幕間: 提督の絶望
私の名はハズバンド・キンメル。
ケンタッキー生まれの海軍軍人だ。
私はルーズベルト大統領が海軍次官だった頃、副官を務めたこともあり、彼とは親しくしてきた。
その縁もあってか、38年に太平洋艦隊の司令官に抜擢される。
そして大統領から、直々に任務を言い渡されたのだ。
「ハビー、君には日本海軍を叩きのめす、作戦を練ってもらいたいんだ」
「日本、ですか? たしかにそれなりの軍備を有する、小癪な連中ですが、明確に敵対する理由はないと思いますが」
「いいや、あいつらがアジアでのさばっているおかげで、我がステイツの利権は明確に侵害されている。いずれ叩き潰さないといけない存在なんだ」
「はあ、しかし大統領は、戦争を避けると言っていたのではありませんか?」
「もちろん私だって戦争など嫌だが、やらねばならん時もあるのだよ。何よりもステイツのためにね」
「……了解いたしました。ただちに作戦案の作成に取りかかります」
「うむ、逐次、報告してくれたまえ」
司令に就任早々、やっかいな仕事を任された。
しかし我が軍は、サウスダコタ級戦艦に加え、モンタナ級も建造中なのだ。
【サウスダコタ級戦艦】
全長・全幅:207 x 33m
基準排水量:39000トン
出力 :13万馬力
最大速力 :28ノット
機関 :蒸気タービンx4基、4軸
主要兵装 :45口径16インチ3連装砲x3基
38口径5インチ連装両用砲x8基
40ミリ4連装機関砲x7基
20ミリ機関砲x16門
12.7ミリ機銃x8丁
【モンタナ級戦艦】
全長・全幅:282 x 37m
基準排水量:66000トン
出力 :18万馬力
最大速力 :28ノット
機関 :蒸気タービンx4基、4軸
主要兵装 :45口径18インチ3連装砲x4基
38口径5インチ連装両用砲x10基
40ミリ4連装機関砲x8基
20ミリ機関砲x20門
サウスダコタ級は新世代の16インチ砲戦艦として、それにふさわしい防御と28ノットという俊足を誇る艦だ。
(それまでのアメリカ戦艦は21ノット程度が普通)
そしてモンタナ級に至っては、18インチ砲を12門搭載という、まさに世界最強の戦艦だ。
さすがにあまりに巨大なため、太平洋には2隻しかないが、日本相手には十分だろう。
(パナマ運河は幅33メートルまでしか通れないので、西海岸で建造した)
聞けば日本も、当面の18インチ砲戦艦は2隻だというので、これで十分なはずだ。
(日本が18インチ砲戦艦を造るという話は、意図的にリークされた欺瞞情報)
これに複数の正規空母と旧式戦艦を伴えば、我が艦隊に隙はないだろう。
堂々と日本近海まで押し出して、爆撃なり砲撃なりすれば、ジャップも震え上がるはずだ。
よし、まずはこんな感じで、提案してみよう。
「ふ~む……」
「お気に召しませんか?」
「いや、そうではないが、少々地味だと思ってね」
さっそく大統領に提案してみたが、どうにも食いつきが悪い。
そこでこのプランの凄さを、アピールしてみる。
「これで地味ですか? 新鋭戦艦6隻に、空母を3隻も投入するのですよ。東洋の小国に対してなら、これでも過剰だと思うのですが」
「いや、なんだかんだ言って日本は、ステイツとイギリスに次ぐ海軍国だ。あちらでも新型戦艦を造っているらしいから、万一ということもあり得る。もうひと押し欲しいな」
「もうひと押し、ですか。そうは言っても……」
「そうだ! 空母を全て注ぎこもう。たしか我が国には今、5隻の空母があるはずだな?」
「5隻すべてですか? しかし空母というものは、戦場で制空権を確保したら、弾着観測で砲撃を補佐するのが役割です。それほど大量に投入しても、あまり意味がないと思うのですが……」
「それだっ! そんな消極的な戦術でなく、もっと爆撃なり雷撃によって、敵艦隊を叩きのめすのだ。陸地の攻撃にも使えるしな」
「は、はぁ……」
言われてみれば、最近は航空機の性能も上がっているから、やれないことはない。
結局、大統領の提案を叩き台にして、我々は侵攻プランを練り直したのだ。
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その後、我が軍はマニラ沖で、日本海軍の艦艇を待ち伏せして撃沈した。
それを日本から攻撃を受けたことにして、すかさず国内の強硬論をあおる。
やがて準備を整えたステイツは、日本に最後通牒を突きつけたのだ。
それと並行して我が艦隊は、密かに真珠湾を出港し、マリアナ諸島に接近した。
そして最後通牒の期限と同時に、グアムからはテニアンを、フィリピンからは台湾を攻撃したのだ。
しかしどうやら、我が軍の爆撃機は撃退されてしまったらしい。
おのれジャップめ、小癪なことを。
「なんとしても敵艦隊を発見するのだ。日本は空母を伴う艦隊を、出動させているのだからな」
「はっ、現在、多数の偵察機を放っております。遠からず発見されるでしょう」
「うむ」
血まなこになって敵艦隊を捜索していると、やがて不審な情報が入った。
「逆探に反応があっただと? 日本はレーダーを実用化しているというのか?」
「は、その可能性は否定できません。最悪、我が艦隊は補足された恐れがあります」
「むう……ならば迎撃してやるまでだ。それよりも偵察機からの連絡はないのか?」
「は、いまだ朗報はありません」
不安を無理矢理おさえこんで待っていると、やがて朗報が入った。
「閣下、テニアン島の北方に、敵艦隊発見との報告です」
「うむ、直掩機を残して、全力で攻撃隊を発進させよ」
「はっ、了解しました」
史上空前の大規模攻撃隊を送り出すと、我々は敵の迎撃準備を整えた。
やがて恐れていたとおり、敵の大編隊らしき影が現れたのだ。
「北西から大編隊が接近中。日本軍と思われます」
「全艦に緊急警報。総員戦闘態勢だ」
そして現れたのは、本当に大編隊だった。
一体、ジャップは何隻の空母を持っているんだ?
いや、テニアンやサイパンからも飛んできているからか。
そう思っているうちに、戦闘機同士の闘いが始まったらしい。
こっちは新鋭のF4Fワイルドキャットだ。
ジャップごときに引けは取らないだろう。
そう思っていたのだが。
「おい、空母機動部隊の様子はどうなっている?」
「はっ、どうやら苦戦しているようです。敵戦闘機の性能は、予想以上の模様です」
「なんだと! こうしてはおれん。戦艦部隊を前に出すぞ。空母を守るのだ」
「はっ、各艦に通達します」
信じられん、ジャップの戦闘機に、ワイルドキャットが負けるなんて。
しかし現実に劣勢ならば、空母を守らねばならん。
私は後方に置いていた戦艦部隊を、前に出すよう指示をした。
しかしその後、艦橋は蜂の巣をつついたような状況に陥る。
「大変です。空母部隊に敵の攻撃機が殺到しているそうです。敵は輪形陣を崩して、空母を攻撃しようと……あっ、レキシントンから救援要請が入りました。サラトガもです。空母部隊は、大混乱に陥っています」
「なんだとっ!」
我々はただちに救援に赴いたが、短時間の間に空母部隊は壊滅してしまった。
しかもそれだけではない。
「敵攻撃隊、我が艦隊にも攻撃を仕掛けてきます。あっ、駆逐艦シムスがやられました」
「くっ、全力で迎撃せよ」
その後、殺到する攻撃機を迎え撃ったが、成果は芳しくない。
敵は我々の常識からすると、はるかに遠くから、魚雷や爆弾を放ってくるのだ。
しかもその命中率が異常だった。
おかげで半分の戦艦が、なんらかのダメージを負ってしまう。
幸いにも敵は少なかったので、航行不能になるほどでないのが、唯一の救いだった。
「キンメル司令。被害の概要が判明しました。空母は全て航行不能か沈没で、巡洋艦や駆逐艦も、ほぼ半数が沈没もしくは大破状態です」
「ぐぬう…………やむを得ん。我が艦隊は撤退する。ついてこれない艦は救助作業に当たり、敵が来たら降伏するよう通達せよ」
「……はっ、了解いたしました」
信じられん、まるで悪夢だ。
ジャップがこれほどの戦闘力を持っているとは。
私はアメリカ史上、最悪の提督として名を残すのかもしれない。
”空母というものは、戦場で制空権を確保したら、弾着観測で砲撃を補佐する役割”
開戦前までは、アメリカもこんな認識だったそうです。
日本の空母集中運用というのは、それだけ画期的だったようですが、真珠湾をやっちゃったのはねえ……




