幕間: ルーズベルトの野望
私の名はフランクリン・デラノ・ルーズベルト。
栄えあるアメリカ合衆国の、第32代大統領だ。
私は由緒あるルーズベルト家に産まれ、着々とキャリアを築いてきた。
いつかは偉大なセオドアおじさんみたいに、大統領になれたらとも思っていた。
その過程は決して楽ではなかったが、がんばってやってきた甲斐はあったな。
32年の大統領選に勝利し、とうとうその椅子を勝ち取ったのだから。
まあ、それも共和党のフーバーという無能が、不況対策に失敗して、自滅した結果なのだがな。
おかげで我が合衆国は、未曾有の大不況に落ちこんでいる。
32年というのはまさに、そんな不況のどん底にあった年なのだ。
その翌年に大統領になった私は、矢継ぎ早の対策を行った。
それは銀行の整理にはじまり、金本位制からの離脱、預金保険制度の創設、農産物の生産調整など、多岐にわたる。
さらにニューディール政策と銘打って、ダム建設や植林などの、大規模な公共事業も進めた。
本来ならこんなこと、フーバーがやっていてしかるべき事なのだ。
しかし共和党というのはどうにも、市場への干渉を避けたがる連中である。
おかげでまともな対応もできずに、我が国の権威を落としてしまった。
まったく、度し難い連中だ。
とはいえこれらの施策により、どん底にあったアメリカ経済は、ようやく上向きつつあった。
この調子でいけば、私の再選もたやすいだろう。
そう思っていたのだが、それには障害があることに気づいた。
「何やら、海の向こうの猿どもが、我が国を非難しているそうじゃないか?」
「はぁ、それは日本のことでしょうか? たしかに清国のことについて、文句をつけておりますな」
「偉大なるステイツに文句をつけるとは、ずいぶんと偉くなったものだな。ちょっと前までは、文明も知らなかったような連中のくせに」
「そこまでとは思いませんが、少々つけ上がっているのは事実でしょうな」
国務長官のコーデル・ハルは、言葉を選びながらも同調する。
「だろう? 聞けば日本は、清国や正統ロシアとの貿易を、ほぼ独占しているというではないか。どちらも我が国の援助で成立したのに、独占するとはけしからん」
「はあ、なにぶん清もロシアも、我が国からは遠いですから……」
「そんなことは分かっとる! しかし日本は、もっと我々に配慮すべきではないかね? イギリスにしているように」
「それは……そうかもしれません」
「そうだ! それをしないということは、日本は我々を舐めているということになる。断じてこのままにはしておけん!」
「ならば一体、どうするおつもりですか?」
「海軍長官を呼びたまえ」
「は、はい」
やがてやってきた海軍長官のクロード・スワンソンに、私は提案を持ちかけた。
「クロード。我々は日本に、圧力を掛ける必要がある。どうすればいいと思う?」
「……は、はあ。それでしたら太平洋側の軍備を、増強する必要があります。その前に軍縮条約を、どうにかする必要がありますが」
「ワシントン軍縮条約か。たしか今年、予備交渉が始まるはずだったな。ちょうどいい。無茶な要求を突きつけて、破棄してしまおう。ネイバルホリデイ(海軍休日)も、いよいよ終了だ」
「だ、大統領! それは外交上、よろしくないと思いますが?」
「かまわん。軍縮条約は十分に役立った。これからは大規模に軍艦を造って、我がステイツの威信を示してやる。景気対策にもちょうどいい。クロードは大至急、建艦計画を作成してくれ」
「はっ、承知いたしました」
これでいい。
最強の海軍を造るのは、以前からの夢でもあった。
景気対策にもちょうどいいから、せいぜい派手にやってやろう。
これでますます、再選は確実になるだろうな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その後、我が国は軍縮条約を離脱し、海軍の増強に舵を切った。
当然、日英も対抗して建艦計画を公表してきたので、我々はさらにその上を行く。
16インチ砲戦艦のサウスダコタ級4隻に留まらず、18インチ砲を搭載するモンタナ級を2隻つくったのだ。
どうやら日本も、18インチ砲戦艦を造っているらしいが、我がステイツの技術力には敵うまい。
ホワイト・グランド・フリートの復活だ。
さらに日本に圧力を掛けるため、ハワイのみならず、グアムやフィリピンの基地を強化した。
これでいつでも、日本と戦争ができる。
そう思っていたのだが、欧州の情勢がきな臭くなってきた。
「大統領。ドイツがポーランドに対して、圧力を強めています。このままではドイツが、ますます図に乗りますぞ」
「うむ、そのことだが、イギリスとフランスにポーランドの支援を要請しよう。いざとなったら、我がステイツも支援すると言ってな」
「しかし大統領。それでは我が国も戦争に巻きこまれます。国民に言い訳が立ちませんぞ」
「なあに、そうバカ正直にやることもない。証拠さえ残さなければ、なんとでもなる」
「し、しかし……」
「大丈夫だ。とにかく至急、英仏に使者を送りたまえ」
「は、了解しました」
こうして英仏の尻を叩いたのだが、イギリスは話に乗ってこなかった。
私の提案を拒否するとは、いい度胸だな。
いずれ思い知らせてやる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
とうとうドイツがポーランドに侵攻し、欧州でまた戦争が始まった。
我が国はフランスを支援しているが、一気に参戦とまではいかない。
まあ、いずれは前の大戦のように、このステイツが趨勢を決めるようになるはずだ。
それよりも前に、やることがある。
「日本を戦争に巻きこみたい。フィリピンかどこかで、謀略を仕掛けられないかな?」
「だ、大統領。欧州で戦争が起きているのに、太平洋まで戦火を広げるのですか?」
「落ち着きたまえ。これもステイツのためなのだよ。我々は海の向こうのサルどもに、身のほどを教えてやる必要がある」
「……少々、時間をください。計画を練ってみます」
「ああ、なるべく急いでくれよ。欧州とタイミングを合わせたいからな」
「は、それでは失礼します」
フフフ、これでいい。
このまま行けば、小癪なサルどもにも、目にもの見せてやれる。
そして我がステイツが、世界の覇権を握るのだ。
今回もルーズベルトさんに悪者になってもらいましたが、実際はどうだったのか。
個人的には、日本への悪意はあったものの、日本が勝手に自滅したように思うんですが。




