30.軍縮条約の決裂
昭和9年(1934年)12月 東京
1932年のアメリカ大統領選は、やはりルーズベルトが勝利した。
そして33年3月に就任したルーズベルトは、矢継ぎ早に景気対策を実施していく。
それは銀行の整理に始まって、金本位制の離脱、預金保険制度、農産物の生産調整など、多岐にわたった。
さらに有名なニューディール政策として、ダム建設や植林など、大規模な公共事業も始める。
これらの施策により、1932年にどん底にあったアメリカ経済は、ようやく上向きつつあった。
ニューディール政策の成否については賛否両論あるが、前任のフーバーより、はるかに良い仕事をしたのは事実だろう。
しかしその一方で、思わぬ余波も生じていた。
「まさかアメリカの方から、条約を破棄してくるとはな」
「ええ、これでは日本と真逆です」
「これでは先の予測がつきにくくなって、少々困りものですな」
そう話しているのは閑院宮殿下と伏見宮殿下、そして平賀中将だ。
未来記憶持ちの3人と、俺たち5人は今、都内の料亭で会合していた。
その理由は、第2次ロンドン軍縮会議の予備交渉の結果だった。
史実では日本が交渉に不満を覚え、軍縮条約を破棄してしまう。
しかし今世の日本は、軍拡よりも経済成長を目指していた。
そのため軍縮を受け入れる用意はあったのだが、アメリカの方がキレた。
”長く続いた軍縮のため、アメリカ海軍は弱体化してしまった。今こそ戦備を一新し、世界に存在感を示す時だ”
とルーズベルトが公言してのけたのだ。
おそらくその背景には、なじみ深い海軍を味方につけると共に、景気対策の一環として、造船需要を作り出す意図があるのだろう。
そのためアメリカは、一方的な要求を突きつけてきた。
その要求の中にはやはり、グアムとフィリピンの軍港強化と、それに伴う艦艇の増強もあった。
建て前としては、中華民国の情勢が不安定なため、そこにある権益と満州鉄道を守るため、ということになっている。
たしかに中華民国は、清と分裂してからは、各地で軍閥が台頭し、不安定な状況が続いていた。
実際にアメリカが権益を守りたいと考えていても、さほどおかしくない。
しかしそれならそれで、他国への配慮も示すべきなのだ。
そもそもワシントン会議で結ばれた4ヶ国条約は、日米英仏が太平洋方面に持つ領土や権益を、相互に尊重しようという趣旨だった。
それをアメリカだけがプレゼンスを強めるような要求を、平気で突きつけるなど言語道断である。
当然、日英仏は猛反発したが、アメリカは退かない。
交渉の決裂をまったく恐れない様子で、自論を主張しやがった。
どう見ても最初から、交渉の決裂を狙っていたとしか思えない。
結局、妥協点を見いだせないままに、予備交渉は終了し、アメリカはワシントン・ロンドン軍縮条約の破棄を宣言したのだ。
(ただし破棄通告後も、2年間は有効)
この暴挙に憤りつつも、日英仏は史実のように、量的制限は廃止して、質的制限で合意した。
これで1937年以降は、多少の制限はあれど、戦艦や空母を自由に建造できるようになる。
そんな状況下で、俺たちは今後について話し合うべく、集まっていた。
「君たちは今後、アメリカがどう動くか、予想がつくかね?」
伏見宮殿下の問いに、川島が答える。
「周りの情勢にもよりますが、遅かれ早かれアメリカは、日本に戦争を仕掛けてくると思います」
「なんだと! それでは話が違うではないか」
「この世界の日本は、列強各国との関係は良好だ。そんなことがあるかね?」
川島の言葉に、伏見宮殿下と閑院宮殿下が疑問の声を上げる。
しかし川島は、冷静に状況を説明する。
「たしかにイギリスやオランダとの関係は、良好だと言っていいでしょう。その他の国とも、対立はしていませんね。しかしアメリカだけは、ちょっと違うんですよ」
日英同盟の解消後、日本は改めてイギリスと友好条約を結び、それなりに良い関係を続けている。
イギリスとは繊維関係の貿易で、競合する部分があるのだが、こまめに意思の疎通を図り、衝突を避けていた。
どちらかといえば、競争力のある日本が遠慮する場面が多いのだが、イギリスもいろいろな資源や機械を売ってくれる。
幸いにも日本は極東同盟という円経済圏を持てたので、ポンド経済圏と連携しながら、そこそこ上手くやっていた。
それにオランダとは、蘭印の石油や資源を買っている関係で、友好的な状況を保っている。
その他の国とも、主に貿易相手として、波風が立たないよう付き合えていた。
そして肝心のアメリカだが、日本は清国と正統ロシアを共に支援する関係だ。
ならば日本との関係も良好になりそうなものだが、実は摩擦が増えていた。
そもそもアメリカが、清や正統ロシアを支援するのは、防共の盾にしたいのはもちろん、市場と権益を求めてのことである。
アメリカは製品を売って儲けたいし、投資して収益を上げられれば尚いい。
しかし両国にとってはアメリカよりも、日本の方がはるかに近いという状況がある。
おまけにこの世界の日本は、工業化度も技術力も、格段に高まっているため、わざわざアメリカから買わねばならないものが少ない。
さらに日本、韓国、清国、正統ロシアは、防衛同盟も結んでいる関係で、親密度が高い。
おかげでアメリカとしては、苦労したわりに実入りが少ないと感じてしまうのだ。
実は南満州鉄道に食いこんでいる分、史実よりもマシな状況なのだが、アメリカ人がそれを知るはずもない。
しかも清の発展にともなって、南満州鉄道以外の鉄道が成長してきたため、その収益は伸び悩んでいた。
これに不満を抱いたアメリカが、清国政府に鉄道開発の自粛を要請(ほぼ強要)したもんだから、清側が激怒した。
それまでもアメリカの強引な経済進出は、各地で顰蹙を買っていたのだ。
おかげで満州各地で、にわかに対立が表面化してしまう。
そうすると、共同支援国である日本も、懸念を表明せざるを得ない。
やんわりと、”清国への内政干渉は控えてね”と言ったんだが、これにアメリカの政治・経済界がいきり立ったらしい。
おまけにこの世界では、長門型戦艦を41センチ砲にした影響で、アメリカ海軍の対抗意識も高い。
その結果、急激に日本への敵意が高まっているらしく、それを避ける方策は見つかっていないのが実情だ。
俺たちも前世の経験から、この事態を回避する努力はしたのだが、やはりどうにもならなかった。
川島がそんな話をすると、殿下たちが唸り声を上げる。
「むう、そんな話になっていたか……」
「満州の騒動については、たまに聞いていたが、まさかそこまでとはな……」
「そもそもそれは、アメリカの自業自得だろうに……」
ここで川島が、結論を口にする。
「まあ、そういう状況ですので、決して楽観はできません。最悪を想定して、我々は戦争準備を急ぐ必要があると思います」
「むう、やむを得んな。陸軍は兵器の開発と、師団の増設を進めよう」
「海軍も艦艇の建造と、増員を進めねばな」
「ええ、例の戦艦の噂も、広めねばなりませんな」
ちなみにこの頃、閑院宮殿下は元帥であり、参謀総長に就任していた。
同様に伏見宮殿下も、元帥かつ軍令部総長である。
そのためちゃんと根回しをしておけば、陸海双方に号令を掛けるのは、さほど難しくなかったりする。
こうして俺たちは、対米戦争に向けて、本格的な準備を開始したのだ。




