真実の色(3)
お姉さんの回答は、あまりにも突飛で、わたしは理解への近道を見つけられなかった。
「………はい?」
「ごめんなさいね、いきなりこんな話聞いてもわけが分からないわよね。今から説明するから、どうか最後まで聞いてくれる?」
「……はい。……わかりました」
そうしてお姉さんから語られたのは、わたしの知識や経験や想像力を総動員しても導き出すことは絶対不可能な、悲しい真実だった――――――
わたしと同じで、物心ついたときから人々の色が見えていたお姉さん。
それに気付いたお母様は、優しく寄り添って、色々と教えてくれた。
だからお姉さんは自分に色がなくても驚かなかったし、わたしみたいにコンプレックスを抱くこともなかった。
けれどたったひとつのことだけは、お母様はお姉さんにも教えないままでいた。
それは、黒について。
それを聞いたとき、わたしはつい、「黒?」と声をあげてしまったが、お姉さんは「そうよ」と短く反応しただけで、話を進めた。
それによると、ある日、知り合いのご老人の色が、いつもの一色に加わるように二色になっていたそうだ。
それが、黒だった。
はじめて見る黒を不思議に思ったお姉さんは、すぐにお母様にに尋ねた。
するとお母様は血相を変えたそうだ。
そしてそれは誰にも言ってはいけない、絶対に。と強く注意されたらしい。
………そのご老人は、その後数日で亡くなった。
お姉さんが幼稚園に通っていた頃の話だ。
それからお母様は、お姉さんに黒についてよく話して聞かせた。
黒は、”死” を表しているということを。
丸みのある黒なら ”病死”、角ばった黒なら事故や事件、災害による ”突然死”……
だが黒色を見た者が、死を回避すべく黒の持ち主に何か言おうものなら、自分の体に跳ね返ってくる。
だからお母様は、絶対に誰にも言うなと強く命じたのだ。
この黒については、わたし達のような特異体質の人間…無色透明である見える人からも出てくるが、黒が見えるのは、見える人間でも一部の者に限定されていた。
お母様はその一部の人間で、身をもって跳ね返りを理解していたのだという。
例えば四角い黒をまとっている人に「今日はいつもと違う道で帰ってみたら?」などと言ってしまうと、しばらくして心臓に激痛が走る……そんな具合に。
けれど、知人友人に尖った黒が見えてしまった場合、やはり見なかったことにはできず、思い悩んだお姉さんは、事情を知ってる弘也さんにそっと打ち明けたことがあったらしい。
良心の呵責に押しつぶされそうで、一人きりでは抱えきれなくて……お姉さんはそう言った。
そして当時まだ小学生だった弘也さんは、その相手を心配するあまり、思わず本人に ”死” を回避できるようなことを口走ってしまったようだ。
お母様はそれを知るなり、弘也さんを叱りつけた。こっぴどく。
そのあとお姉さんは、自分の身に起こるだろう変化に恐怖を抱き、構えていたが、おかしなことに数日経っても何も変化は起こらなかった。
そこで、お二人は一説を立てた。
………第三者を経由すると、跳ね返りは起こらないですむのではないかと。
そういう経験から、それ以降、お姉さんは近しい間柄の人、またはどうしても助けたい人に黒が見えた場合、弘也さんにその回避になりそうな助言、行動を託していたのだそうだ。




