第八話 父と子
暴力表現注意の回となっております。
苦手な方はご注意ください。
「そうか。純代が……」
有利は純代が消えてすぐに純代の死を察知した。純代の魂を瑞世に回収させ、新しい依り代へ落とす。純代が壊れた。ということは有馬に危険があったというわけだ。有利はすぐに別の式神を有馬のもとへ転移させ、有馬の身を護るように命令を下した。
それから三時間ほどが経過した。屋敷が騒がしくなり、有利が表へ出るとそこには全身血まみれで涙を流す息子の姿があった。華子に抑えられ、今にもまた誰かを殺しそうな勢いの有馬を有利は拘束した。
華子から事情を聴くと普段の有馬からは考えられない行動をしていた。純代が消えてすぐに有馬は霊力を暴走させた。暴走した霊力は有馬へ矢を射った敵を察知した。有馬はその敵に向かい一直線に走り、殺した。殺しの場面を見た者はない。だがそれでも無惨な殺されたかをしたのだと誰もが察するほど遺体は酷く損傷していた。
有馬は相手が死んでいると分かっていても、それでも踏み続けた。内臓が抉り出て、目玉が飛び出て、血が溢れて。華子は流石にまずいと思い有馬のことを拘束した。それでも暴れている有馬のことを一旦気絶させ、屋敷へ連れ帰ろうとしたが賀茂住吉に止められた。事情聴取をしなければならないから、とのこと。華子は術で有馬の脳内を覗き込むとそこにはやはり相手を無惨に殺していた。どれだけ叫んでも、どれだけ違うと叫んでも有馬は止まらない。死んだ相手は最後に「三角様」と言葉を残した。恐らくそれがトリガーとなり相手は死んだ。
〝三角〟
華子の脳内でその名前が付く者はただ一人のみ。華子はそのことを住吉に話さず、それ以外のことを供述した。事情聴取を終え、遺体の回収は解剖をするとのことなので賀茂家が処理してくれることになった。華子はすぐに移動式神に乗り込み、有馬と共に屋敷へ戻るがその途中、有馬が目覚めてしまった。
そして今に至るのだ。
「春世。有馬を私の部屋に」
「で、ですが……」
「いいから。部屋に彰斗と和紗ちゃんを近づけるな。いいな?」
「……はい」
瑞世に着替えを持つように指示し、華子と共に暴れる有馬を有利の部屋へ連れて行く。道中、誰にも会わぬよう式神を動かし、和紗と彰斗を有利の部屋から一番遠い場所へ連れて行くようにした。有馬はきっとこの姿と友に見られたくない。そしてこの有馬を和紗に見せるには早すぎる。有利の判断は正しかった。
「はな、せ。離せよ父上!」
「離さない。有馬、少し落ち着け」
「落ち着いていられるかよ! 純代が、純代が死んだんだぞ⁉」
「純代のことは分かっている。だが有馬も知っているだろう? 第七式神は……」
「んなの昔から分かっている! 純代は元に戻る。でも僕と過ごした記憶はないんだ! それが僕にとってどれだけ悲しいことか父上に分かるか⁉」
有利にとって、式神はただの道具じゃない。名を付け、我が子のように育ててきた有馬と同じ気持ちを持つただの子供。その子供が死んで悲しくないわけがない。それでも有利は有馬の前でそれを出さなかった。有利は今まで沢山失ってきた。妻も、友も、子も、仲間も弟子さえも失った。それでも有利は折れることができなかった。有馬がいたから、式神という偽りの子がいたから。
有利はかつて、有馬にこう伝えた。
〝式神の生命は主人によって変わる。有馬。式神を大事にしなさい〟
近年式神を荒く、道具のように使う陰陽師は多くいる。その陰陽師の式神は神堕ちをし、主人を殺した。有利は有馬にそんな陰陽師になってほしくなった。だからずっと傍にいる式神を変えずに愛させた。この行為が後に有馬を不幸にさせることを分かっていても有利は有馬にそうさえた。有馬もきっと分かってくれると思ったからだ。
「有馬」
「……」
「式神の命は儚い。主人を守り、主人が死ねば己も死ぬ。それでも式神が主人を守ろうとするのは、大事にするのは何故か分かるか?」
「……自分を生んでくれたから」
「たしかにそれも一理ある。だがそれは違うな」
「なら、なんだよ」
「式神は鬼神の魂を依り代に下ろしたものだ。鬼神は自分を生んでくれたからと言って守ったり、感謝はしない。式神が主人を守ろうとするのは〝愛してほしい〟からだ」
「あい、して」
「愛して、愛されて。こうして式神は強くなり、主人を守る。純代は式神としての使命を果たしたと同時に式神として一番良い死を自分の意思で選んだ。分かるか?」
「……うん」
「一度死ねば二度と同じ式神は作れない。それでも式神を愛してあげなさい。自分のためじゃない。相手のために」
「うんッ」
有馬の目からは涙が零れた。彼の心に殺意はもうない。今あるのは純代の死を思う優しい心と守ってくれて、ありがとうという感謝の気持ちしかなかった。
「純代、ありがとう……」
有利は有馬の頭を撫で、自分の部屋ではなく有馬の部屋へ足を向けた。有馬はもう大丈夫。心配はいらない。
見守ってくれてありがとうな。世界。
体が浮き、透けている彼女は優しく微笑み淡い光を出し消えた。
「師匠! 有馬は……」
「もう大丈夫だよ。今日の修行はなし。あとで遊んであげなさい」
「うん」
有馬の部屋に急いで来た彰斗に有利はそう言った。彰斗の額には汗が滲んでおり、有馬を心配していた気持ちが強く出ている。そんな彰斗の後ろには不安そうにしている和紗がいた。有馬の部屋に入る彰斗に着いて行くことができず、その場で立ち尽くす和紗に有利はそっと背中を押した。
すると不安そうな瞳を向ける和紗に一つ頷くと和紗はゆっくり有馬の部屋に入って行った。
有馬はもう大丈夫。優しい家族と仲間がいるからね。だから安心して。世界。
君の代わりに俺が必ず、有馬のことを守るよ。たとえ傷つけてもね。