20.大戦の終結
大正7年(1918年)11月 スカパ・フロー
1917年になると、史実どおりにアメリカが参戦してきて、戦の趨勢は決まった。
そしてロシア革命が起こり、さらにドイツ革命も発生する。
10月末のキール軍港での反乱を発端とする労働者の蜂起は、ドイツ全土へと広がり、とうとう共和制の樹立が宣言された。
その結果、ドイツ皇帝はオランダに亡命し、後を受けたドイツ代表によって、連合国との休戦条約に調印がなされたのだ。
悪夢のような第1次大戦は、事実上、ここに終結した。
ただしその後には、”背後のひと突き”伝説など、ヴァイマール共和国を不安定にする原因なども残されているのだが。
いずれにしろ、未曾有の世界大戦はここに終わり、今後はヴェルサイユ会議を経て、本格的な終戦となる予定だ。
「ようやく日本へ帰れそうだな」
「ええ、早く日本食を食べたいものです」
「ああ、まったくだ」
こうしてお役ご免となった我が艦隊は、帰還の準備を始めるのだった。
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大正8年(1919)7月 東京
「無事の帰還に」
「「「かんぱ~い!」」」
無事に帰還してきた俺たち5人は、久しぶりに集まって酒盛りをしていた。
「いや~、いろいろと怖い思いはしたけど、なんとか帰ってこれたな~」
「ほんまや。周りではバタバタ、人が死んでたさかいな」
「だよね。総力戦って、ほんと怖いと思った」
「そうは言っても、俺たちは誰も大ケガをしてないだろ?」
「そうなんだよな~。これも存在エックスのご加護なのかねえ」
「呪いかもしれんがな!」
「それは言える」
「「「アハハハ」」」
そんなゆるい話をしている俺たちだったが、みんなの顔は日に焼け、精悍さを増していた。
俺と後島は駆逐艦の艦長を務め、中島、佐島、川島もそれぞれ陸戦を生き残った。
それぞれに激しい戦闘を乗り越えて、軍人としてのキャリアを積み上げたのだ。
「それにしても、ベルサイユ条約はやっぱり、ああなっちまったな」
「あれはもう、どうしようもないよね」
「スカパ・フロー自沈は防いだんだけどな~」
やはりベルサイユ条約では、ドイツに過酷な賠償を課す形になってしまった。
日本はなるべくドイツの負担を減らすよう提案をしたが、莫大な負債を抱える連合国側、特にフランスの強硬姿勢によって、天文学的な賠償が盛りこまれたのだ。
それは後の世界大恐慌も相まって、ドイツ経済をどん底に突き落とすことになる。
その苦境によってドイツ国民は不満を蓄積し、やがてナチスの台頭につながってしまうのだ。
そんな未来を変えられないことに、改めて自分たちの無力を思い知る。
一方、ドイツ国民に負担を増やすスカパ・フロー自沈は、この世界でも阻止していた。
これは1919年6月21日、スカパ・フローに抑留されていたドイツ艦隊が、一斉に自沈を行った事件だ。
抑留されていた艦艇の多くを沈め、連合国を激怒させてしまったアレである。
おかげでドイツはなけなしの艦艇を取り上げられ、総計40万トンにもなる港湾設備などを、ごっそりと持っていかれてしまう。
それらが残されていれば、多少はドイツの復興は楽になるだろうということで、事前に手を打ったわけだ。
おかげで抑留艦隊は無傷であり、余計な波風は立てなくて済むだろう。
「正統ロシアはちゃんと作れたな」
「おお、アカと国境を接っせんですむだけで、気が楽やな」
「ソ連の力も削げるしね~」
同時に日本はロシア革命に絡んで、東アジアでの工作にも成功していた。
ウラジオストックを首都とする正統ロシア大公国が、極東・東シベリアの地に誕生したのだ。
それはロシアの10月革命の後、シベリア出兵を経て成立した工作だ。
前世でもやったように、日本はアメリカと協調して、ウラジオストックを制圧し、バイカル湖方面へ兵を進めた。
さらにイギリスと協力して、ロマノフ王族を保護して、ウラジオストックへ移送する。
そのうえでロシアの白軍(反革命派)に極東への集結を促し、建国の準備を進めたわけだ。
そしてミハイル大公が君主となり、立憲君主制の正統ロシア大公国がここに成立した。
史実では各個撃破されてしまった白軍だが、日米の後押しもあり、バイカル湖より東の地域を確保しつつある。
今後は正統ロシアの守りを固めつつ、支配地の開発にも協力していく予定だ。
大戦終結で行き場のなくなった日本製品も売れるので、戦後不況の緩和にも貢献するだろう。
正統ロシアは日米の協力がなければ生き残れないので、こちらが無理を言わなければ、良い関係が築けるはずだ。
「それにしても、前世で戦争はほとんど他人事だったのに、ずいぶんと変わったもんだな」
「まったくや。まさか自分が最前線で戦わされるとはな~」
「ほんと、そうだよね。だけど戦場を肌で感じてきたから、兵器の開発に活かせるかな」
そう言う中島に、後島が感謝の言を述べる。
「そういえば、正三が作ってくれた聴音機、めっちゃ役立ったぜ。おかげでUボートを見つけて、返り討ちにできたんだ。なあ、祐一」
「ああ、そのとおりだ。フランスやイタリアの海軍が、すげえ羨ましがってたぞ。実際に駆逐艦も買ってくれたしな」
史実でもそうだったが、樺型駆逐艦は欧州でバカ受けし、フランスから大量注文が入っていた。
今世では居住性を改善し、水中聴音器まで付いているのだから、当然だろう。
聴音機はイギリスでも開発が進んでいたが、日本製の方が性能が良いと、もっぱらの評判だ。
そんな話をしていると、川島が真面目な顔で懸念を示す。
「しかしこれで、日本は世界に名乗りを上げた形になる。警戒する国も出てくるだろうな」
「ああ、それは主に、海の向こうの大国やろう?」
「そうだ。日本は経済的にも、大成長したからな。決して友好的なものにはならないだろうよ」
「じきにワシントン軍縮交渉で、釘を差してくるんだろうな」
そんな話を聞いた中島が、願望を口にする。
「なんとか緊張の緩和って、できないのかな?」
「残念ながら、それは難しいだろうな。前世でもそうだったように、アメリカは満州で顰蹙を買っている。またぞろ関係を悪化させて、日本を逆恨みする可能性が高いんだ」
「やっぱりそうなんだ。勘弁してほしいよね」
この世界でも満州に食いこんだアメリカは、現地の事情を無視した、強引な投資を進めていた。
おかげで清国との摩擦はすでに発生しており、今後、極東同盟を主導する日本と利害が対立するのは、避けられそうにない。
すると佐島が冷めた顔で言う。
「ま、この世界でもやることは変わらんっちゅうわけや。そんならせいぜい、国力は高めておかんとな」
「ああ、これからが本番だ」
「うん、またみんなで頑張れば、なんとかなるよね」
「だけど相手は、あのチート国家だからなぁ」
「たしかにな。2周目だからって、油断はできないよな。今後も気合い入れていこうぜ!」
「「「おうっ」」」
こうして俺たちは、改めて決意を固めていた。