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未来から吹いた風2 《軍人転生編》  作者: 青雲あゆむ
第2章 大正編

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21.戦後の国内情勢

大正8年(1919)7月 東京


 仲間と帰還を喜び合った後は、協力者の方々とも顔を合わせていた。


「皆、無事で帰ってきてくれて、何よりだ」

「うむ、それにみんな、立派にお務めを果たしてくれたと聞く」

「戦場を体験したせいか、顔つきも引き締まったようだな」

「はい、それなりに苦労しましたので」


 山縣さんと松方さん、そして東郷さんに、ねぎらいの言葉を掛けられた。

 ちなみに一緒に出征した閑院宮殿下や伏見宮殿下も、この場に出席し、顔をほころばせている。


「今回の戦争ではそれなりの犠牲も払ったが、それ以上の成果を得られた。連合の各国からの評価は高いし、膨大な戦訓も得た。必ずや、日本の糧となることだろう」

「はい、私もそう思います。これも必死に戦ってくれた兵士と、陰で支えてくれた人たちのおかげです」

「うむ。それなりに犠牲も出てしまったが、決して無駄死にではない。彼らの冥福を祈ろうではないか」

「はい」


 その場にいる人々が目をつむり、大戦の犠牲者を悼んだ。

 今回の大戦には、日本から20万人を超える将兵が従軍したが、やはり3万人近い死者が出ていた。

 100万人単位で兵が死んでいる主要参戦国に比べれば、ぜんぜん少ないとは言える。

 しかしその死亡率は今世でも14%となり、決して低くはないものだ。


 ちなみに戦費は英仏の援助を受けたが、それでも40億円ほど掛かった。

 インフレがあったにしても、大変な出費である。

 もっとも経済が大成長しており、借金の大部分を国内で賄えているので、その負担はそれほどでもない。


 いずれにしろ、そのおかげで日本は勇敢で義理堅い国だと、国際社会で認められた。

 それに多くの日本人が、総力戦の凄まじさ、恐ろしさを目の辺りにしたのだ。

 その経験は日本が世界の列強として生きていくための、貴重な糧となるであろう。


「正統ロシアの工作は、上手くやってくれたようですね」

「うむ、君らの助言に従って、入念に準備しておいたからな。おかげで周辺の環境は、ずいぶんと安定しそうだ」

「それは何よりです。海外技術の導入も、順次すすめているのですよね?」

「もちろんだ。特にドイツはインフレが進んでいるから、いろいろ安く買えていると聞く」

「ええ、他人の不幸につけこむようですが、せいぜい買い叩かせてもらいましょう。そして日本の国力を、さらに底上げするんです」

「フハハ、史実のままでは、考えもつかんような状況だな」

「ええ、なにしろ軍備を優先しすぎましたからな」


 より先の記憶を持つ殿下たちが、苦笑いをしている。

 史実の日本は大戦景気で急成長したものの、軍備偏重のいびつな成長をしてしまった。

 その資源を国力の増強に使っていれば、どれほど豊かになれただろうか。


 その認識を共有した俺たちは、この世界で軍縮を進め、戦艦の建造も控えてきた。

 おかげで史実では年率4.6%だった経済成長が、今世では6%を超えている。

 それは戦前、製鉄や造船の能力を高めてきたため、より多くの商品を世界に売れたという事情もある。


 その結果、戦前は1200億ドルだった実質GDPは、1700億ドルにも達しようとしていた。

 それは史実よりも3割以上高い成長であり、10年ちょっと未来の経済規模になる。

 もっともその陰で急激なインフレも進行しており、経済格差が広がっていた。


「インフレは発生しているが、その影響は減らせている。我々の記憶にあるよりも、より多くの国民が幸せになっていると思うと、嬉しいものがあるな」

「うむ、載舟さいしゅう商会も、上手く機能しているようだしな」

「フハハ、皇室の評判が良くなったのは、喜ばしい限りです」


 松方さんが経済対策の成果を誇れば、殿下たちが載舟商会の働きを褒める。

 これは政府主導で国内投資を推奨した結果、史実よりも日本の工業化、都市化が進んだことを言っている。

 おかげで国民の所得は上がり、多少のインフレにも動じにくくなったのだ。


 もちろん、1次産業従事者や公務員など、所得が上がらない者もいるので、物価上昇の悪影響は避けられない。

 そんな人たちの不満が高まって、史実では米騒動などが起きたのだが、それについては載舟商会が慈善事業で対応していた。

 載舟商会はまず、国内の有望な企業に投資して、資金を稼いだ。


 なにしろ商会を立ち上げた川島は、この時代で儲かる投資先をよく知っている。

 そんな彼の指示に基づいて行われた投資は、5年もすると大きな収益を上げるようになっていた。

 商会はそれを元手にして、さらなる仕込みをしておいたので、大戦景気で莫大な利益を得たのだ。


 その莫大な資産をもって、載舟商会は慈善事業を行った。

 例えば米が値上がりした地域では、米を配給したり、炊き出しを行ったりする。

 さらに東北など、勤め先の少ないところに、製糸や機織り関係の工場を建て、優先的に貧困層を雇うこともしていた。


 これらの施策によって貧困層の不満もだいぶやわらぎ、皇室の評判はうなぎ上りだそうだ。

 おかげで戦争で大きな犠牲が出たにもかかわらず、政権の安定度も高かった。


諮問しもん委員会も、上手く機能したようですね」

「うむ、おかげで大きな混乱は避けられた」


 これも前世でやったことだが、この大戦中に国内では、首相直下の”諮問委員会”を設置していた。

 それは一般から選ばれた有識者と、各省庁から選出された少壮官僚で構成される助言機関だ。

 この委員会で国内外の情報を精査し、主に経済関係の予測を立てて、行政および民間への指導を行う。


 今回は未来を知る松方さんが、議長となって議論を誘導してくれた。

 その結果、大戦の終結時期を予測し、設備投資を抑制するよう指導していた。

 おかげで終戦に伴う発注キャンセルなどによる混乱を、史実よりもはるかに抑えられたわけだ。


 史実ではこの時期、鈴木商店などで莫大な負債が発生し、後の金融恐慌の原因となったのだ。

 それを抑制できたことで、日本は景気の落ちこみを最低限に抑え、さらに長期の経済成長を続けられる見込みである。


 さらに今回の大戦は、日本で生産できるものを格段に増やしていた。

 それは例えば、欧米に押さえられていた合成染料や苛性ソーダであり、肥料や薬品類などである。

 他にも火薬や化学繊維などの生産も始まり、かなり国内でまかなえるようになったのだ。


 その膨大な生産力は、アメリカや正統ロシア、さらには中華民国や清国への輸出となり、日本の景気を下支えしている。

 その結果、1920年には、日本は以下の成果を上げることになるのだ。



【1920年の国力】カッコ内は史実の値


実質GDP:1700億ドル(1264億ドル)

人口   :5630万人 (5582万人)

製鉄能力 :120万トン (70万トン)

発電能力 :140万kW (100万kW)

自動車保有:12000台 (9999台)

石油生産量:70万kL  (40万kL)

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― 新着の感想 ―
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