35.西太平洋の緊張
昭和13年(1938年)4月 先端技術研究所
「急に呼び出すなんて、どうしたんだよ? 健吾」
「ああ、ちょっと妙な状況になってきたんでな。みんなと情報を、共有しときたかったんだ」
「おいおい、穏やかじゃないな」
その日、俺たちは川島の呼びかけに応え、先端技術研究所に集まっていた。
そしてのっけから川島が、不穏なことを言いだしたので、みんなの顔がこわばる。
「まあ、まだどうなるかは分からん。まずは話を聞いてくれ」
「おお、察するに欧州の情勢か?」
「いや、アメリカだ」
「マジかよ」
この世界でも欧州の情勢は、ほぼ史実どおりの経緯をたどっていた。
ドイツではヒトラーが政権を取り、35年に再軍備を宣言。
36年にはラインラント進駐が強行され、今年3月にはオーストリアが併合されてしまった。
世界は着々と第2次世界大戦へと進んでいるのだが、川島はそれが問題ではないと言う。
「アメリカがフィリピンとグアムの軍備を、本格的に強化しようとしている。軍港と飛行場の拡張工事が、それぞれ始まったんだ」
「うわ、そう来たか」
フィリピンとグアムはアメリカの植民地として、それなりの軍事施設が置かれている。
太平洋戦争開始時点で、フィリピンには3万人もの米兵と、200機以上の航空機があったし、グアムにも400人の海兵隊がいた。
しかし帝国軍の侵攻では、グアムは2日で陥落しているし、1ヶ月ほどでマニラまで攻略されている。
実はグアムについては、テコ入れの計画もあったようだが、その前に開戦となっていた。
いずれにしろ、史実では戦前に強化されなかった両基地が、今世では強化されつつあるわけだ。
それも軍縮条約の破棄に伴って、徐々に進んでいたものが、一気に進展を見せているという。
ここで佐島が、川島に訊ねる。
「アメリカの世論はどうなんや? 日本敵視に、動いとるんか?」
「いや、一般世論ではそうでもないな。この世界でも移民は減ってるし、清国や正統ロシアの後ろ盾としては、協力してすらいるんだ」
「ふむ、ちゅうことは軍部の一部に、日本を敵視する勢力があるわけやな」
「ああ、特に海軍で、その傾向が強いな。ついでに政界や経済界にも、日本をやっかむ勢力が存在する」
「まあ、日本は順調に成長しとるからなぁ。なんだかんだいって、海軍もでかいし」
「そういうことだな」
前世に比べて日本は、海軍がより強力になっているため、アメリカ海軍の危機感、ライバル意識をあおっていた。
それに加え、アメリカからすれば日本は、清国や正統ロシア、中華民国との貿易の邪魔になってもいる。
おかげで政治・経済面で、日本をやっかむ勢力もいるということだ。
「う~ん、前世と同じようにやってるつもりでも、けっこう違ってきてるってことか」
「なにせ軍人に転生したからな。どうしても軍の強大化には反対しにくい。ていうか今まで、よくやってきた方だと思うぞ」
「そうだよね。何回も命の危険を覚えたんだから」
「まったくや。よう生き残ったで」
「同感、同感」
今までにやってきた軍の改革について、思い出した俺たちは、そろって遠い目をする。
前世では元老や軍首脳に丸投げできた面倒が、今世では俺たちの身に降りかかったのだ。
その過程で何度も暗殺の標的となり、死にそうな目にあってきた。
そんな、現実逃避気味な雰囲気を、川島が引き戻す。
「ゴホン……それで、だ。このままだとアメリカが、思わぬ行動に出る可能性が高いと思うんだ」
「思わぬ行動って?」
「例えば、欧州の動きとは別口で、日本にケンカを売ってくる、とかだな」
「ええっ、そんなことあるかな?」
川島の考えに中島が疑問の声を上げるが、俺は十分にあり得ると思った。
「いや、十分にあるんじゃないか? 何しろ因縁をつけて戦争に引きずり込むのは、あの国の常套手段だ」
「でも、それにしたって……」
「いいや、結局、前世でもイギリスと一緒に引きずり込まれたやんか。その矛先が、最初に日本に向かうかどうかの違いぐらいしか、ないで」
「だな。下手をすると、トンキン湾みたいなことやって、宣戦布告ってのもありか」
「ああ、それはありそうだな」
「えぇぇぇ……」
他のみんながアメリカの暴挙を疑わないことに、中島がショックを受けていた。
俺はそんな彼に、諭すように言う。
「国際関係ってのは、きれい事じゃ済まないんだ。実際にそうなるかどうかは別として、備えておかなきゃならない」
「……うん、そうだね。下手をすると、何百万人もの日本人が、犠牲になるんだから」
「そうだ。今後も情報はこまめに共有しよう。また変化があったら、連絡してくれよ、健吾」
「ああ、もちろんだ。みんなは戦争の準備の方を頼むぞ」
「おう」
「任せとけ」
こうして不穏な雰囲気を感じた俺たちは、さらに戦争準備に奔走することとなる。
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昭和13年(1938年)12月 先端技術研究所
その後、ドイツはチェコスロバキアに、ズデーテン地方の割譲を要求。
英仏伊との間で開かれたミュンヘン会談で、それも実現してしまう。
このままでは来年、ヒトラーはポーランド回廊の割譲も迫ることだろう。
そんな欧州情勢と並行して、西太平洋もきな臭さを増していた。
まずアメリカはグアムのケプラ港を増強して、潜水艦基地を築いた。
さらにオロテ半島に飛行場を築き、格段に史実よりも戦力を増したのだ。
フィリピンでも同様にスービック軍港を強化し、潜水艦と水雷戦隊が常駐するようになっていた。
B17爆撃機の増強も進んでいるという。
さらには中華民国、清国でアメリカの権益が存在する場所に、警備名目で戦力を増強していた。
明らかにアメリカは、西太平洋で何かを企んでいると思えた。
「いよいよもって、きな臭くなってきたなぁ」
「ああ、どう見ても日本に、ケンカを売ろうとしてるとしか思えない」
「なんでそんなに、目の敵にするのかなぁ? 日本は他国と協調して、上手くやってるのに」
中島がせつなそうに問えば、川島が冷徹に答える。
「それこそが、気に食わないんだろうよ。このままだと日本は、アジアの盟主にでも成りかねない勢いだ。その前にガツンと叩いて、手下にしたいんだろうな」
「ムチャクチャだよ……」
呆れる中島に、今度は佐島が応える。
「ふん、そんなもん、国際社会では常識やで。特にアメリカは、黄色人種がのさばるのが気に入らんやろうしな」
「だな。だけどこっちだって、黙ってやられるつもりはない。大和魂の真髄、見せてやろうじゃないか」
「おう、俺たちが飼い犬じゃなくて、狼だってことを思い知らせてやろうぜ」
「ああ、そうだな。勝手に侮ったことを、後悔させてやる」
「……まあ、仕方ないね」
こうして俺たちは、いよいよ日米開戦への覚悟を固めていた。
昭和編はここまでで、いよいよ戦争編に移ります。
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