織的な後退に成功し、抵抗を続けた。
その過程でパリは陥落してしまうのだが、レノー内閣はボルドーに移って抗戦を叫ぶ。
そしてここで、アメリカが意外な手を打った。
「まさかアメリカが、イギリスに泣きつくとはな」
「ハワイ沖で多数の艦艇と乗員を失ったんです。さすがに欧州に手を出す余裕がなくなったんでしょう」
なんとアメリカが、多大な援助を条件に、イギリスの参戦を引き出したのだ。
元々、イギリスもドイツの暴挙には憤っていたのだろう。
しかし第1次大戦の泥沼の記憶と、アメリカへの警戒感から参戦を思いとどまっていた。
そんなイギリスをルーズベルトは、相当うとましく思っていたことだろう。
おそらく前世のように、難癖をつけて戦争に巻きこむつもりだったろうが、その前に太平洋の戦況が悪化した。
いかなアメリカといえど、太平洋でボロ負けしている状況で、欧州大戦に手を出す余裕などない。
そこでルーズベルトは、イギリスを味方にすることに、方針転換したらしい。
兵器や物資を援助する代わりに、イギリスがフランス戦線に加わるよう、要請したのだ。
本来ならレンドリースで、後から料金を回収するところを、無償もしくは破格の安値で提供すると言って。
さすがに多数の国々が蹂躙されている状況で、イギリスだけ知らん顔もできない。
結局、アメリカの要請をいれて、イギリスはドイツに宣戦布告することになった。
すでに部分動員が始まっていたイギリスの加勢により、フランスはその領土の北東部の大半を失いながら、態勢を立て直す。
一方、ドイツは傀儡政権をパリに立ち上げて、見せかけの講和を演出していた。
しかしフランス国民がこれに反発し、北東部でレジスタンス運動が激化し、ドイツの進撃にブレーキが掛かった形だ。
そしてイギリスは、日本にとって重要な決断もしていた。
「イギリスが我が国に対しては、中立を保つと言ってくれたのには助かるな」
「まったくです。念のため打診しておいて、正解でした。まあ、これも前の欧州大戦で味方したがゆえの、成果ですがね」
「うむ、そうだな」
イギリスは参戦するに当たって、日本に対しては中立を保つと宣言してくれた。
あくまで欧州の戦乱を鎮めるための参戦であり、アメリカのための参戦ではないということだ。
当然、アメリカは難色を示したものの、最終的には受け入れている。
なにしろアメリカには、これ以上、欧州大戦に関わる余裕がない。
物資は援助するが、兵力は出さないことで、アメリカ国民も納得させていた。
実は義勇兵と称して、一部の部隊がフランスに渡っているのだが、それはあくまで自主的に参加したことになっている。
そしてハワイを破壊した後、日本は潜水艦の大部隊を投入し、ハワイや西海岸の通商破壊に努めていた。
おかげでハワイは孤立し、西海岸の通商路も寸断されており、アメリカは大きな損害を被っている。
しかしかの国は、停戦の呼びかけに一切応じず、”日本、討つべし”と世論をあおっている状況だ。
ちょっとやそっとで交渉に応じるとは、とても思えない。
それを受けて俺は、”国策検”である作戦の許可を求めた。
「すでに提案しているように、我が軍は西海岸への攻撃に移りたいと考えます。ご許可いただけますでしょうか?」
「……もうやるしか、ないのだろうな。外務大臣は、異論ないか?」
「はっ、陸軍謀略課と連携し、国際世論への対処は検討済みです」
「そうか……陛下もそれで、よろしいでしょうか?」
「うむ」
首相の問いかけに、陛下が鷹揚にうなずいた。
今回のような重要案件がある時は、事前に連絡して陛下の臨席をたまわり、意思決定のスピードを高めているのだ。
「よろしい。西海岸攻撃作戦の実行を、許可する」
「はっ、了解いたしました」
こうして日米の戦いは、また新たなステージへ向かいつつあった。




