幕間: 装備開発の日々
【後島 慎二】
「フハハッ、やった。とうとう達成したぞ!」
「おめでとうございます、後島中将」
「ああ、君たちもよくやってくれたな」
ここは海軍の横須賀海軍工廠で、俺たちはボイラーの試験をしていた。
実は海軍では、新世代の蒸気タービン機関を、開発していたのだ。
それは工業大国のアメリカにも負けない、画期的な機関だ。
そしてそれを達成するには、まずボイラーの蒸気圧力を上げなきゃならない。
ここで俺が種をまいておいた、高圧ボイラー用の鋼材開発が役に立った。
もちろんほとんどの実務は、先端技術研究所の担当者にやってもらってる。
しかし俺がしばしば訪問し、前世の経験に基づいたアドバイスをしたおかげで、ようやく実用化の目処が立ったのだ。
そしてその材料を使ったボイラーが、ひと通りの耐久試験を終えた。
その蒸気圧力と温度は、実に40kg/平方センチ、455℃を達成していた。
これはアメリカのエセックス級空母のボイラーと、同等の性能である。
史実では翔鶴が30kg/平方センチ、350℃だったのに比べると、いかに高性能かが分かるだろう。
そしてボイラー性能が上がれば、それだけ燃費が良くなるし、機関や煙突が小さくできたりと、いいことづくめなのだ。
まあ、当然それに耐えるだけの材料がなけりゃ、不可能なんだけどな。
ついでに蒸気タービンの方も材料開発をして、耐久信頼性を高めている。
これでまた一段と、日本の艦艇の性能を上げられるな。
その後のある日、俺は平賀さんを訪ねていた。
「平賀大将、新型艦の開発はどうですか?」
「おお、君たちのおかげで順調じゃよ。儂の記憶よりも格段にいい材料が使えるし、電気技術も優れているからな。あまりに贅沢すぎて、怖いくらいじゃ」
「アハハ、それが当たり前だと思われるのは困りますけど、使えるものはなんでも使ってください。アメリカとの緊張は、どんどん高まっていますからね」
「うむ、そうじゃな。しかしこの船に乗る将兵たちは、幸せじゃのう。史実では考えられんぐらい快適で、余裕のある設計だぞ」
「アメリカではそれが当たり前なんですって。史実の帝国軍艦は、目立つ性能だけ追求したおかげで、居住性は劣悪でしたからね。その分、水兵の体調とか士気が、犠牲になってたんですよ」
「う~む、それは耳が痛いのう」
思い当たることのある平賀さんが、苦笑している。
しかしこの世界では、格段に居住性の高い艦船が、続々と生まれているのだ。
この調子なら、アメリカも怖くはないかな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【中島 正三】
「やあ、原中佐。40トン級戦車の検討はどう?」
「あ、中島中将。今はまだ、仕様をまとめてるところです。用兵上の要求と、各種技術のすり合わせが難航してまして」
「それは仕方ないね。現場は無茶ばかり言ってくるから」
「ハハハ、まあ、戦場では命がけですからね。なるべく応えたいとは思うんですが、無責任なことは言えないですし」
「そうだね。まあ、無理なものは無理と言ってくれ」
そんな話をしている相手は、原 乙未生中佐だ。
史実で日本の戦車開発に活躍し、”日本戦車の父”と呼ばれる人なんだ。
今世でもがっつり戦車開発にくい込んでおり、僕の腹心みたいな存在になってる。
いや~、使える部下がいるって、いいよね。
僕ももっと戦車開発に取り組みたいんだけど、電気関係の仕事が忙しくて。
なかなか戦車にばかり構ってられないところを、この原中佐が補ってくれるんだ。
彼と戦車の話をしはじめると、止まらなくなるんだよね。
互いに戦車愛があふれてるっていうか。
また戦車談義を始めようかと思ってたら、彼が少し遠慮がちに切り出した。
「あの~、エンジンの性能を上げるには、もっと高性能な潤滑油が必要だって言われてるんですが、また口を利いてもらえませんか?」
「へえ、どんな内容?」
「これなんですが――」
どうやらエンジン性能を上げるに当たって、思うようなオイルが入手できなくて、困ってるらしい。
え~と、これぐらいなら四郎に動いてもらえば、なんとかなるかな。
「了解。ちょっと佐島中将に頼んでみるよ。彼はこの手の技術のエキスパートだからね」
「いつも申し訳ありません。でもこれが入手できるようになれば、検討も進むと思うんです」
「まあ、佐島中将なら、大丈夫でしょう。今から訪ねてみるよ」
「よろしくお願いします。それにしても、中将は本当に顔が広いですね。エンジンや金属材料にも、融通が利くし」
「まあ、いろいろと貸しがあるからね。おかげで私は戦車開発に、専念できないんだけど」
「ハハハ、中将の専門は電気関係ですからね。それもあちこちから、ひっぱりダコとか」
「まあねぇ」
そう、最近は電気技術が発展してきて、その需要が多すぎるんだよね。
おかげであちこちに引っ張り出されて、大忙しだよ。
音響誘導魚雷の開発とか、マジでノイローゼになりそうなんだけど。
だけどこれも日本のためなんだ。
また現実味が増してきた戦争に備えて、もう少しがんばろうかな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【佐島 四郎】
「四郎、ちょっといい?」
「ああ、ええで」
俺の執務室に、正三が顔を出した。
また何か、頼み事でもあるらしい。
「実はさ、40トン級の戦車を検討してるんだけど、それに高性能のオイルが必要らしいんだよね。四郎の方で、アドバイスしてやってくれないかな?」
「ん? どんな仕様や?」
「こんなの」
そう言って正三が、要求仕様を書いた紙を出してくる。
ふむふむ、それほど無茶な要求でもないな。
これぐらいなら、あれでどうにかなるか。
「おう、これぐらいやったら、なんとかなるで。また担当者にアドバイスしとけば、ええか?」
「うん、頼むよ」
正三は安堵した顔で、椅子に腰を下ろす。
珍しく、今日はお喋りをするらしい。
「なんや、今日は余裕があるんか?」
「うん、懸案だった開発が一段落してね。それで原中佐のところに顔を出したら、これを頼まれたんだ」
「そうか、それは良かった。たまにはお前も、息を抜かんとな」
「本当だよ~」
帝国軍がこぞって兵器の開発をしとる中で、最も忙しいのがこの正三や。
最近は日本の電気・電子技術が高まってきて、その需要もうなぎ上りやからな。
おかげで彼は、ずいぶんとハードワークをしとるらしい。
そんな正三の頼みやったら、多少の無理は聞いてやるわ。
幸いにもこの頭には、前世で蓄えたノウハウが、いろいろ詰まっとるからな。
「四郎の方はどう? 銃砲の開発は順調?」
「おう、着々と進んどるで。慎二も協力してくれるし、日本の工業力も高まっとるからな」
史実の日本は工業力が低かったから、銃や弾丸の精度があまり良くなかった。
今世ではその辺を補えとるし、慎二の金属技術がさらにそれを後押ししてくれる。
ええ世界になったもんや。
「へ~、最近はどんなのができたの?」
「そうやな、96式軽機関銃が軌道に乗ったし、新しい重機関銃も開発中や。それとM1ガーランドに相当する銃も、試作中やな」
「へ~、ガーランドっていうと、セミオートの?」
正三がガーランドに興味を示した。
M1ガーランドといえば、アメリカが第2次大戦時に実用化したセミオートマチックライフルだ。
弾丸を大量に供給できるアメリカならではの兵器やが、今世の日本にはそれを運用するだけの実力がある。
「おう、そうや。弾丸は6.5ミリやけど、軽量で装弾数も多いんやで」
「ふ~ん。でも6.5ミリだと、ちょっと弱くない?」
「まあ、その辺は使い方や。それを補う兵器も考えとるからな」
「それもそうか」
その後も軽く話をすると、正三は上機嫌で帰っていった。
どうやら本当に、今日は余裕があるようやな。
あの調子なら、ノイローゼになることもないやろう。
アメリカとの戦争は間近やからな。
今後もみんなで、助け合っていかんと。