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思いがけない小さな虹(1)





それから二週間、直江さんは店に姿を見せなかった。


直江さんが店に来るようになってから数ヵ月、こんなにも長い時間会えなかったことははじめてだった。

店でしか顔をあわせず、他の場所で会ったのはあの夜だけ。

互いの連絡先も知らず、もしも直江さんが店に通うのをやめれば、もしもわたしが転職すれば、それだけで二人の糸は断たれてしまうのだと、今さらながらにその儚さを思い知る。



ここ最近直江さんの来店がないことに、スタッフの残念がる声も聞かれるようになってきたが、彼女らの口振りはわたしの心情よりも遥かに軽妙で、それが恋愛の境界線を越えてるか否かの違いなのだと感じた。

一人、例の同僚だけは、他のスタッフ達と若干温度は違っているようにも見えたが、直江さんと彼女の姿を見かけた今となれば、もうどうでもいいことにも思えた。

その同僚のまとっている()は紫だった。

紫は、わたしの経験上、”疲労感” とか ”落ち着かない””ストレス” というイメージだ。

それが小さかったり丸みのある形ならまだ良いが、大きくなったり刺々しさを帯びてくると、一旦休息を取った方がいい。

もし近しい間柄の人でそういった現象を見かけたときは、わたしはなるべくその人がリフレッシュできそうな話題を投げかけるよう心がけていた。

もちろん、()のことは伏せながら。

最近はオーラとかスピリチュアルな面も市民権を得てきたのかもしれないが、わたしのそれ(・・)はオーラともまた違っているし、何より、実の母でさえ気味悪がっていたことを他人に打ち明けられるはずもなかったのだ。



それにしても、もし彼女の()がもっと大きく歪になっていったら、わたしはどう接するべきなのだろう。

おそらく直江さんのことでそうなってる彼女に、まさか直江さんには素敵な彼女がいるんだよなんて言えるわけもないし……



そうやって一人悶々と悩みはじめていたとある日曜日の夜。

夜シフトだったわたしは閉店作業を終えたバイトさん達を先に帰らせて、本社に送る書類を作成した後、戸締り確認をしてから裏口を出た。

いつもは社員が数名いるのだけど、日曜の夜は一人で閉めることも珍しくはない。

バス停までは徒歩一分。

もう目を瞑ってでも辿りつけそうな道のりを、仕事終わりの充足感を手土産に歩いていた。

すると、裏口から通りに出たところで、



「こんばんは、雪村さん」


まっすぐに名前を呼ばれたのだった。

突然のことにギクリと足を止め、声の方を振り向いたわたしは、その人物にまたびっくりした。


「直江さん……?」


いつもスーツ姿だった直江さんが、ラフな私服姿でガードレールにもたれかかりながら()を泳がせていたのだ。


「もう仕事は終わりだよね?」


うっかり最後に見かけたシーンが蘇りそうになり、わたしは取り急ぎ返事をした。


「え?あ、はい、そうですけど……」


頷いたわたしに、直江さんは「今日もお疲れさま」と労いの言葉をくれる。


「ずいぶん久しぶりになっちゃったけど、元気だった?」


正直、元気……ではなかったけれど、ただの社交辞令に本音を吐露するほど幼くもない。

わたしは「元気ですよ。直江さんもお元気でしたか?」と、ごく常識的な受け答えをしてみせた。

てっきり直江さんからもわたしと似たようなセリフが返ってくるのかと思いきや、意外な答えが飛んでくる。



「俺はずっと出張で、実は今日の午前に帰国したばかりなんだ」


いつもと変わらず人当たりのいい柔和な態度だったけれど、今日の虹色(・・)の真ん中には紫が出ていた。

この直江さんのは、疲労感……そう感じた。

けれどその色さえも、彼の放つカラフルの一色としてとても美しく見える。

疲労感さえもが、直江 弘也という人間を彩る魅力のひとつになってしまうのだ。

これが、惚れた欲目なのかはわからない。

けれど直江さんの表情や態度には疲労感なんて滲んでいなくて、つまり、彼にはそれを補って余りある他の感情がたくさん備わっているということだ。

わたしは「それは大変でしたね……」と相槌打つ一方では、直江さんの凄さをひしひしと見つめていた。


すると直江さんがガードレールから体を離し、わたしに歩み寄ってくる。

右手がトラウザーパンツの後ろにまわり、ポケットから何かを取り出したようだった。










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