断罪劇 1/4
きらびやかなドレスをまとった令嬢子息が学園最後の卒業パーティーを楽しむ中、第一王子レオンの声が高らかに響き渡った。
「みんな、重要な話があるんだ。聞いてくれ!」
同時に騎士団長令息であるローレンスが透き通ったアイスブルーの髪と深紅のドレスをまとった令嬢の腕を後ろ手にねじり上げながら王子の前に引きずり出した。
驚き、戸惑い、そして巻き込まれたくない思惑が交差して王子と令嬢を中心にして人が円形に掃ける中、何人かが王子の周りにとどまる。
一人はマリア。平民でありながら難関の入学試験を突破して入学した英才である。最近楽し気に王子と共に過ごす姿を見かける女生徒で、さらさらの金糸の髪とサファイアの瞳を持ち純白のドレスを身にまとった彼女は王子の腕にすがり付いておろおろとしている。
もう一人は宰相子息のキース。トレードマークである細眼鏡の奥から鋭い視線を深紅の令嬢に向け、苛立たしそうに手元の資料をめくっている。
「レオン様、このわたくしを罪人のように扱うなど、これは何の真似ですか。いくら婚約者であろうと未来の国母を公的な場で辱めるなど許されるものではありませんよ。」
「黙れイザベラ!お前が公爵令嬢の地位を笠に着てマリアに行った仕打ちは到底許されるものでは無い!」
かなり強く腕をねじり上げられているにも拘らず顔色一つ変えない婚約者にレオンの怒りはさらに過熱する。
「キース、ローレンス、あなた達まで何をやっているのです。このような愚行に走った殿下をお止めする事を期待して殿下の傍付きに選ばれたというのに。」
「五月蝿いですよ氷の魔女め。こちらにはあなたの取り巻きがマリア嬢に行った非道の数々を証明する資料があるのです。これが公になれば貴女は修道院送りか幽閉か、どちらにせよもうお終いなのですよ。」
「オレは王子の護衛で将来の騎士団長なんだ。アンタの部下になったつもりはないし、言う事を聞かなけりゃいけない理由も無いね。」
「イザベラ、まだ自分の立場が理解できていないのか?ならばここに言ってやろう!王太子レオン・オーウェンは公爵令嬢イザベラ・フロストフィールドとの婚約を正式に破棄し、マリアとの婚約を結ぶことをここに宣言する!」
ざわめきが会場を満たす中キースは満足げに頷き、感極まったマリアの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「本当にそれで宜しいのかしら?その選択に後悔はなさりませんか?」
冷徹な光を湛えたイザベラの目で射竦められたレオンはそれを振り払うように声をあげた。
「これは王太子としての決定事項だ、二言は無い。氷の魔女と恐れられたお前もこれでお終いだな。せいぜい今後の身の振り方を考えておくがいい。」
「わたくしの今後についてでしたら一切問題ありませんわ。」
「なんだと?それはどういう・・・。」
その時会場により大きなざわめきが起こった。人垣が割れ現れたのは豪奢なマントを羽織った精悍な男と、それを守るように付き従う胸甲を着けた偉丈夫達。
「父上、なぜこのようなところに。」
「アーノルド陛下、お見苦しい所をお見せして申し訳ございません。」
「よい。それよりも騎士団長子息ローレンス、いかなる理由が有れ令嬢にそのような扱いは感心できんな、離してやりなさい。」
「はっ、御心のままに!」
突然父である国王が登場したことで狼狽えるレオンと注意を受けて慌てて手を放すローレンス。
イザベラは掴まれていた手首を軽く擦ると優雅に淑女の礼を執る。
「余が来たのは他でもない、今ここで起きている婚約破棄の件である。結論から述べよう、レオン、そなたと公爵令嬢イザベラとの婚約破棄を認め新たにマリア嬢を婚約者とする事を承認する。」
「ありがとうございます父上。」
頭を垂れながら内心歓喜にあふれるレオンとその取り巻き達。
「イザベラ嬢に関しては第二王子アーロンの婚約者とする。」
「なっ、なぜですか!この女は取り巻きを使いマリアを虐げた大罪人、それをアーロンの婚約者にするなどと!この女に関しては修道院で生涯を贖罪に捧げさせるか、雪と氷に閉ざされた北の地にでも幽閉させるのがふさわしいと・・・。」
「口を慎め、国王たる余の裁定に口を挟むな。マリア嬢への恐喝および嫌がらせ等の件についてはこちらでも調査把握をしている。宰相子息キース、君が集めた証拠をこちらへ。」
騒ぎ立てるレオンを遮り、国王は護衛騎士伝手に渡された資料に目を通すと重々しく言った。
「足りぬ。」
「はっ、イザベラ嬢の凶行についてはその資料外でもさらに多くあったはずで・・・。」
「違う、圧倒的に足りんのだ。この資料は学生の宿題として見るならば合格の判もつこう、しかし国事を左右する資料としては余りに一方の立場からの見解しかない。イザベラ嬢の取り巻きがマリア嬢に行った事柄を淡々と記載してはいるが、それに至る経緯の説明も足りなければイザベラ嬢が指示を出したと証明できるものも無い。例えばこのマリア嬢が母親の大切な形見のドレスに紅茶を浴びせられた件だが、こちらの調べではマリア嬢が招待状も持たずに茶会に参加し、暗黙の了解を破り主催した令嬢の怒りを買った事が原因であった。その他の事案も方々で要らぬ怒りを買ったのが主な原因であるな。」
「しかし、マリア嬢は茶会などの経験も少なく暗黙の・・・。」
「平民が事前に調査も確認もせず失敗したので許せ、それが貴族相手に罷り通るとでも?この件についてはそなたの父である宰相ブランドンから後で話がある。」
「そもそも学園は貴族も平民も身分の差なく・・・。」
「学園は身分の差なく学ぶ施設、すなわち貴族にあらずとも優秀な平民にも教育の機会を与える機関である。身分差を否定する規定など元より無い。平民であれば学園で貴族との付き合い方を学び、人脈を繋ぎながら官僚や騎士として仕えるべき貴族を見定めるのが本道である。」
悔し気に口をつぐむキース。
「騎士団長子息ローレンス、そなたについても騎士団長ライアンから話があるそうだ。このパーティーが終わり次第練兵場に向かうように。」
途端にローレンスは青ざめてガタガタ震えだす。練兵場での話し合い、すなわち文字通り血を吐くような訓練が待っているのだ。
「さて、レオンよ、そなたについてだがマリア嬢との婚約を認めたうえで廃嫡、貴族位及び王家に連なる者として得てきた財貨の全てを召し上げ平民とする。今後は平民であるマリア嬢の良き伴侶として望む様に生きるがよい。」
「馬鹿な、今まで王太子として努力して来た私を切り捨てるなど!」
「如何にも、そなたは救いがたい馬鹿であるな。そもそも王家とは民と神々に認められし血を受け継ぐ者達だ。そのため王位を継ぐ者は四公のうちいずれかより正妃を迎え、その尊き血を絶やさぬよう連綿と続いてきたのだ。側妃に関してはそのような取り決めも無い為、そなたが望むならマリア嬢を側妃として迎える未来もあったであろう。しかしそなたは正妃となるイザベラ嬢を切り捨て、マリア嬢を妻に迎えると公言した。それは己から王太子の座を投げ捨てたのと同じ事よ。それに婚約を一方的に反故にされたフロストフィールド公爵家は王家に対し強い怒りを持つ事だろう。他の公爵家についてもそなたは約定を守らぬ者であると考えるであろうな。公爵家の心が王家から離れれば王国は滅亡に向かって一直線よ。」
レオンのかみしめた唇から血が流れ、強く握りしめすぎた拳は白く染まる。
「マリアは、マリアは私を王子ではなく唯一レオンとして見てくれた。マリアだけが私を理解してくれたのです。」
「それは王家の正当性とはまるで関係ないが、あえて聞こう。レオンよ、そなたはイザベラ嬢の何を理解している?」
レオンは憎々しげにイザベラを睨みつける。この女さえ居なければ、いつも氷の様な無表情を貼り付けた何を考えているかもわからない人形が。厳格で冷徹、慈悲の欠片も持たない氷の魔女と陰で揶揄されるこの女さえおとなしく身を引いていれば私は幸せになれたはずなのに。
「イザベラ嬢は婚約から今日に至るまでそなたに代わり王国の政務や貴族家との折衝を行ってきた。そなたがキース、ローレンスと共に遊興に出ていた時もマリア嬢との茶会を楽しんでいた時も、そなたが王位についた時の治世のために持てる力の全てを注ぎ込んできたのだ。当然、マリア嬢を虐めている余裕など有ろうはずが無い。イザベラ嬢に陰で支えられていた事も知ろうともせず、王太子の身分を笠に着て遊惰にふけって来たそなたをイザベラ嬢抜きで誰が王と認めよう。」
語気強く王が言い切るとレオンの顔は紙のように白くなっていた。表情からは怒りも憎しみも抜け落ち、焦点の定まらない目はイザベラと王の間を行ったり来たりするばかり。
「婚約おめでとうございますレオン。全てをなげうって真実の愛を選ぶとはまさに恋愛小説の主人公のようでしたわ。下町で働いた事も無いあなたにとってはこれから大変でしょうけど、マリア嬢と幸せになってくださいまし。」
踵を返し去ってゆく王と最後まで表情を変える事の無かった元婚約者の後ろで愚かな男がゆっくりと崩れ落ちた。
【Good End -真実の愛-】
こんなはずではなかった。やり直しだ、やり直しを要求する。
あら、いいですわよ?では最初からやり直してみましょうか。政務をこなしつつマリアの支持派閥を作るともう少しマシになるかもしれませんわよ。