不穏な連絡
その日の夜、わたしが仕事から帰っても、家に弘也さんの姿はなかった。
家には弘也さんが一旦戻ってきた形跡もなく、メールも電話も何一つ連絡がない。
夕方の休憩のときにわたしからメッセージを送ってみたが、それにも返信はなく、こんなにも長い時間連絡が取れないことに、一抹ではない不安に胸を締め上げられていた。
けれどわたしが帰ってから十分ほど経ったとき、やっと弘也さんからの着信があったのだ。
「はいっ、もしもし、弘也さん?大丈夫?」
心配のあまり早口でしゃべるわたしに、電話越しの弘也さんの声は沈んでいた。
《……加恵、もう帰ってる?》
「うん、さっき家に着いたところ。弘也さんは今どこなの?》
《それが、………病院なんだ》
「病院?!弘也さん、どこか悪いの?」
思ってもいない返事に、わたしはつい大声で訊き返してしまった。
《いや、俺じゃなくて……姉が、ちょっと体調崩したんだよ。すぐに入院になって、それで一緒にいた俺が付き添ってるんだ》
「お姉さんが?入院だなんて、そんなにひどいの?」
ひとまず弘也さんの無事は確認できたものの、以前からお身体が丈夫ではないと聞いていたお姉さんの容態が気がかりだ。
スマホを握る手のひらに、グッと力がこもる。
《ちょっと心臓がね……。前から心臓はトラブルを起こしがちだったから、念の為に入院になったんだよ。それで、落ち着くまでもう少しかかりそうだから、帰りは何時になるか分からないんだ……》
沈んだ口調ではあるけれど、話し方は穏やかでいつもの弘也さんだ。
こういうとき、電話では色を確認できないのがもどかしい。
お姉さんも心配だし、看病する弘也さんも心配。
だって弘也さんには、お母様を見送ったという、悲しい経験もあるのだから……
そのときのことがフラッシュバックしてこないか、そんな心配もあったのだ。
「弘也さんは?大丈夫なの?弘也さん、朝は紫が強く出てたけど、今はもっとひどくなってるんじゃないかって、それがすごく心配」
思いきって色を持ち出したわたしに、弘也さんは《大丈夫だよ。ありがとう》と明るく言った。
《それより、加恵の方が心配だよ。俺は遅くなるから、ちゃんと戸締りして寝るんだよ?》
「大丈夫よ。子供じゃないんだから」
冗談っぽく心配性な一面を表に出してきた弘也さんに、わたしは笑って撥ね返す。
弘也さんは続けて、
《本当に?今の加恵には白色は見えないけどな》
妄想の色をからませてからかってきた。
白は、”誠実” のイメージだ。
「そんなことないよ。とにかく、弘也さんも気をつけてね。何か必要な物とかあったら、真夜中でもいいからすぐに連絡ちょうだいね?もしお姉さんの容態に変化があった時も、絶対に連絡してね?絶対だよ?」
お姉さんの看病をしてるのなら長話すべきでないと、わたしはとりあえず思いつく限りのことを伝えて、弘也さんも《わかった》と頷いて、通話は終了となったのだった。
そしてこれが、カウントダウンの開始だったこと、わたしは知る由もなかったのである。




