2.協力者を巻きこもう
明治38年(1905年)6月 佐世保
「未来の、夢だと? なぜそれを知っている?」
明治に転生した俺は、協力者と思われる東郷提督に、接触を持った。
そして謎の紙に書いてあった、”未来の夢”という言葉を告げると、提督は顔色を変えて問い返したのだ。
手応えを感じた俺は、彼を味方につけようと話を進める。
「実を言いますと、我々も似たような状況にあるからです。はるか未来の記憶を持ち、その未来を変えろと言われました」
「未来を変えろだと? 誰に言われたのだ?」
「はっ、小官にもよく分かりませんが、おそらく神のような存在であります」
「神だと?……何を馬鹿な……」
提督は信じがたそうな顔をしていたが、しばらく考えこむと、立ち上がって部屋の外に向けてどなった。
「おい、この後の予定は全て無しにする。それとしばらくは誰も入ってくるな!」
「はっ、はい……しかし理由はどうされますか?」
「体調不良とでも言っておけ!」
強引に予定をキャンセルした東郷提督は、自分の席に戻ると、俺たちに椅子を指し示す。
「まあ、座れ。そしてもっと詳しく、話を聞かせろ」
「「はっ、失礼します」」
俺と後島は椅子に座ると、会話を続ける。
「まず確認させてもらいますが、提督は昭和9年までの記憶があるということで、よろしいでしょうか?」
「……本当に分かっているんだな。そうだ。私は大正の時代を経て、昭和9年まで生きた夢を見た。いや、貴様の言い方からすると、俺の未来の記憶、ということだな?」
「はっ、そのように解釈していただいて、けっこうです。昭和9年までですと、第1次世界大戦が起こってから、関東大震災、世界恐慌を経て、満州国の建国、そして日本の国際連盟脱退までは、ご存知ですね?」
「うむ、そうだ。待てよ。今、第1次世界大戦と言ったな? ということは、第2次や3次もあるのか?」
「はい、昭和14年から、第2次世界大戦が始まります。そして日本もそれに巻きこまれ、昭和20年に降伏します」
「なっ……日本が負けるのか? なぜそのようなことに?」
さらに驚く提督に対し、俺は悲しそうに告げる。
「提督がお亡くなりになった後に、中国と戦争になるんですが、アメリカに大陸から撤退するよう迫られ、石油などの輸出を止められます。このままではジリ貧になると考えた軍部に引きずられ、日本は英米蘭に戦争を仕掛けました。そしてアメリカの物量に押しつぶされ、最後には新型爆弾まで落とされたうえで、降伏に至ります」
「なんと!……とても信じられない話だが、アメリカを相手にするのなら、あり得る話だな。誰もそれを止めなかったのか?」
「もちろん、多くの人が止めようとしました。陛下も最後まで反対していたのです。しかし国家というものは、そう簡単に止まれないのですね。その結果、300万人以上の日本人が死にました」
「なんたる、なんたる事だ……」
提督はしばし悲痛な顔で、ブツブツつぶやいていた。
やがて気を取り直したのか、鋭い目をこちらに向けてくる。
「話はだいたい分かった。つまりこのまま行けば、日本は悲惨な道を歩む。貴様らはそれをなんとかしたいと、そう言うことだな?」
「はい、そのとおりです。しかし私たちだけでは、おそらく大したことはできません。そこで提督のお力を、貸していただきたいのです」
「ふむ、具体的には、何をすればいいのだ?」
「実は提督以外にも、未来の記憶を持つ方がいるようなのです。その方々と力を合わせて、日本を変えていきたいと存じます」
「ほう、他にもいるのか。それは誰だ?」
「はい、まず――」
ここでリストにある名前を告げると、東郷提督が少し安堵した表情を見せる。
「ふむ、元老に加え、宮様までいるのか。もし協力が得られるなら、心強いな」
「はい、小官もそう考えます」
「うむ、そうなると……東京に行く必要があるが、急いだほうがいいのか?」
「はい、今後のロシアとの交渉を有利に進めるには、早急に手を打つ必要がありますので」
「そうか……ならば強引に上京するか。連れていけるのは、せいぜい1人になるが?」
後島と目配せしてから、俺が名乗り出る。
「それであれば、小官をお連れください。協力者の方に説明させていただきます」
「うむ、分かった。明日、は難しいから、明後日にでも出られるよう、準備しておけ」
「はっ、ありがとうございます」
「うむ、退出してよし」
「「はっ、失礼いたします」」
こうして東郷提督との話は、上首尾に終わったのだ。
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明治38年(1905年)6月 東京
提督との会談後、俺たちは予定どおりに上京した。
表向きは海軍上層部への報告としながら、その陰でお目当ての人たちとの会談を設定するのだ。
そして東郷さんの骨折りのおかげで、それは実現した。
「大島少尉候補生であります」
「伏見宮博恭である。提督から呼ばれたから何かと思えば、なぜここに候補生がいるのですか?」
のっけから不審そうな顔をしているのは、伏見宮博恭王殿下。
今年30歳になる皇族で、海軍少佐でもあるお方だ。
殿下の問いに、東郷さんが苦笑しながら応えた。
「実は私とこの大島には、ある共通点があるのですよ。そしてどうやら、それは殿下にも通じるようでしてな」
「共通点? それは一体、なんですか?」
「それは彼から説明させましょう。大島」
「はっ、恐れながら殿下には、”未来の夢”について、心当たりがありませんでしょうか?」
「未来の、夢?……はっ、もしやあのことを言っているのか?」
殿下は少し考えた後、急に思い当たったような顔をした。
東郷さんの時もそうだったが、どうやら俺が”未来の夢”と口にすると、急にその記憶が鮮明になるらしい。
これもおそらく、存在エックスが仕組んだことなのだろう。
「やはり心当たりがあるようですね。おそらくその夢の中で殿下は、元帥、そして軍令部総長になられた後、アメリカと戦争になった。そして日本の降伏後、殿下は亡くなられているはずです」
「な、なぜそこまで知っている?!」
「それは私も、未来の記憶を持っているからです」
「なんだとっ!」
殿下はひどく驚いたが、やがて納得した顔になる。
「……そこまで言い当てられては、信じないわけにもいかんな。何しろこのことは、誰にも言ったことがないのだから」
「ええ、海軍軍人としては、冗談でも言いにくいことでしょう」
「そのとおりだ。しかし大島くんは、それが実現すると言いたいのだな?」
「ええ、その結果、300万人以上もの日本人が亡くなります」
「300万人か……その数字は知らなかったが、あの戦争ならあり得るだろうな。思えばなぜ、あのような戦争に突き進んでしまったのか?」
悲痛な顔で問う殿下に、俺は静かに答える。
「複雑な世界情勢の中で、日本は無防備すぎたとしか、言いようがないでしょう。しかしそんな記憶を持つ我らがここにいるのは、そんな未来を変えてみろと、言われているのではないでしょうか?」
「それは誰にだね?」
「分かりません。しかしこんな不可思議なことができるとしたら、それは神とか仏などと呼ばれるような存在でないかと」
「神や仏……」
殿下はしばし腕組みをして考えこむと、再び口を開いた。
「そうだな。あのような悲劇、絶対に起こしてはならない。なんとかして、未来を変えてやろうではないか」
「おお、協力してくれますか」
「もちろんです、提督。皆で力を合わせましょう」
喜ぶ東郷さんに、殿下もうなずきを返す。
無事に協力関係が成立したところで、俺はさっそくお願いをした。
「ありがとうございます。それでは早速ですが、元老の松方正義閣下と、山縣有朋閣下との会談の場を、設けてもらえないでしょうか」
「ほう、彼らも同じように、未来の記憶を持っていると?」
「お察しのとおりです」
「よかろう。その役目、引き受けましょう」
「よろしくお願いします」
こうして俺は、伏見宮殿下を味方に引きこむことにも、成功したのだ。