1.またまた明治に逆戻り
明治38年(1905年)5月末 日本海
――ドーン、ドーン、ドーン!!!
耳をつんざくような轟音に、俺は意識を取り戻した。
周囲には硝煙が立ちこめ、多くの人間がうごめいている。
その中の1人が、話しかけてきた。
「候補生どの! 大丈夫ですか? 動けますか?!」
「ぐっ、ここは、どこだ?」
「記憶が飛んでいるのですか? ここは戦艦三笠の後部甲板です。本艦は敵弾の直撃を受け、一時的に混乱しております」
「そ、そうか。俺はなんとかなるから、他の人を助けてやってくれ」
「はっ、それでは失礼します」
そう言って走りさる水兵を見ながら、俺は状況の把握に努める。
いまだに混乱しているが、彼と話している間に、自身の状況が分かってきた。
たしか俺は、前世で大往生してから、また過去へ飛ばされたのだ。
正確には、明治の軍人に転生したらしい。
俺を明治にタイムスリップさせた高位存在が、そう言っていたからだ。
それもヤツが言っていたように、赤ん坊時代を経験することなく、18歳の体で記憶を取り戻した形である。
この体はごていねいにも、前世と同じ大島祐一という名前を持ち、18年間、生きてきた。
そして海軍兵学校を繰り上げ卒業し、少尉候補生として日本海海戦に従軍しているのが、今の状況だ。
ちなみに海兵年次は32期で、同期には山本五十六や堀悌吉なんかがいる。
それはさておき、現在、我が軍は戦闘の真っ最中であり、俺の体はダメージを受けていた。
幸いにも大きなケガはないものの、体中が痛くて動けない。
しかし俺は士官候補生として、動かねばならない。
俺はなんとか立ち上がると、状況を確認した。
「状況を教えてくれ」
「はっ、我が分隊は後部砲塔の損傷につき、復旧作業を続行中です。しかし状況は混乱しており、人手も足りておりません」
「了解した。作業を続けてくれ。俺は人手について、ちょっと交渉してくる」
「はっ、お願いいたします」
俺は自分がやるべきことを考えてから、動きだす。
まずは上司のところへ行って、応援を要請した。
もちろん艦内はどこも大忙しで、人手に余裕はないが、それでも水兵を2人ほど借りることができた。
増援を連れて戻ると、俺は持ち場の補修やら、ケガ人の手当てに奔走する。
候補生のままでは、何をやったらいいかも分からなかったと思うが、幸いにも中身は100歳超のジジイだ。
今までに蓄えた知識を総動員して、なんとか仕事を片づけていく。
やがて一段落した頃には、海戦の方も終わりつつあった。
「ふう、なんとか生き残れたようだな」
「はっ、候補生どのもお疲れさまでした」
「俺は大したことしてないさ」
「そんなことはありません。とても候補生とは思えないほどの、落ち着いた指揮ぶりでした」
「ハハハ、ありがとさん。兵曹もよくやってくれたな」
「光栄であります」
そんなやり取りをするぐらいには、余裕が生まれていた。
しかし今はまだ、海戦が終わっただけなのだ。
この先の日本を勝利へ導くため、俺は考えを巡らせていた。
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明治38年(1905年)6月 佐世保
日本海海戦で勝利した連合艦隊は、いろいろと後始末をしてから日本へ戻ってきていた。
そして俺は佐世保に上陸すると、お目当ての人物を探し出す。
「よう、久しぶりだな、慎二」
「おう、祐一じゃねえか。その様子だと、お前も思い出したんだな」
「ああ、戦闘の真っ最中で、びっくりしたよ」
「ハハハ、そいつは災難だったな」
親しげに話しているのは後島慎二。
大学時代からの親友であり、前世で一緒に日本を勝利に導いた同志だ。
彼も高位存在に転生させられ、俺と同様に海軍の少尉候補生となっていた。
しかし後島は俺よりも早く死んだ分、先に記憶を取り戻していたらしい。
「他の奴らの居場所、分かるか?」
「おう、調べてあるぜ。実は他の3人は、陸軍にいるんだ。まだ士官学校だけどな」
「ふ~ん、海軍と陸軍に分けたのか。まあ、海軍ばかりじゃ偏るってことだろうな」
「そういうことだと思う。例の存在Xが、適当に振り分けたんじゃないかな」
「ん? 存在エックスって?」
「俺たちをこんな茶番に巻きこんだ、あいつだよ」
「ああ、あの高位存在か」
「そう。でも高位存在とか呼ぶのも腹立つだろ? それで”存在エックス”って、呼ぶことにしたんだ」
「それはいい。可能であれば、殴ってやりたいようなヤツだからな」
「だろ~」
例の高位存在のことは、存在エックスと呼ぶようにしたらしい。
いかにも怪しそうで、あいつにピッタリだ。
そんな話をしているうちに、後島が不安そうな顔で訊ねる。
「なあ、存在エックスの言ってた協力者って、誰か分かるか?」
「ああ、それならちょっと、心当たりがある。こんな物が、ポケットに入ってたんだ」
そう言って俺は、ポケットから紙を取り出して広げた。
それには筆書きで、いくつかの名前と一緒に、妙な言葉が書いてあった。
松方正義
閑院宮載仁
山縣有朋
伏見宮博恭
東郷平八郎
平賀譲
”未来の夢”
それを眺めながら、俺たちは頭をひねる。
「どの人も、元老や陸海軍の重要人物だよな。この人たちが、協力者なんじゃないかと思うんだ。だけどこの”未来の夢”って言葉が、分からなくてな」
「う~ん、ひょっとしてキーワードとか、合言葉みたいなもんじゃねえ?」
「あ~、それはありそうだな。この人たちの前で言えば、通じるとかか」
「ああ、そんな感じだと思う」
そんな話をすることで、俺たちがやるべきことが見えてきた。
素直に存在エックスに従うのも業腹だが、なんとかしないと日本は悲惨な目に遭うのだ。
「まったく、なんでこんなことになったんだか。だけどまあ、もう一度勝てっていうなら、やってやろうじゃねえか!」
「おう、もう一度、歴史改変だ~」
こうして状況を確認した俺たちは、最も身近にいる協力者候補に、突撃することにした。
なんとか東郷大将に面会の予約を取り付けてから、後島と共に会いにいったのだ。
「大島少尉候補生であります。本日はお時間をいただき、誠にありがたくあります」
「後島少尉候補生であります。お見知りいただければ幸いであります」
目いっぱい緊張しながらあいさつをすると、提督が不機嫌そうに答えた。
「……重要な話があるからと聞き、なんとか時間を作った。手短にしてくれ」
「ありがとうございます。それでは率直にお聞きしますが、提督は”未来の夢”について、心当たりがありますでしょうか?」
「ッ! 未来の、夢だと? なぜそれを知っている?」
例の言葉を出した途端に、東郷提督の顔が驚愕にゆがむ。
ああ、これはやっぱり、当たりみたいだな。
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