第五話 陰陽師と妖怪
今週ぎりぎりいけました!次は来週になるかな……。
和紗の封印が解かれてから数日が経過した。
和紗はすっかり回復しており、元気になっていた。そんな和紗を見て雪代は安心し、彰斗は心底喜んだ。和紗が帰ってきたあの日から有利、そして有馬がまだ帰ってきていない。賀茂家で問題が発生したと彰斗宛に式が飛んできたがその問題が何なのか彰斗には分からない。一度だけ、陰陽師機関に連絡してみたが「知らない」やら「機密事項だ」しか言わず、彰斗がイラついていた中の和紗の回復。喜ばずにはいられなかった。
そんな彰斗は和紗に、妖怪が見えるかどうかの実験を行っていた。
「これ見えるか?」
「……うん。ぼんやりだけど」
「まだ見妖の才が体に馴染んでないんだ。焦らなくていいぞ」
「お兄ちゃん。妖怪っていうのは、陰陽師っていうのは何なの?」
「え。まだ聞いてないのか⁉」
「うん……」
「あのバカ師匠! 仕方ねぇ。俺が説明してやる」
和紗は手を引かれ彰斗の部屋へと入った。そこには沢山の武器や長方形の形をしている書きかけの紙、そして袴が置かれていた。見たことのないものばかりで溢れた彰斗の部屋に和紗は興奮せざるにはいられなかった。うきうきしながら部屋を見渡していると彰斗はとある本を取り出しそれを和紗に渡した。
「これは?」
「陰陽師と妖怪の因縁について記してある本だ。この本には難しい漢字が多く使われているからな。俺が読んでやる。ほら、ここに座れ」
和紗は座布団の上に座るとそこすぐ後ろに彰斗が座り、和紗に本が見えるように開いた。そこにはつらつらと文字が並んでおり、絵などは一切ないように見える。
「この因縁が始まったのは千年前。二人の男女の恋物語から始まったんだ」
千年前。都から離れた場所もとある男女がいた。
一人は女陰陽師。一人は鬼と人の子半妖であった。二人は女陰陽師、安部晴海が受けた任務により出会った。
祓うことに特化している術式を持つ晴海は今は滅びた陰陽師安部流本家の陰陽師。討伐依頼のあった妖怪を祓うのはたやすいことだった。だがそこにはもう一体、別の妖怪がいた。妖の名は亜郡童子。陰陽寮でも噂になっていた〝人を喰らう〟ことをせず優しく接し、食べ物を与えている妖怪だと。
晴海は亜郡童子の人柄に惹かれ、陰陽師という確立された地位を捨て、一緒になった。
陰陽師と妖怪の争いの種となったのは二人の間に生まれた子供だった。
子供の名は梓紗。陰陽師と鬼の力を色濃く継ぐ異例の子だった。本来、半妖と人が繋がれば全ての力が合わさり、失われるはずだった。だが生まれた子はそれを失うどころか強化し、生まれてきたのだ。
生まれてきた子を陰陽寮と鬼の一族は欲しがった。それにより争いとなったのだ。
次第に他の妖怪も争いに加わり、少しの交流のあった妖怪は全て抹消対象となり、二つの間に大きな壁ができたのであった。
梓紗は二つの大きな力に耐えることができず争いの最中息絶えた。
梓紗が死んだ後の晴海や亜郡童子行動は誰も分かっていない――。
「これが因縁の始まりだ。分かったか? 和紗」
「……うん。可哀想だね」
「そうだな。だが大抵の人はその可哀想という感想を抱かない。妖怪への復讐心を胸に抱くのさ。名家以外で陰陽師になるのは肉親を妖怪に殺されたか、陰陽師に拾われた者のみだ。そりゃこの話を聞いて可哀想だって思わないわな」
「そうだね。お兄ちゃんはどう思ったの?」
「俺は別にどうも思わなかったな。ただの争いの種って認識しかねぇ」
「そっか」
「よし。次は諸々の説明をしてやるよ! これを見てくれ」
「これ、何?」
彰斗は長方形の紙を手に持っている。その紙は先ほどの書きかけではなく完成しており色々な文字が書いてあり、和紗には読めそうにない。彰斗はその紙を和紗の手に乗せた。
「これは霊符。俺みたいな見習いも卒業できない下級陰陽師は基本的にあらかじめ作っておいた霊符を使って戦う。この霊符の場合だと防御。霊力の込め方により付与効果が変わるんだ。和紗もやってみるか?」
「……ううん、やめておく」
「そうか。次は見妖の才だな」
彰斗は次々に和紗に説明を始めて行く。
見妖の才。この才により低級、中級の妖怪は大抵見えるという。階級が上になればなるほど才が強くなければ見えることはできない。この才が強ければ〝才ある者〟と言われるようになる。
霊力。己の体に宿る第二の心臓とも言える大事な力。誰しもが持っている力で自覚しているか、していないかで大きく変わるとのこと。霊力が豊富であれば霊符を大量に作れるし、霊力が澄んでいれば付与する効果が上がるとのこと。
「あとは突然変異だな」
「突然、変異?」
「和紗の瞳が黒から金に変わったように百年に一度、いるかいないか分からない程度に髪や瞳が霊力よりダメージを受け、変異すると言われている。ダメージと言っても良い意味のダメージな? 才や霊力が向上するんだとよ。まあ、それは突然変異じゃない場合もあるけどな。例を挙げるとすれば陰陽頭の土御門蒼蓬。あの人の髪は白髪。つまり見妖の才が特別優れており、神さえも目視することができるってことだな」
「神様も?」
「あくまで噂だけどな。今度聞いてみればどうだ?」
「……考えとく」
「後はツクモ武器とかのことだけど……それはまあ、いっか。本物を見ないと分からねぇしな」
「ツクモ武器? なにそれ?」
「ま、その説明も師匠にしてもらえ。俺はこれから霊符の続きを書くから部屋に戻れよ」
「分かった」
和紗は彰斗の部屋を出て、屋敷内をゆっくり歩いた。和紗に与えられた部屋を通り過ぎ、屋敷内を歩く。庭のある縁側に座り込み、空を見上げた。
空には薄い緑色の何かが屋敷を覆うように囲ってあり、その外には見たこともないような形の何かが浮かんでいる。和紗はあれが〝妖怪〟だとすぐに分かった。ぼうっと空を眺めている和紗の隣に誰かが座った。その誰かは白髪の髪色をしており、狩衣を着ている。
「誰……?」
「僕は和樹。君の……兄弟子にあたる」
「兄弟子……おじさんの……弟子」
「そうだよ。君のことは師匠から聞いていたし、初めて会った気はしないね」
「……不思議と、和紗もそう」
湯気の立つカップを差し出され、和紗はそれを受け取った。和樹はカップを渡すと満足したように砂となり消えた。突然消えた和樹に和紗は驚きながらも、先ほど説明された彰斗の説明を思い出しながら、何かの術かと思い自分を納得させた。
それからカップに入るお茶を飲み終わるまで、和紗はずっと和樹のことを考えていた。白髪の髪に、自分と同じような名前。白髪……黄金の瞳はないけれど顔も名前も憶えていない死んだ兄と同じ。それに初めて会った気がしないあの感覚。和樹は一体……。
「和紗ちゃん! 探したよ!」
「あ。雪代ちゃん……」
「お昼の時間だよ? ほら行こう!」
カップを雪代に預け、和紗は部屋へと戻った。
その時、和樹のことは次に会う時まで忘れることにした。会ったことも、話したことも、違和感を感じていたことも全て忘れることにした。