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いつか灰になるまで  作者: 和紗
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幾島家2

電車を乗り継ぎ幾島の家の最寄り駅に着いたのは、高校を出て1時間以上経ってからだった。

いくら乗り換えの時間があるからと言っても安易に学校の帰りに寄るような場所ではない。


(これじゃあ、家に帰るのも結構時間かかるかもなぁ)


父が帰宅するまでには帰らないと、また面倒なことになる。

帰路に就く時間を気にしながら、改札を出た。


携帯を取り出し、幾島の家の住所を入力して経路を検索する。


ここからさらに歩いて20分ほどの距離があるようだ。少しばかりの疲労感を覚えため息を吐きながら夜尋は歩き始めた。



そもそも、なぜ幾島は肝試しなど行ったのだろうか。


歩きがてらふと疑問に思った事を考えてみる。

夏場ならばまだしも彼が訪れたのは1ヵ月前のまだ寒さが厳しい3月の上旬である。肝試しをするには不釣り合いな時期だ。


そして、もう1つ。


なぜ幾島に霊が憑りついたのか、ということだ。

何度もあの山に訪れているが、兄の霊的な気配だけでなく、人に憑くような強い念を持った霊の存在も認識できなかった。


それもあって、どこか引っ掛かりを覚えた夜尋は改めて今まで事務所に来た依頼人の記録を漁ってみた。そして夜尋が思っていた通り、あの山に肝試しに行って依頼をしてきた相談者は誰一人いなかった。


もちろんそこまでの被害が無かったり、他の霊能者に依頼している場合もあるだろう。


そう思って、ネットでも調べてみたが、あの山に肝試しに行った報告記事はちらほら見つけることができた。しかし、女の霊が出るだとか、うめき声が聞こえただのという心霊スポットならどこでも書いてある情報は載っていても、幾島のように霊の存在を強く意識した出来事があったという記事は発見できなかった。


(何か引っかかる……)


もしかしたら、幾島はすでに危険な行為を自ら行っていて、夜尋が手を出さなくてももう手遅れかもしれない。


(それならそれで、じわじわ苦しんでいるのを近くで見守るのも、なかなか面白いかもしれないなぁ)


そう思うとまたニヤけ顔になりそうで、口元を手で押さえた。


そうこう考えているうちに、いつの間にか幾島の家の前まで来ていた。考え事をしながら歩いていたからか、体感時間は意外に短く感じられた。

携帯で再度住所を確認し、建物を確認するため、顔を上げる。


そこは3階建てのアパートのようだ。


まさにボロアパートという言葉を体現したような建物だった。


肌色のコンクリートは大半が藻のせいで緑色に変色し、所々蔦が這っている。築年数は相当経っているし、手入れも行き届いていない。外観からも見て取れるが、この様子ではそんなに部屋数もあまりないだろう。

こんな絵に描いたようなボロアパートもなかなかないだろう。


外観から察するに、間取りはせいぜい2DKといったところか。

この1室で家族3人で暮らしているのだから驚きだ。


とりあえず幾島を訪ねようと階段を登る。

幾島が住んでいるのは3階の303号室だ。


階段を登ると、カンカンと小気味の良い音が響く。階段を登り切り、目的の303号室の扉の前までくると表札を確認する。


『幾島』


マジックで書かれた文字は霞んでおり、やっと読めるくらいに摩耗している。ここに移り住んでから結構長いようだ。こんなボロアパートに長年住んでいるということは、長く生活に困窮しているのだろう。


表札の下にあるインターフォンを鳴す。ボタンを押した瞬間、音の外れた不気味なメロディーがドア越しに聞こえてきた。夜尋は少し帰りたくなった衝動を押さえつけ、ドアが開くのを待った。

パタパタと急いでいるような、軽い足音が聞こえ、小さくドアが開く。


「はい」


陰鬱な返事が彼の状態をよく表している。

開いたドアの隙間から覗かれたのは、先日見た顔だった。

以前会った時からあまり変化はないようだが、相変わらずひどい様子だ。


「こんにちは。『いわなみ心霊相談事務所』の[[rb:都築 > ツヅキ]]です」


幾島は相手が夜尋だと知ると少し安堵した表情になった。

しかし、それも束の間、そのあとしきりに夜尋の周りを気にている。


どうにも挙動不審ぎみな幾島を訝し気に見ていると、幾島はその視線に気づいたのか、少し気まずそうになりながら問いかけた。


「あの、都築さん一人ですか?」


そのような質問は初めてされた。

一瞬その問いの真意がわからず、きょとんとしてしまった。

しかし、すぐにその問いの理由を理解する。


(ああ、そういうことか)


いままで依頼者の家に訪問するときは、誰かしらの霊能者と一緒に行動していた。所謂、助手という立場だ。そのため、実際に依頼者に対応するのも同伴していた霊能者であった。


最近では、間取りの改善などで解決するような小さな依頼は、夜尋一人で行ってはきているものの、それも依頼を受けた後、一度事務所に戻って、処理してから再度こちらに来てもらい解決法を提案する形を取っている。そこで疑問を持たれたことがなかったため気が付かなかったが、普通は霊能事務所に依頼をして、夜尋ほどの年齢の少年が現れたら誰でも不審に思うだろう。おそらく依頼者たちは、忙しい霊能者たちに代わって解決法を伝えるための仲介人か何かだと思っていたのかもしれない。


そんなこともあっていままで気づかなかったが、今は夜尋一人で依頼を請け負っているのである。

こんな高校生で大丈夫なのかと疑問に思うのも無理はない。


夜尋はどうにか安心してもらえるよう慣れない作り笑顔で答えた。


「はい。今回の幾島さんの依頼は俺……、失礼。私が対応することになりました」


「ああ、そうだったんですね」


幾島はまだ戸惑った表情だ。

しかし、このまま玄関で話をするわけにもいかないと思ったのだろう。ドアを大きく開け、夜尋を中へと促す。


「ええっと、とりあえず上がってください」


幾島に促されるままに、夜尋は家に上がることにした。


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