巻之八 「久闊を叙する時」
これが、私が御子柴1B三剣聖の1角として、新たなる出発を果たした日のあらましだ。
三剣聖と名乗っているが、私達3人は常に行動を共にしている訳ではない。
枚方さんは、また別個の友達グループに所属していたからだ。
枚方さんの友達グループは、A組とB組の特命遊撃士が2人ずつという面白い構成になっているらしい。
枚方さんとB組側のペアを構成しているのは、御子柴1B三剣聖の結成に立ち会ってくれた、あの和歌浦マリナ少佐だ。
A組ペアとB組ペアの馴れ初めは、正式配属された3年前まで遡るらしい。
研修生として参加した巡回パトロールで巻き込まれた、サイバー恐竜事件。
彼女達は乏しい実戦経験と少ない戦力を物ともせず、支局からの増援が来るまで力を合わせて苦境を乗り切ったという。
無二の戦友として深い絆が育まれるのは、自然な流れだ。
だが、枚方さんと付き合う事で、枚方さんのグループの子達と交流する機会が得られたのは幸いだった。
レーザーライフルを愛用する吹田千里准佐に、レーザーランスを個人兵装に選んだ生駒英里奈少佐。
2人とも私にはない個性の持ち主で、今年のゴールデンウィークに開催された第25回つつじ祭りを始め、様々な楽しい思い出を共有出来た。
とはいえ、決して楽しい事ばかりではない。
私達は人類防衛機構が掲げる正義の御旗の下、都市防衛の使命を帯びて戦う防人の乙女。
その毎日は常に、戦闘と隣り合わせだ。
テロ組織の殲滅作戦や、凶暴な特定外来生物の駆除作戦は、最早日常茶飯事。
つい3日前も、太閤秀吉直系の子孫を自称する狂気の霊能力者・豊臣秀一が企てた武力蜂起を撃破してきたばかりだ。
亡者として現世に甦った西軍側の侍達は、実に恐ろしい強敵揃い。
だが、生者と同様の理性を持つ者もまた、少なくなかった。
グレネード弾で片手を断裂されながらも、主君である真田幸村公への忠義を果たそうとした猿飛佐助。
怨霊武者達を同時代人としての情で介錯しながら、己の死に場所を探していた宮本武蔵。
爆風と銃弾飛び交う戦場の中で相対した私は、在りし日の誇り高き技の冴えと、秘められた彼等の哀しみとを、否応なしに突き付けられたのだ。
望まぬ形で現世に甦った武芸者達に私が出来たのは、愛刀・千鳥神籬を以て、彼等を再び葬る事のみ。
せめてもの供養として、改造された身体と淡路一刀流の剣技の全力を駆使して、畏れながらも御相手させて頂いた。
彼等が再び永久の眠りにつける事を、そして、その眠りが安らかな物である事を祈るばかりだ。
何はともあれ、多少の負傷者こそ出してしまったものの、生者と亡者の戦いは私達の勝利で幕を閉じた。
私達の享受する現代は、こうした先人達の屍の上に成立している事を、決して忘れてはならない…
「ん…?」
「ゴメン…待たせちゃったね、姉さん。臨海学校の件でホームルームが長引いちゃって…」
物思いに耽っていた私の意識を現実に引き戻したのは、申し訳なさそうに弁明する少年の声だった。
「いいえ、藍弥…呼びつけたのは私の方なのですから。」
私は左右に軽く頭を振って椅子から立ち上がり、4年振りの再会を果たした弟の姿を観察した。
私の記憶よりも多少は背が伸びたものの、浜寺公園中学校の制服である紺のブレザーは未だ板についておらず、まだまだ小学生の尻尾が残っている。
だが、母に似て目鼻立ちの整った紅顔に浮かぶ気弱な表情は、幾分かマシになったようだ。
「久し振り、姉さん。にしても珍しいね。姉さんから僕を呼び出すなんて。」
藍弥の不思議そうな口調も、無理もなかった。
特命遊撃士養成コース編入に合わせて洲本家に身を寄せてから、4年余り。
藍弥に何度頼まれても、私は頑として実家には戻らず、弟とは会おうとすらしなかったのだから。
止むを得ない要件が実家にある場合は、藍弥が学校にいる間に済ませ、また洲本家に藍弥が訪ねて来た時は、居留守を使って追い返していた程だった。
全ては私への依存心を断ち切る事で、藍弥に淡路一刀流の後継者としての自覚を促すためだった。
「何しろ、あのようなメールが御母様から御座いましたもの。様子を見てみたくなったのですよ。」
明王院ユリカ支局長の発案で開催された、作戦参加者の慰安も兼ねた祝賀会。
そこで戦友達と共に熱燗を傾けていた私は、スマホに送信されたメールの差出人を見て、思わず身を固くした。
怨霊武者を相手にした大規模な戦闘が市街地で展開された日の夜に、実家の母から送信されたメール。
民間人の犠牲者は報道されていなかったものの、家族が未確認の犠牲者になっている可能性は充分に有り得た。
『まさか、家族の身に何か…』
顔の筋肉を強張らせながら表示させたメールには、予期していた訃報ではなく、意外な内容が記されていた。
-かおるさん、ご健勝のようで何よりです。
-「負傷者は出たものの、犠牲者は無し。」との報道を聞き、胸を撫で下ろした次第です。
-こちらも幸いにして、家族も門弟の方々も無事に避難する事が出来て、今は家に戻って明日の指南所の準備をしている最中です。
-さて、かおるさんに是非ともお伝えしたいのは、今回の事件における藍弥達の活躍についてです。
-門弟の小学生達を逃がそうとした藍弥は、無我夢中で九字を切り、お父さんから渡された業物で足軽達に戦いを挑んだのですよ。
-どうやら九字を切る事は、ニュースで報じられた巫女の方々の祝詞と同じような効果があったらしく、藍弥に切りつけられた足軽達は、塵みたいになって消えてしまいました。
-お父さんや師範代の方々、そして目録持ちの門下生の方々も藍弥に倣い、九字を切りながら業物を振るって、その場の足軽達は粗方蹴散らす事が出来ました。
-私達が無事に避難出来たのも、藍弥が勇気を出して戦ったからです。
-藍弥もあの子なりに、頑張っているんですよ。
-かおるさんも、藍弥について思う所は多々あると重々承知していますが、たまには顔を身に来てあげて下さいね。
祝賀会と二次会を済ませて洲本の家に帰宅し、この件を避難所から戻った叔母夫婦に相談した所、「会ってあげるべきだ。」と声を揃えて強く主張された。
『一刀流の後継ぎに相応しいよう、藍弥君に強くなって欲しい。かおるちゃんが義兄さんの家から出た理由は、よく分かってる。だったら、藍弥君がどれだけ成長出来たかを確認してあげても、罰は当たらないんじゃない?』
これと同様の説得は、叔母の諭鶴から何度もされた物だった。
『僕も決して、気の強い方じゃないからね。つい藍弥君の事を贔屓目で見ちゃう癖があるけど…』
しかし今回は珍しく、叔父の美久馬も口を挟んできた。
『それを抜きにしても、かおるちゃんは藍弥君に会ってあげるべきだと思う。藍弥君は成長した自分の姿を、かおるちゃんに見て貰いたいはずだよ。他の誰よりもね!』
元文学青年らしい柔らかな物腰からは意外に思えてくる、強めの口調。
そんな叔母夫婦の取り成しが、頑なな私の姿勢を揺るがし、こうして2年振りに弟の顔を見てみようと考えを改めた次第だ。