幕間: 大島大佐という男
大正13年(1924年)3月 東京
私の名は大西瀧治郎。
海軍に奉職する、しがない大尉である。
そんな私は大正4年頃から、航空畑の仕事ばかりしている。
一度は中島先輩と一緒に、飛行機メーカーを作ろうとしたのだが、ひどく上司に怒られ、始末書まで書かされた。
おまけに先輩は退役を許されたのに、私だけ認められなかった。
解せぬ。
しかしまあ、海軍にいるからこそやれることもあるだろう。
せいぜい先輩の会社を応援してやろうと思って、仕事に取り組んでいると、ある上司が赴任してきた。
「塚原中佐であります」
「大西大尉であります」
「大島だ。以後、よろしく頼む」
大島祐一大佐といえば、海軍内でも有名な御仁だ。
日露戦争や欧州大戦での従軍経験を持ちながら、軍の改革にも辣腕を振るったという、異色の経歴の持ち主なのだ。
しかも東郷元帥や伏見宮大将と親しいらしく、同期の中でも飛び抜けて出世が速いそうだ。
その能力は折り紙付きというものの、はたして航空畑で役に立つのだろうか?
「さっそくで申し訳ないが、現状の海軍航空の現状について、教えてもらえるかな」
「はっ、それでは小官が説明させていただきます」
しかし熱意はあるらしく、身の回りの整理が済むと、すぐに説明を求めてきた。
私は問われるままに、現状の海軍航空について説明した。
ひと通りの説明が終わると、大島大佐は少し難しい顔で総括する。
「ふむ、我が国の航空技術は、まだまだ自立には程遠い、といったところか」
「はい、現状ではそう言わざるを得ませんね。しかし各地の帝大で、航空学科が設立されつつありますから、今後は伸びると思いますよ」
「なるほど。それは心強いな。ところで大尉は、今後の航空機はどうなると考えている?」
「「え、今後、ですか?……そうですね。前の大戦でも航空機は、偵察や爆撃に活躍したと聞きます。今後、性能が上がれば、さらに活躍の場は広がるでしょう」
大佐の漠然とした問いに、無難な回答を返すと、ぶっとんだ言葉が返ってきた。
「うん、私もそう考えている。その速度はどんどん速くなり、航続距離も大きく伸びるだろう。いずれは戦艦すら沈める爆弾や、魚雷も積めるようになるだろうな」
「戦艦をですか? さすがにそれは難しいんじゃ……」
戦艦を航空機で沈める?
そのとんでもない主張に内心あきれていると、塚原中佐も話に加わってきた。
「大佐は本気でそんなことが、できると思っているのですか?」
「ああ、大真面目だよ。たしかに戦艦は海に浮かぶ城だが、絶対に沈まないものではない。何十機もの航空機から爆撃や雷撃を受ければ、いずれは沈むだろう」
「う~ん、それはそうかもしれませんが、戦艦の主砲を上回る攻撃ってのは、ちょっと想像できませんね」
「フフフ、まあ、今はそうかもしれん。しかし技術は確実に進歩しているんだ。我々は常にそれを学び、新たな戦術を考えるべきだろう」
「はい、そうですね」
どうやら大島大佐は、我々よりもずいぶん先を見ているらしい。
この人と一緒なら、海軍航空を大きく発展させられるかもしれないな。
ちょっと楽しみになってきた。
「それから航空機の製造現場を見てみたいから、いくつか現場を案内してもらえないか? 大尉」
「ええ、構いませんよ。中島飛行機と三菱航空でいいですかね?」
「ああ、それで頼むよ」
「了解です」
ほほう、理屈だけでなく、現場の把握も怠らないとは。
これはますます楽しみだな。
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大正13年(1924年)3月 群馬県新田郡
「よくいらっしゃいました、大島大佐。じっくりと見ていってください」
「どうも、お世話になりますよ、中島社長」
大島大佐の要望に応え、さっそく中島飛行機にお邪魔した。
中島先輩も、上機嫌であいさつしている。
赴任したばかりの大佐が視察に来てくれたので、嬉しいんだろうな。
その後、先輩みずからの案内で、工場内を見せてもらう。
やがてエンジン試験場へ来ると、大佐が訊ねた。
「これはブリストルのジュピターエンジンですね」
「ええ、ライセンス生産を検討してるんですよ。なかなかお詳しいようですね?」
「個人的にエンジンが好きでしてね。いろいろと勉強してるんですよ」
「ほう、それは嬉しいですな。技術に詳しい人が航空本部にいてくれるなら、我々も助かるというものです」
「ええ、不見識な人間に無茶ぶりされると、大変ですからな」
「ハハハハハ」
大佐は思っていた以上に、機械に詳しいようだな。
おまけに軍部の事情についても、理解しているときた。
たしかにろくに技術を知りもしない軍人が、頭ごなしに命令する場合があるからな。
その辺はもっとバランスが取れないかと、思っていたものだ。
これはますます期待が持てると思っていたら、大島大佐はさらに突っこんだ話をする。
「ところで中島さん。品質の確保については、どのようにお考えですか?」
「品質ですか? もちろん精一杯、留意しておりますよ。海外の技術者からも指導を受けて、ちゃんと制度を整えています」
「そうですか。まあ、今は大した数も出ないから、それほど問題はないでしょう。しかしいざ戦争となったら、比べ物にならないほどたくさんの飛行機を、生産することになります。その時、いかに品質を維持するか。それを考えておいて欲しいんですよ」
「は、はぁ……心に留めておきます」
なんとまあ、戦時の品質にまで言及してるよ。
中島先輩はおおざっぱだから、そんなこと想像できないだろうな。
しかし言われてみれば、とても重要なことだ。
いざ量産となると、いろんな問題が発生するだろうからな。
ましてや戦時なんて、何があるか分からない。
俺も大島大佐の下で、いろいろ勉強させてもらうとしよう。
その後、三菱航空機にも行ったが、大島大佐は空冷エンジンの開発を推奨していた。
艦上機には空冷エンジンが向いているとの説は、もっともだ。
まだ航空本部に赴任して間もないのに、本当にいろんなことを知っているな。
この人なら、海軍航空を大きく飛躍させてくれるかもしれない。
及ばずながら、私も協力したいものだ。




