29.前世とのズレ
昭和7年(1932年)4月 先端技術研究所
「それでは久しぶりの再会を祝して」
「「「かんぱ~い!」」」
この日、久しぶりに俺たち5人は、研究所の一室に集まっていた。
皆、今年45歳のおじさんとなり、それなりに貫禄が出てきている。
「こうして見ると、みんな老けたよね~」
「そりゃあ、俺たちが少将になるぐらいだからな」
「せやせや、こういうのは貫禄が出たっちゅうねん」
「いや、四郎は太りすぎじゃない? 前もそうだったけど」
「ええねん、人生は楽しんだもん勝ちや、ガハハハ」
「その言葉、前も聞いたな」
前世と同様に、佐島だけはやはり太っていた。
その他はむしろ、前世よりやせているというのに。
この世界で俺たちは、軍人として鍛えてきたので、こうなるのが普通だと思う。
「ところで仕事の方は、みんな順調なのか?」
「う~ん、まあ順調じゃないかな」
「右に同じ~」
「俺もや。むしろ今回の方が、順調かもしれんな」
「そうだね~」
俺たちは現在、それぞれ重要な地位に就き、得意分野の仕事に取り組んでいた。
現状の配置は、このようになっている。
大島祐一:海軍航空技術部(航空機開発)
後島慎二:海軍艦政本部(艦艇開発)
中島正三:陸軍技術本部(戦車開発)
佐島四郎:陸軍技術本部(銃砲開発)
川島健吾:陸軍参謀本部謀略課(諜報活動)
それぞれに得意な知識・技能を活かして、その道の権威として認められつつあった。
同時に俺たちは、先端技術研究所の顧問として名を連ね、技術開発を補佐してもいる。
おかげでメチャクチャ忙しいのだが、着実に日本の国力は増しているので、それなりにやりがいはあった。
ここで後島が、俺に訊ねる。
「祐一は飛行機の開発、どうなんだよ?」
「ああ、ようやく前世のレベルに、追いついてきたって感じだな。要求仕様に直接関われるってのは、ある意味、楽だよな」
俺が直接テコ入れしていなかったため、民間企業の技術力の伸びは悪かった。
しかし先端技術研究所からの技術供与や、帝大へのテコ入れなどが効いて、最近の向上は著しい。
そのうえで俺が、ツボを心得た要求仕様を主導しているため、海軍機の性能も向上しているのだった。
もちろん、陸軍ともしっかり情報共有しているので、その恩恵は及んでいる。
すると今度は川島が、後島に問う。
「そういう慎二の方はどうなんだ? 太平洋戦争では、艦艇の性能こそが死命を制するんだからな」
「へへへ、それについては順調さ。なにしろ未来記憶を持つ平賀さんが、こっちの味方なんだ。前にもまして、開発は順調さ。特に空母と潜水艦は、大したもんだぜ」
後島は平賀さんと組んで、優秀な艦艇を次々と生み出していた。
前世ではただのアドバイザーみたいなものだったが、今は直接、仕様の決定に関われるのだ。
しかも未来記憶を持つ平賀さんが味方なのだから、失敗も少ない。
加えて後島の金属知識によって、ボイラーやタービンの性能は上がっているし、部品の生産性も高まった。
俺もディーゼルエンジンの開発には協力していて、潜水艦の性能向上も目覚ましい。
すると後島が、中島と佐島に話を振る。
「正三や四郎の方はどうなんだよ? 相変わらず、電気関係ではお世話になってるけどさ」
「うん、まあまあ順調だよ。やっぱ自分で仕様を考えられるのって、楽しいよね。四郎と協力して、強力な戦車を作ってるんだ」
「おう、やっぱ直接、口を出せるっちゅうのはええもんや。今世の兵器は、ごっつ強力になるで」
中島と佐島は、首尾よく陸軍技術本部の椅子に収まり、戦車や銃砲の開発に勤しんでいる。
特に史実で貧弱だった戦車も、今世ではさらに強力になりそうだ。
「健吾も順調そうだよな。謀略課はずいぶんと、大所帯になってるみたいじゃないか」
「ああ、まあな。前世ではやれなかったことも、少将になるとずいぶんとやりやすい。その分、メチャクチャ忙しいけどな」
一方、川島は参謀本部の謀略課に籍を置き、日本の諜報能力を大いに高めているそうだ。
前世では助言ぐらいしかできなかったのに比べ、今世では直接指揮が執れる。
おかげで謀略課はその組織を大きく広げ、対外工作や暗号解読についても、高い能力を持ちつつあるのだ。
そんな話をしているうちに、今後の見通しについて、川島に訊ねてみた。
「今回もほぼ順調に推移してるけど、今後はどうなるかな?」
「ああ、それなんだがな、ちょっとマズそうなことが出てきてる」
「へ~、例えば何が?」
「そうだな……一番わかりやすいのが、長門型戦艦が41センチ砲を搭載したことだな。そのせいでアメリカ国内に、日本を危険視する勢力が増えたんだ」
「え、そうなの? 英米も16インチ砲代替艦を造ったから、収まったと思ったのに」
ワシントン会議の前に、我が国は長門型を4隻も造り、しかも主砲口径を16インチ相当とした。
これに危機感を覚えたアメリカが、早々に軍縮交渉を持ちかけてきて、ワシントン条約が成立したのだ。
その過程で日本は、英米に4隻ずつの16インチ砲代替艦の建造を認めた。
主力艦の比率も英米の6割以下を受け入れていたので、納得したものと思っていたが、どうもそうではないらしい。
強力な16インチ砲戦艦を、英米に先駆けて造ったという事実が、一部の劣等感を刺激したようだ。
「しかも今年のアメリカは、大統領選だろ? ルーズベルトが景気対策も兼ねて、大規模な建艦計画を訴えてるんだ。この分だと、第2次ロンドン条約は決裂するな。しかも前世以上に、対立は深まるだろう」
「マジかよ……」
前世と同じように歴史を改編してきたつもりだったが、やはり立場が違えば状況も変わる。
前は技術者として口を出すだけだったのが、今は軍人として軍に関わっている。
そのため一部の強硬意見を抑えきれず、若干、軍の力が強まっている部分はあった。
おかげで前世よりも、アメリカの警戒感や対抗意識が高まっているのは、理解できないでもない。
「なるほどな。そうすると、前世より開戦が早まるっちゅうことも、あり得るわけや」
「ああ、前世の流れを当てにするのは、危険だろうな。四郎の言うように、戦争が早まることも視野に入れて、準備を進めるべきだろう」
佐島の指摘に、川島がうなずいている。
するとそれを聞いたみんなが、ゴクリとツバを飲んだ。
「……なんてこった。こりゃあ、大和の計画も、前倒ししなきゃな。しばらくは忙しくなりそうだ」
「うん、そうだね。僕も戦車の開発を急ぐことにするよ。ああ、レーダーや魚雷の開発も急がないと」
「おう、俺も手伝うで」
「俺も航空機の開発、前倒ししないとなぁ。ぐああ、また眠れなくなる」
俺たちが頭を抱えていると、川島が皮肉そうに言う。
「フフフ、まあ、そっちの方は任せるよ。俺の方は引き続きアメリカを探って、また動きがあれば知らせるから」
「おお、頼むぜ」
こうして俺たちは、予定外の仕事に忙殺されることになるのだった。




