19.第1次大戦に参戦しよう(2)
大正5年(1916年)1月 地中海
「聴音機に感あり。敵潜水艦と思われます」
「対潜警戒! 砲撃準備!」
「対潜け~いか~い! 砲撃じゅ~んび~!」
俺は今、駆逐艦”楓”の艦長として、地中海で護衛任務に就いていた。
イギリスやフランスの植民地から欧州へ向かう、輸送船団の護衛である。
史実でも日本は第2特務艦隊を派遣し、同様の任務を果たしている。
史実の日本艦隊は数こそ少なかったものの、その高い稼働率によって、連合国の輸送に貢献したという。
この世界でも日本は、1隻の巡洋艦と8隻の樺型駆逐艦を1チームとし、護衛任務に投入していた。
そして史実以上に活躍しているのだが、その秘密は日本が独自に開発した水中聴音器にあった。
これはイギリスでハイドロフォンとして開発されているもので、あちらでも艦載化が進められている。
日本でもその特許を買い、先端技術研究所で改良を進めてきた。
それを中島が、なんとか実用レベルに仕上げてくれたので、樺型駆逐艦に装備できたわけだ。
もっとも、現状では敵の存在と大雑把な位置が分かる程度で、それほど高性能でもない。
しかしこれがあると無いとでは大違いで、Uボートの奇襲を大幅に減らすことができるのだ。
おかげで史実にも増して、日本艦隊の評判は高まっている。
今も探知したUボートを探すべく、我が艦は目を凝らしていた。
やがて報告が上がってくる。
「右舷30度に潜望鏡発見! 距離およそ500」
「旗艦に”我が艦は敵潜水艦を攻撃に向かう”と連絡しろ。面舵30、両舷強速」
「了解しました。面舵30、両舷強速」
艦が回頭し、速度を増していく。
やがて進行方向に、慌てて潜水していく潜望鏡が見えた。
「砲撃開始!」
「主砲発射っ!」
主砲の12センチ単装砲が火を噴くと、前方で水しぶきが上がる。
「どうだ? 当たったか?」
「どうやらダメだったようです」
「そう簡単には当たらんか。元の配置に戻ろう。取り舵いっぱい」
「了解です。取り舵いっぱ~い」
こうして”楓”は、再び船団の定位置に戻った。
あいにくとUボートを撃破することは叶わなかったが、敵を追い払えただけでも十分な成果だ。
その後も我が護衛艦隊は、旺盛な戦意と高い索敵能力によって、輸送船団を守りつづけたのだ。
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大正5年(1916年)5月末 スカパ・フロー
ローテーションで護衛任務を交替した我が艦は、イギリスの軍港であるスカパ・フローに来ていた。
ここで休養とパトロールをこなしていると、急に出動命令が下った。
「ドイツ艦隊に動きがあるので、出動する。出港準備を急がせろ」
「はっ」
史実で言う”ユトランド沖海戦”が、始まろうとしていたのだ。
これは5月31日から6月1日にわたって繰り広げられた、一大海戦である。
なんと戦艦と巡洋戦艦だけで、イギリス37隻、ドイツ27隻という大戦力がぶつかり合ったという。
その他に巡洋艦や水雷艇なども含め、イギリスは合計151隻、ドイツは99隻もの艦艇が投入されている。
これに加え、今世では我らが金剛・比叡に、巡洋艦2隻、駆逐艦16隻も参加するのだ。
そして俺の指揮する”楓”も、これに参加することになった。
時期的にやばいとは思っていたのだが、やはり巻きこまれてしまった。
しかし参戦するからには、役目を果たさねばならない。
日本艦隊は準備が整うと、粛々と出港していった。
――ドドーン、ドドーン!!
そして戦場に着いてみれば、やはり海戦になった。
そもそもこの海戦は、ドイツが北海で偵察行動の自由を確保するべく、仕掛けた作戦だった。
なのでドイツ艦隊は、イギリス艦隊と正面から決戦するのでなく、適当に釣りだした部隊を叩くつもりだったという。
しかしその思惑は叶わず、第1次大戦で最大の海戦へと発展してしまう。
今世でもそれは同様の展開となり、5月31日の午後から、盛大な主力艦同士の殴り合いが始まったのだ。
幸いにも日本海軍は予備戦力的な扱いを受けていたので、艦隊の後方についている。
しかし戦闘と無縁でいられるはずもなく、やがて金剛と比叡の14インチ砲が火を噴きはじめた。
一方の俺たち水雷戦隊は、もっぱら戦艦の護衛に努めていた。
敵の水雷艇などによる魚雷攻撃を、阻止する役目だ。
もちろんチャンスがあれば、敵に魚雷を打ちこむつもりはあったが、艦隊司令から”あまり無理はするな”、という指示が出ていた。
あくまでこれはイギリス海軍の戦いであり、日本艦隊はいざという時の予備なわけだ。
そうこうするうちに、戦場は混迷の度合いを深めていく。
腹に響くような発砲音が交錯し、あちこちで盛大に爆発炎と煙が上がっていた。
そんな中、我が”楓”は味方に遅れまいと、必死に艦を走らせる。
途中、敵の水雷艇に12センチ砲や8センチ砲を放つこともあったが、その成果は分からない。
あまりにも視界が悪く、混乱していたからだ。
そんな戦闘を夜まで続けた後、翌6月1日未明に海戦は終結した。
後に判明した海戦の結果は、史実とさほど変わらないものだった。
イギリスは3隻の巡洋戦艦が沈み、多数の巡洋艦や駆逐艦も撃沈されている。
当然、日本海軍も無傷とはいかず、金剛が中破し、比叡と数隻の巡洋艦・駆逐艦が小破した。
もちろんドイツも戦艦2隻に、数隻の巡洋艦や水雷艇を失っているが、相対的に被害は少ない。
それはドイツ艦隊の命中率が高く、主力艦の防御を強化していた成果らしい。
いずれにしろ俺たちは、最大級の海戦を、無事に生き延びることができたのだ。
「なんとか生き残れたな」
「なんとかどころじゃありませんよ。ほとんど損傷のない我が艦は、艦隊きっての幸運艦と呼ばれてるんですから」
「ああ、他は大なり小なり、傷ついてるからな。たしかに幸運だ」
「そうですよ。これも艦長の、人徳ってやつじゃないですか?」
「さあ? 先任のおかげかもしれんぞ」
「ハハハ、それはないでしょう」
無事にスカパ・フローにたどり着いた俺は、先任将校とそんな会話を交わしていた。
彼の言う人徳には、心当たりがないでもない。
おそらく存在エックスが、なんらかの干渉をしているのではなかろうか。
それを過信するのは危険だが、今のところは感謝しておくとしよう。
こうして第1次大戦で最大の山場も、無事に切り抜けられたのだった。
2022/3/19
潜水艦への攻撃をちょっと修正。
主人公の駆逐艦が狙っているのはあくまで潜望鏡です。
実際にたまには当たることもあったものの、さすがに沈むほどのダメージにはならず、撤退に追い込む程度だったようです。
ちなみに次話でイギリスから爆雷を供与されますが、この時点ではまだ間に合っていないという設定。
史実でも1917年に、第2特務艦隊が欧州へ派遣され、現地で供与を受けてます。