幕間: 戦艦大和、ハワイ沖に咆吼す
私の名は宮里 秀徳。
最近、戦艦大和の艦長となった、海軍大佐である。
大和については艤装委員長もやったから、すみずみまで知っている。
この戦艦は日本が実に20年ぶりに新造した、最強の艦なのだ。
しかし大和型のコンセプトは、それまでの戦艦とは一線を画する。
なんと敵戦艦との砲撃戦を、最大の目的としていないのだ。
もちろん大和は、その主砲にふさわしい鋼鉄の鎧を、身にまとってはいる。
しかしその主目的は、空母に随伴し、敵攻撃機を振り払う護衛だというのだ。
その話を平賀大将から聞かされた時は、唖然としたものである。
ならばその主砲は、何のためにあるかと訊けば、主に敵拠点の攻撃になるだろうと言われた。
そんな馬鹿な。
いくら航空機の発展が目覚ましいとはいえ、戦艦が撃沈されるとは思えない。
戦艦を撃退するのは、やはり戦艦の主砲だと思うのだが。
しかし艤装委員長として、軍令部の戦術を学んでいくと、やがてその考えも変わった。
航空機の発展は想像以上であり、数十もの攻撃機に囲まれた場合、その破壊力は凄まじいものとなるのだ。
しかもせいぜい40kmの射程しかない戦艦に対し、航空機の行動範囲は千km以上にも及ぶ。
これでは戦艦同士で殴り合う前に、甚大な被害を受けるのも道理であろう。
平賀大将は言う。
”大和の主砲こそは、騎馬武者や城を討つ槍。そして高角砲と機銃は、無数の雑兵を打ち払う刀なのだ”、と。
う~む、槍と刀か。
そして大和の最大の使命は、弓兵たる空母を守る、皇国の盾なのだ。
これはこれで、やりがいがありそうだな。
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就役して完熟訓練を終えた大和に、とうとう出番が回ってきた。
空母と共にハワイ近海へ進出し、敵基地を破壊するのだ。
場合によっては、敵の戦艦部隊との決戦も、あり得るかもしれん。
しかも我が艦には、三川司令長官が座乗されるのだ。
うむ、腕が鳴るな。
「鳳翔から連絡。”ワレ、コウゲキタイヲ、ハッカンス”」
「うむ、いよいよだな。警戒を厳にしつつ、敵の来襲に備えよと、各艦に伝達せよ」
「はっ、了解です」
いよいよ空母から、攻撃隊が発進すると聞いて、三川長官から命令が飛ぶ。
そしてハワイの攻撃後には、おそらく敵の攻撃機が飛来するだろう。
ここはすでにハワイに近く、敵の攻撃力も侮れん。
その時こそ、この大和は盾となって、空母たちを守り抜くのだ。
大和の乗員たちよ。
皇国の興廃が、この戦に懸かっているのだ。
全力を尽くしてくれよ。
やがて攻撃成功の連絡が入り、攻撃隊が帰還してきた。
傷ついた機体は他の艦隊に避難させ、まだ戦える機体を優先的に着艦させている。
同時に直掩機が次々と空に上がり、迎撃態勢を整えていた。
さて、我らもここが正念場だな。
「電探に感あり! 敵攻撃隊と思われます」
「うむ、全艦、迎撃準備。艦長も頼むぞ」
「はっ、全力を尽くします」
とうとう来おったか。
盛大に歓迎してやるぞ。
なにしろこの大和には、高性能な電探と、そのデータに基づく射撃装置があるのだ。
それによって12.7センチ高角砲が、敵の予測位置を指向し、砲弾を発射する。
しかも砲弾には近接信管が組み込まれているので、敵機を感知した時点で爆発する。
その命中率は破格のもので、マリアナ沖でも猛威を振るったという。
たとえ撃ち漏らしたとしても、多数の25ミリ機銃がそれを補うという寸法だ。
覚悟しろよ、アメリカ兵ども。
「敵機、迫ります!」
「各個に全力射撃。空母を守るのだ!」
とうとう敵機が、味方の迎撃をすり抜けて、迫ってきた。
射程内に入った高角砲が、次々に火を噴いている。
12.7センチとはいえ、なんとも凄まじい光景だな。
しかもその攻撃は、しっかりと敵機を捉えている。
どうやら近接信管は、有効に機能しておるようだな。
なんとも凄い技術ではないか。
その後も我が艦は、獅子奮迅の働きをした。
しかし敵の数は想像以上に多く、しかも五月雨式に飛来するため、取りこぼしが出るようになった。
そして恐るべきは、ヤンキーどもの敢闘精神よ。
日本人にはとうてい及ばぬものと思っていたが、決して引けを取らぬ。
連中もハワイ基地の命運が懸かっているので、必死なのであろうな。
おかげで我らは、空母を守りきることが叶わなかった。
1隻、また1隻と、敵の攻撃を受けた空母が、煙を上げていく。
くっ、すまん。
我らがふがいないばかりに。
しかし悲嘆に暮れている暇はなかった。
なんとハワイに引きこもっていたアメリカ戦艦部隊が、討って出たというではないか。
そして我ら戦艦と水雷部隊がそれを迎え撃つと、三川長官から命令が下ったのだ。
我らは生き残った鳳翔に護衛を付けて避難させると、勇んで南下した。
その間に第2艦隊と第3艦隊からも艦艇が合流し、大規模な打撃部隊に膨れ上がっていく。
そして翌日になると、とうとう敵艦隊を電探に捉えたのだ。
しかもそれに先だって、航空機による攻撃も加えられており、敵は混乱しているようだ。
「敵、間もなく射程に入ります」
「距離3万に入り次第、主砲を発射する」
「はっ、了解であります」
やがて敵が有効射程に入ると、我が艦隊の主砲が吼えはじめる。
まずは先頭に立っている我が艦と、武蔵の41センチ砲が、火を噴いた。
さらに後続の金剛型、長門型戦艦も、主砲を発射する。
戦艦の主砲は50口径41センチ砲で統一されており、さらに電探で射撃を補助している。
目標との距離を測るだけでなく、目標と水柱のズレを把握することで、迅速に照準補正ができるのだ。
うむ、そろそろ命中弾が出はじめたな。
もちろん、敵艦隊からも砲弾が飛んでくるが、一向に当たる気配がない。
砲弾は14インチ、16インチ、18インチとバラバラだし、航空攻撃で被害を受けたのか、照準も甘い。
この勝負、勝ったな。
三川長官も、ご満悦のようだ。
「よしよし、どんどん撃てよう」
「もちろんです。この日のために、腕を磨いてきたのですからな」
「うむ、そうだな……しかしこのような海戦は、もうほとんど起こらんのだろうな」
「ええ、そうですね。すでに戦艦同士が、全力で殴り合う時代ではないようです」
「少し寂しくはあるが、これも時代か。しかし最後まで、気を抜くでないぞ」
「もちろんです。改めて艦内に、発破をかけましょう」
「うむ、頼むぞ」
そんなことを話すうちも次々と響く主砲音は、まるで戦艦を送る鎮魂歌のようだった。




