第七話 第七式神
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「……純代」
「おはようございます坊ちゃま。お目覚めはいかがですか?」
「それよりも何故僕がここにいる? 蔵の前にいたはずだが?」
「有利様が運んでいらしたのですよ。蔵の前で眠ってしまわれていたのでね」
「父上が……」
父が自分のことを気にかけてくれた。運んでくれたという事実に有馬は喜んだ。そんな様子を見た純代は有馬の不純さと、健気さに胸を打った。
「坊ちゃま。賀茂家より式が届いております。第二試験のご連絡です」
「ついに始まるのか。日程は?」
「二日後、賀茂家第三分家の本邸にて行われます。それと有利様より華子を共に連れていけとの命が出ております」
「父上の式神を二人も? 父上にしては入念すぎじゃないか?」
「坊ちゃまのことを心配していらっしゃるのですよ。そのお心受け取ってくださいませ」
「分かった。僕は試験に向けての会議を行うから華子を連れて来い」
「承知いたしました」
賀茂家次期当主候補試験。試験は大きく分けて三つ受ける。
次期当主候補に年齢制限などはなく優秀な者全てに受ける資格がある。有馬は試験を受ける賀茂流陰陽師の中で最年少だ。最年少故に新鮮さと健気な努力、日々の任務態度より一番次期当主に近いと言われている。父、有利が次期当主であったのもあるからだろう。誰よりも期待され誰より努力していた。
有馬は期待に応えるように入念に準備を進め、第一試験を勝ち抜いた。次期当主候補第一試験では百人試験を受けたが半数以上がここで脱落した。第一試験を勝ち抜いた者の中には有馬の次に若いと言われる男、賀茂水唆がいた。水唆は有馬よりも先に陰陽師見習い試験を突破し、賀茂流陰陽師として活動している傑れた陰陽師。だが性格が悪く、自分よりも年上の陰陽師の手柄を横取りした疑いのある噂が流れたことにより信頼が落ち、今ではかつて劣っていた有馬の方に軍配が上がっているほどだ。
「坊ちゃま。華子を呼んで参りました」
「有馬様、お久しゅうございます。第七式神華子でございます」
「よろしく頼む。では始めよう」
有馬、純代、華子の三人が次期当主候補試験第二試験に向けて、会議を行った。どのように有馬に付くのか、誰が何の役割を担うのか入念な会議を行った。会議が終了し、有馬が修行に出ていくと純代と華子は第二の会議を行った。この試験には裏があると考えている有利の意見を飲み、何かがあると推定して、どのように有馬のことを守るかの会議だ。
この会議は有馬を含んだ会議よりも長く、長く行われた。
「ではそのように進めます。純代さん」
「何か不安でもありますか?」
「……我ら第七式神は、壊れても魂は残るように旦那様が設計してくれております。躊躇せずに参りましょう。たとえ記憶が消えても……」
「ええ。そうね。坊ちゃまが生まれて十二年。共に過ごしてきた記憶が消えるよりも坊ちゃまのお命を守るのが私達第七式神の宿命。大丈夫よ。躊躇しないわ」
「……純代。大丈夫よ。有馬様は第七式神でなくても覚えてくれているわ」
「そうね」
有利の作った式神は全部で九つに分かれている。その中でも第七式神は主に有馬のことを助けるように有利が設計した式神だ。破壊されても魂は残るように設計され、また別の依り代に移すことができる転生型。
これは幼い頃、有馬が刺客により破壊され様変わりしていく式神を嫌ったことにより作られた。第七式神は有利の作った式神の中でも〝特別〟だった。それは父が子を思う愛が入っているから。
純代は元々第六式神だった。だが自らが志願し、第七式神へと変形してもらった。それにより第七式神の中の誰よりも有馬の傍におり、支えてきた有馬にとっていない母のような式神。故に壊れた時の有馬の精神的苦痛は大きいと考え、純代は戦闘より外されてきた。でも今回、有利は「外れろ」と命令しなかった。有馬がもう大丈夫だと考えているのだろう。陰陽師として活動し、何度も仲間を失ってきた。その度に折れて、折れて、折れて。それでも何度も立ち直った有馬を見て、有利はもう有馬に式神の心配はいらないと思ったのだろう。純代は壊れる覚悟をした。魂は転生するが、今の純代は壊れれば消える。だがそれでもよかった。純代にとってはもう十分過ぎるほど有馬の傍にいれた。
「坊ちゃま。純代はいつまでも貴方のお傍に」
第二試験開始まで残り二日。純代は有馬の傍にいられることを幸福だと神へ感謝し、世話を続けた。
「行ってくる」
「おう。頑張って来いよ! 有馬!」
「うん」
移動式神に乗り込み、有利と純代、華子は賀茂家第三分家の本邸に向かった。空にはいくつもの移動式神が飛んでおり、会場へと向か陰陽師が沢山いた。分家の本邸へ到着すればそこには狩衣を着た陰陽師は数十人。その中には見知った顔も沢山あった。
「お、有馬じゃないか!」
「お久しぶりです叔父上。お元気そうで何よりです」
「有馬も元気そうだな! おや? 今回は兄上の式神を二体も連れているようだな?」
「父上からの命だそうです。ですが大丈夫ですよ。今回の試験は式神は関係ありませんので。それに私は式神で不正などしませんよ」
「お前が不正をするなんて思っていないさ! それじゃあな。第二試験まではお互いに精一杯頑張ろうな」
「……はい」
嫌味を含んだ言い方をする叔父に、賀茂流の陰陽師であることを再確認した。あの有利の弟。曲者ではない理由はそれだけで十分。有馬はたとえ叔父だろうと当たれば手加減はしない。そう考えていた。ぼうっと試験開始を待っていると嫌な声が聞こえてくる。
「よお、有馬」
「……水唆」
「様を付けろよ、様を。俺はお前よりも年上だぞ?」
「同じ賀茂流陰陽師になれば様を付ける必要はない」
「かってぇ頭。年上を敬うのに地位なんて必要ないんだよ。分かったか?」
「分からないな」
「チッ」
舌打ちを吐き、機嫌悪そうに離れて行った水唆のことを使用人が申し訳なさそうに頭を下げながら追いかけて行った。可哀想な人だ。あのような男に振り回されて。
水唆との遭遇に有馬は少しイラつきながら待機していると試験内容の説明に入った。
第二試験。内容は「素手での戦闘」だ。式術や霊神術を使用することは禁止されており、本当の意味で自分の力だけで相手を倒さなければいけない。この試験は有馬にとって不利だった。体が小さく、相手の力だけで押される可能性があるからだ。だがこの第二試験には大きな穴がある。〝霊符を使ってはいけない〟というルールがないからだ。
頭の回る者であればすぐに気づけること。霊符の付与効果で身体能力を向上すれば有馬にも勝機はある。ここで折れるわけにはいかないのだ。
「それではこれより、対戦相手のくじ引きをしてもらいます!」
列に並び、順にくじを引く。有馬の番号は二十。一番最後となった。相手は賀茂流陰陽師の分派、八十八流陰陽師 廉田文親。最近功績を上げ名の知れた陰陽師だ。有馬よりも年は十個上で、体格も二回り大きい。
相手と横並びになり握手をした。手も二回り大きいし有馬のことを若干舐めた目で見ている。たとえ期待されている陰陽師といえ所詮十二と幼い子供。相手にとって術が使えない第二試験を簡単に突破できると思っているのだろう。そうであれば有馬の思うツボ。
「おお。これはすごい」
賀茂流陰陽師 賀茂住吉により会場となる本邸の大きな一部屋。障子も襖も取り外された畳の部屋を囲うように結界が張られた。本邸を壊さないための措置だ。それにしても高度な結界術。これでは中にいる二人が術を使用し結界を攻撃したとしても破れることはないだろう。流石かつて〝結界術師〟と名を馳せたあの人と並ぶ結界術師。このような場所で使うのは勿体ないほど。
そんなことを考えていると一組目が終わった。結界の一部が開き、そこから二人が出てくると同時にもう二人、入った。それを繰り返すこと十八回。十九組目が終わり、次は有馬と文親の出番。
今まで霊符を使い、身体能力を向上させた者はいない。水唆は結界を使った。素早さで第二試験を勝ち切った。その余裕なのかにやにやと有馬のことを見ている。結界の中は澄み切った霊力で溢れており、心地よい。
「二十組目、開始!」
開始の合図があったと同時に有馬は懐より霊符を取り出し、体に付与した。これには文親や他の陰陽師もどよめきを隠せていない。だが審判をしている陰陽師から違反の声は出ない。やはりこれはこの試験の穴であり、これを見つけるか見つけないかで大きく違う。年齢に差のある試験なので、誰でも勝てるように作られたルール。有馬は口端の上がりを隠せない。だが文親もそれだけで負けるような男ではない。雄叫びを上げ、有馬からの攻撃を裁き、自身も攻撃へ移る。
有馬は純粋に楽しかった。ただの殴り合いが楽しいわけではない。経験も、知識も力もある相手に立ち向かえている自分に浸り、相手を追い込んでいるこの状況が楽しかった。五分。有馬と文親の対決はものの五分で片が付いた。二十組目はどの組よりも早く、どの組よりも展開の動きが大きい戦闘だった。
「ありがとう」
有馬は文親へ握手を求めたが文親はそれを振り払い、結界内から出て行った。流石に大人気なかったか、と有馬は反省しながら自身も結界を出る。外では純代が嬉しそうに手を振っているのを華子が注意していた。そんな光景に笑っているとふいに心臓付近が痛む。痛みはどんどん強くなって、冷や汗が止まらない。
有馬の様子に違和感を覚えた純代は有馬に駆け寄るがそれよりも先に有馬へ向け矢は射られた。使用人より上がる悲鳴。華子は純代の体を押し彼女のスピードを上げた。
純代が矢へ追いつくのが早かったか矢が有馬へ追いつくのが早かったか。奇跡が起きるのなんて五分五分で、有馬に誰よりも近い文親は対戦相手が暗殺されそうになっている光景に身動きができていない。
「すみ……よ?」
「坊ちゃま。ご無事ですか?」
有馬へ放たれた矢は純代の体へ射られていた。ほんの数秒。純代は生きた心地がしなかった。自分が大切にしている人が死ぬかもしれない。その事実が怖くて、助ける一心で駆け寄って助けることができて。純代は満足していた。
式神は血液がない。人の形をしていても人ではないからだ。それ故に壊れる時は何も残さず消える。式神に寿命はない。式神の死は〝主人を失うこと〟と〝壊されること〟だ。
純代の体は有馬の無事という返事を聞くことがなく消えた。呆気なく〝死〟を迎えた。
「有馬……様……」
「うわぁあああああああああ!」
何も残らなかった純代がいた場所に蹲る有馬。
どれだけ優秀で、傑れた陰陽師だと言われていても所詮は十二の子供。それを文親含め周りが自覚したのは皮肉にも、有馬が大事にしていた式神の死がきっかけだった。