9.閑院宮殿下との会談
明治38年(1905年)12月 東京
海軍大臣の山本さんとの会談は成功し、暫定的だが協力を得られることになった。
そして俺はさらに、大陸から帰還してきた閑院宮載仁少将とも、会談をもった。
「海軍少尉の大島であります」
「うむ、閑院宮載仁である」
山縣さんがセッティングしてくれた会談の席にお邪魔し、あいさつをする。
閑院宮殿下は、御年40歳の陸軍少将である。
ちなみにこの場には、陸軍側の説明役として、川島も同席していた。
最初に乾杯をした後は、料理をつつきながらしばし世間話をする。
やがて閑院宮殿下が、おもむろに切り出した。
「それで、今日は重大な話があると聞いてきたのですが?」
「うむ、それについては、こちらの大島から説明をさせます」
そう言って山縣さんに促された俺は、例の言葉を口にする。
「はっ。それでは失礼ながら、殿下は”未来の夢”、という言葉に心当たりはありませんでしょうか?」
「未来の夢、だと?……おお、なんだこの感覚は」
その効果はすぐに現れた。
実は閑院宮殿下に対しては、すでに川島が試していたのだが、効果は無かったそうだ。
そこでもしやと思って、俺が呼ばれたのだが、やはり俺が言う必要があったらしい。
殿下は急激に情報を得たことで、しばらく混乱していたが、やがて気を取り直した。
「君の言葉を聞いた途端、40年後までの記憶が鮮明になった。それまではもやもやとした、夢のような記憶だったのだが」
「やはりそうでしたか。その記憶は、殿下がこれから歩む未来なのです。そしてその未来では、日本はアメリカと戦争になり、辛酸を嘗めることになります」
「うむ、どうやらそのようだな。なぜアメリカとなど、戦うことになるのか……」
殿下のうめくような問いに、俺は答える。
「その要因はいろいろとありますが、日露戦争の勝利に浮かれた軍部が、暴走してしまうのが要因のひとつです」
「……こうして客観的に未来を見てみると、それは否定できないな。ならば我々は、どうすればいいと思う?」
「はい、まずは軍縮をし、浮いた資源を国内の開発に投入します。そして国力を高めつつ、軍の改革も行わねばなりません」
「それは、具体的には?」
そう問われ、俺はすでに提案している案を説明する。
陸軍では4個師団を削減し、海軍は主力艦の建造を一時停止。
そこで浮いた資源を国内に投入し、インフラの整備や、製鉄・造船能力の向上を目指すのだ。
さらに陸海軍を兵部省の下に統合し、統合幕僚本部を設置する。
そして統帥権は、首相もしくは内閣の輔弼を受けて行使するという、憲法への明文化などだ。
それを聞いた殿下は、腕組みをして唸り声を上げた。
「う~む……ロシアの脅威が減じた今なら、師団の削減も可能か。しかし陸海の統合はいいとして、統帥権を首相が輔弼するというのは、賛成できんな。軍が政治屋の指図を受けるなぞ、とても容認できん」
「しかし殿下。これからの戦争は、国家が総力をもって戦うようになることは、お分かりでしょう。そんな状況で政治や外交の掣肘を受けず、勝手に陛下に軍令を突きつけた結果、太平洋戦争は起きるのですよ」
「むう……あれはそういうことになるのか」
殿下は額に手を当てながら、しばし考え、再び問う。
「海軍の反応はどうなのだ? 陸海の統合には反対すると思うが」
「はい、東郷大将にはご理解いただいております。ついで山本大将にもお話をしましたが、前向きに検討してもらえるようです」
「なんと、本当か? あの海軍至上主義の御仁が賛成するとは、とても思えんのだがな」
「もちろん、海軍が陸軍に飲みこまれることは、ご懸念されています。そうならないよう、統合幕僚本部の仕組みについては、配慮する必要があるでしょう」
「あの人がその程度で、本当に納得するのか? まあ、いい。他に協力者はいるのかね?」
「元老の松方閣下と海軍の伏見宮殿下が、我らと同じ未来記憶持ちです。山本大将は違いますが、説得のために事情を話しました」
すると殿下が顔をしかめる。
「未来記憶が無ければ、理解は難しいのではないか?」
「いえ、意外と理解的でしたよ。まあ、来年の2月にエクアドル沖で地震が起きると、言ったからですけどね」
「ふむ、それが実現すれば、信じてくれるという寸法か。しかしどうしたって、我らと同等の危機感は持てんだろう」
「はい、それは仕方ないと思います。しかし海軍を動かすには、山本大将の協力は欠かせないので、あえて明かしました」
「まあ、そうだろうな。彼の協力は、無いよりはあったほうが、絶対にいい。いずれにしろ、これから忙しくなりますな」
殿下がそう言うと、山縣さんがすかさず頷く。
「そうですな。まずは大山さんや児玉くんに相談して、協力してもらいましょう」
「ええ、あの2人なら、軍縮には賛成してくれるでしょう。それ以外も、ちゃんと説明すれば分かってくれるはずです」
満州総軍を指揮している大山巌元帥と、参謀長の児玉源太郎大将は、まだ大陸にいた。
来年には帰還するので、それを巻きこもうというわけだ。
ここで俺は、児玉大将について提案する。
「たしか児玉大将は帰国後、総参謀長に就任しますよね。しかし激務のせいか、来年末には亡くなってしまいます。そこでもっと後方に回して、体調にも気を配るべきだと思うのですが」
「ああ、そういえばそうだったな。たしかに児玉くんは貴重な存在だから、できれば長生きしてもらいたいものだ」
「私も賛成です。大山元帥に相談してみましょう」
児玉大将といえば、日露戦争を勝利に導いた立役者と言ってもいい人だ。
しかし史実で彼は、1906年に総参謀長になったはいいが、その年のうちに脳溢血で死んでしまう。
彼ほど聡明な人間なら、日露戦争後に軍縮を実行していただろう。
しかしその死によって、陸海軍のタガは外れ、軍縮どころか軍拡に走ってしまうのだ。
そこで前世では、彼を軍大学の校長にして、体調に配慮した結果、10年以上も寿命が伸びた。
この世界でもぜひ、長生きしてもらいたいものである。
ここで殿下が、改めて問う。
「ふむ、それで仮に、軍縮や軍の統合が成ったとしよう。そこから君らは、どう動くつもりだ?」
「私は官営の研究所を設立して、そこで科学技術の向上を図ろうと考えています。私の他にも3人は、技術に詳しい者がいますので」
「なるほど。技術の向上は、国力増強には欠かせないからな。それでは川島くんは?」
すると川島が背筋を伸ばして、お願いをはじめる。
「実はそのことについて、殿下にお願いがあります。殿下のお名前をお借りして、商会を立ち上げさせて欲しいのです」
「商会だと? なぜそんなことをする?」
「狙いはふたつあります。ひとつは商会で上げた利益によって、慈善事業を展開します。それによって社会を安定させ、皇室の名誉も高めたいのです」
「ほう、それは大した志だが、そう簡単に利益が上がるものか?」
すると川島は自分のこめかみを差しながら、自信満々に言う。
「私の頭には今後、伸びる事業や会社の名前が詰まっています。そこに投資するだけで、莫大な利益が上がるという寸法です」
「なるほど。そういうことなら、可能かもしれんな。しかしあまり、アコギな真似はするなよ」
「もちろん心得ております。それともうひとつの目的は、支店を世界中に展開することにより、情報を収集することです。私はそちらの知識にも、心得がありますので」
「ほう、大したものだな。よかろう。私の名で商会を立ち上げると共に、陛下にもお願いしてみよう。皇室予算からお金を出してもらえるかもしれない」
「はい、よろしくお願いします」
「うむ、こちらこそ頼む」
こうしてまた1人、心強い味方が増えたのだった。