幕間: 大統領の悪あがき
昭和15年(1940年)1月下旬 ホワイトハウス
【フランクリン・デラノ・ルーズベルト】
「なんだとっ! 空母が全滅した?! そんな馬鹿な話があるかっ!」
「いえ、残念ながら、事実のようなのです」
日本に最後通牒を突きつけ、万全の態勢で送り出したはずの太平洋艦隊が、負けたという。
しかも現存する空母を、全て失ったと言うのだ。
おかしいな、今日はエイプリルフールではなかったはずだが。
私は目の前にいる海軍作戦部長、ハロルド・スタークを問い詰める。
「それはどういうことだ、ハロルド? 多少の被害はあるかもしれないが、敗北はあり得ないと、君は言っていたではないか!」
「は……そのはずだったのですが……」
その情けない返事に、私は大声を上げてしまう。
「一体、海軍は何をしているんだ?! 海の向こうの黄色いサルどもが、我が艦隊を退けただと? しかも空母が全滅したなどと、そんなこと、信じられるはずがないではないか! 君たちは私を、からかっているのか?!」
「いえ、決してそんなことはありません」
「では、なんだと言うんだ?!」
するとハロルドの横にいる海軍長官のウィリアム・フランクリン・ノックスが、とりなすように言う。
「落ち着いてください、大統領。我々も予想外のことで、とても戸惑っているのです。現実問題として、マリアナに向かったキンメルから、空母全滅の報告がありました。そして残存艦隊は現在、ハワイに向けて撤退中です」
「くっ……何隻が撤退できたのだ?」
「は、戦艦12隻に巡洋艦8隻、駆逐艦10隻です」
「馬鹿な。それでは戦艦以外の大半を、失ったことになるではないか!」
「残念ながら、そのとおりです」
ノックスが青ざめた顔で肯定する。
しかしそれが意味することは……
「それが本当なら、数万人もの将兵が失われたことになるぞ?」
「ええ、戦場に残された将兵には、降伏を勧めたそうですので、いくらかは生きていると思いますが」
「ほとんど慰めになっておらんではないかっ! 大至急、日本に問い合わせろ」
「すでに取り掛かっております」
「急がせるんだ!」
まずい、まずい、まずい。
戦勝でもって、大統領選への勢いをつけようと思っていたのが、これでは逆効果ではないか。
これは何か、対策を考えねばならんな。
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その後、キンメルがハワイに帰投して、事態はより明確になった。
しかし残念ながら、我がステイツの負けが確定しただけで、何ひとつ良い話はない。
太平洋艦隊は空母だけでなく、多数の艦艇を失って、その戦力を大きく減じられていた。
しかもその状態は、日本側から続々とリークされ、アメリカ中に広まりつつある。
当然、私の評判はさんざんだ。
軽率に日本にケンカを売っておきながら、大敗した無能とまで言われている。
「残った艦艇で、何かできることはないのか?」
「残念ながら、戦艦だけでは危険です。さすがに航空機だけで沈められるとは思いませんが、被害を受けた状態で決戦をすれば、さらなる大敗もあり得ます。日本にも18インチ砲戦艦がいるという情報もありますし……」
「くっ……空母はいつ揃うのだ?」
「は、もうじきワスプが戦力化できますが、それ以降だとホーネットが年内に完成するかどうか、という状況です」
「くそっ。エセックス級を大量建造するのではなかったのかね!」
「はい、大至急、準備に取り掛かっていますが、初号艦が就役するまでに、最低でも2年は掛かるでしょう。いずれ、もっと短縮できるとは思いますが……」
「それでは間に合わんではないかっ!」
「は、申し訳ありません」
くそっ、このままでは選挙に負けてしまうではないか。
何か、何かないのか?
日本にダメージを与え、成果を誇る手段は?
私はそれを探るため、陸軍航空司令のヘンリー・アーノルドを呼び出した。
「ヘンリー、なんとかして日本を爆撃できないか? できればトーキョーがいい」
「日本をですか? グアムどころか、ウェークやミッドウェーすら取られた状況では、どうしようもないと思いますが……」
「そんなことを言わずに、何か考えてくれ。たしか陸軍は、次世代の爆撃機も試作していただろう? 決定的な打撃でなくてもいいんだ」
「は、はぁ……たしかにXB24の試作は進んでいますが……」
「何マイル飛べるんだ、それは?」
「およそ2200マイル(3540キロ)です」
「その範囲内に、我がステイツの基地は無いのか?」
ヘンリーが考えこんでいると、参謀総長のジョージ・マーシャルが口を出す。
「まだ飛行場はありませんが、アリューシャン列島のアッツ島ならば、その範囲に入るかと」
「おい、それでは片道飛行になるじゃないか! 貴官は搭乗員に、死ねと言うのか?!」
ヘンリーが激昂するのを、私は抑える。
「まあ、落ち着きたまえ。海上へ逃げて、潜水艦で回収するとか、何か手はあるだろう」
「しかし、あまりにも非現実的です!」
「だからそれを、知恵を絞ってなんとかするんだ。できない話ばかり、聞きたくはないな」
「そ、それはそうですが……」
その後、ヘンリーをなんとかなだめすかして、日本爆撃案の作成を約束させる。
なんらかの提案は出てくるだろう。
たとえ日本にとっての実害は、少なくてもいいのだ。
その成果をもって、我々も全力を尽くしていると、アピールできればいいのだからな。
今に見ておれよ、ジャップ!




