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13.帝国国防方針

明治40年(1907年)3月 東京


 大胆な軍縮と軍機構の改革によって混乱していた陸海軍も、ようやく落ち着いてきた。

 ちなみに昨年末にイギリスが、ドレッドノート級戦艦を就役させ、世界に衝撃を与えている。

 単一大口径砲搭載による火力、命中率の向上、蒸気タービンによる高速性能というコンセプトは、それまでの戦艦を一気に旧式化させてしまったのだ。


 しかし日本は東郷大将のもたらした情報により、すでに同様の設計に取り組んでいた。

 すでに起工されていた筑波、生駒、薩摩の建造を中止し、再設計を進めたのだ。

 当然ながら日本には高度な技術力はなく、また半信半疑で取り組んでいたこともあり、その進捗は悪かった。


 そして世界最強のイギリス海軍が、その完成形を突きつけたことにより、事態は急変する。

 艦政本部はそれまでの主力艦の建造計画を、全て破棄。

 筑波、生駒、薩摩の計画も正式に打ち切り、新型弩級戦艦の検討に着手したのだ。


 これができたのは、山本大将を味方につけたのが大きかった。

 元々、艦隊の増強に熱心だった山本さんが、俺たちの説得によって方針を転換したのだ。

 世界最強の戦艦を作ると言って、海軍内の強硬派も丸めこむことができた。


 今後はなんやかや言い訳をつけて、金剛の建造までは国内の建造を停止する予定だ。

 おそらく金剛の建造も、史実より少し早まるだろう。



 また陸軍の4個師団削減による、兵士の復員も進んでいた。

 幸いにも国内は大規模開発の真っ最中であり、仕事には困らない。

 幹線道路の整備・舗装化、鉄道主要路線の改軌・複線化が進み、さらには製鉄・発電能力も増強されている。


 おかげで国内は好景気に沸き、雰囲気も明るかった。

 その雰囲気に押されて民間の設備投資も促進され、さらに景気が良くなるという、好循環が発生している。



 このように軍縮が進む一方で、新たに兵部省として統合された陸海軍は、国防方針を検討していた。

 これは史実でも作成されたもので、1907年の4月に上奏されている。

 その内容は、ロシア、アメリカ、フランスを仮想敵国として、国防の準備を進めるというものだ。


 ちなみにそれまでの仮想敵はロシアを筆頭に、ドイツとフランスだったのだが、アメリカがにわかに浮上してきた。

 はたしてこの時点で、アメリカを仮想敵に据える必要があったのかといえば、かなり疑わしい。

 アメリカは日露戦争時、資金調達を支援してくれたし、講和の仲介までしてくれたのだ。


 しかしロシアの脅威が大きく低下したため、海軍はアメリカを新たな敵と定めた。

 その時、敵対すらしていなかったアメリカを仮想敵国にしたのは、海軍の力を増すための方便だったと言われても、仕方ないだろう。

 実際に史実の海軍は、身の丈に合わない艦隊拡張計画を進めたのだから。


 もっとも当のアメリカが、1904年から1907年までの間に、11隻の戦艦を新造してのけたのだから、海軍の危機感も分からないではない。

 おまけに16隻の戦艦を基幹とするグランド・ホワイト・フリートを、日本に回航させ、海軍力を誇示してもいる。

 その結果、日本は狂ったような建艦競争に、参加することになってしまった。


 この時にあえて軍縮をし、外交によって緊張を緩和していればと、思わずにいられない。

 そんな話を俺は、集まった協力者たちに話していた。


「なるほど、あれにはそんな背景があったのか」

「まあ、気持ちは分からんでもないが、賢い選択ではないな」

「ええ、まだまだ貧しい日本が、何も産み出さない軍備に金を掛けるのは、愚策だったと言わざるを得ないでしょう」


 すると山本大将が、楽しそうに言う。


「うむ、幸いにも周辺国との関係は良好だ。この隙に国内の投資に集中して、より大きな果実を得るべきだろうな」

「ですな。そして金剛型と長門型を造れば、日本も舐められることはなくなる」

「フハハ、世界最強の戦艦ですからな。楽しみですなぁ」


 東郷さんと伏見宮殿下も、それに賛同して、顔をほころばせている。

 彼らとはすでに、金剛型と長門型戦艦を、それぞれ4隻ずつ造る計画で合意していた。

 長門型が2隻多いが、それでも史実より格段に少ない。


 何しろ日本は金剛型と長門型以外に、6隻の前弩級戦艦に2隻の弩級戦艦(河内、摂津)、4隻の超弩級戦艦(扶桑、山城、伊勢、日向)を造ったのだ。

 さらに建造中止もしくは空母転用となったが、加賀型2隻と天城型4隻を起工し、8隻の超弩級戦艦も計画していた。

 仮に弩級と前弩級戦艦の価格を1千万円、超弩級戦艦を5千万円とすると、全部で10億円弱になる。

 (実際には八八艦隊だけで、16億円の予算を計上)


 第1次大戦前の、日本の国家歳入が年7億円前後なのに、それを軽く上回っているのだ。

 まさに狂気の沙汰と、言うほかない。


 そこで前世でもやったように、どうせワシントン軍縮条約でムダになるのだから、金剛型と長門型だけを建造しようと提案した。

 金剛型も長門型も、就役時は世界最強クラスの戦艦で、太平洋戦争でも活躍すると言ったら、提督たちも納得してくれたわけだ。


 このように軍備を極力おさえ、かつ満州や韓国にほとんど利権を持たない状況で、国防方針はどうあるべきかを話し合った。

 その結果、大筋は以下のようにまとまる。


・陸軍はロシアを仮想敵国としつつ、朝鮮半島の防衛に専念する。

 当面は兵数は増やさないが、兵器の高性能化・機械化を進め、戦闘能力を向上させる。

・海軍は新型戦艦の検討を進めつつ、国内の製鉄・造船能力の増強に努める。

 主要な仮想敵国はアメリカとなるが、現状では対抗しようがないので、外交によって関係を維持する。


 現時点では内々の非公式な方針である。

 しかし協力者には元老や将軍、皇族までいるのだ。

 日本の国防方針をそちらへ誘導することは、さほど難しくないであろう。


 まずは日本の国力を高めながら、軍備や兵制を整えていくのだ。

 俺たちは改めて、それを誓いあった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


明治40年(1907年)4月 東京


 史実とは全く違う帝国国防方針が、天皇陛下へ上奏される頃、俺と川島はある人物を訪ねていた。

 その名は北里柴三郎きたざとしばざぶろう

 ”日本の細菌学の父”とも呼ばれる人物だ。


 俺たちは松方閣下、山縣閣下からの紹介状を持ち、彼に面会を求めた。


「松方閣下と山縣閣下からのご紹介ですか」

「はい、実は先生にお願いがあってまいりました」

「ほう、私にできるようなことですかな?」

「はい、先生なら可能だと信じております。実は――」


 その後、山本さんを口説いたように、俺たちが断片的な未来の記憶を持つことを、打ち明けた。

 最初は可哀想な人を見る目を向けられたが、ある情報を出すと、北里博士の目の色が変わる。


「イソニアジドが、結核に効くですと?」

「はい、菌が耐性をつけやすいので、完全ではありませんが、現状よりはよほど改善するはずです」

「なんと……」


 これで興味を持ってくれた博士に、俺たちはモノになりそうな医療知識を伝えていく。

 それは例えば、


”青カビから強力な抗菌作用を持つ、ペニシリンという抗生物質ができる”

”地中の放線菌から、ストレプトマイシンという結核の特効薬ができる”

脚気かっけには、鈴木梅太郎が開発するオリザニンが効く”

”ハンセン病は、簡単には伝染らないので、隔離政策はやめるべき”


 などといったものだ。


 正直、詳しいことは分からないので、大雑把な話ばかりである。

 しかしその情報は今後、確実に医療環境を改善させ、日本の国力を高めるであろう。

 俺たちはそれを北里博士に託して、研究所を後にした。

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