巻之七 「結成、御子柴1B三剣聖」
「ホームルームも終わって、A組の2人もボチボチ来るってのに、お京と来たら何をグズグズと…あっ…!」
抗議めいたアルトソプラノは、虚を突かれたような口調に変わっていた。
「悪い、取り込み中だったみたいだね…」
私と同様に少佐階級の遊撃服を纏った少女は、金釘の誓いに口を挟んだ非礼を詫びるだけの、謙虚な性根の持ち主だった。
私と同じ艶やかな黒髪の持ち主ではあるものの、大和撫子然とした雅やかな雰囲気とは縁遠そうだ。
高校1年生の割には長身でスタイルが良く、大人びた雰囲気を醸している。
氷のカミソリみたいに冷たく鋭い佇まいを宿した凛々しい美貌と、赤々と光る切れ長の瞳が、その印象により拍車をかけていた。
もっとも、その右半分は長く伸ばされた前髪で覆われており、窺い知る事は難しかったけど。
長く伸ばした前髪で隠れた右目といい、右側頭部で結われた太目のサイドテールといい、右側に特徴の偏った少女だった。
「貴女は確か…和歌浦マリナさんでしたね?」
名字が「わ」から始まる者の宿命か、黒いサイドテールの少女は出席番号の最後尾だった。
そのため、ホームルームで行われた自己紹介を思い出す事は容易かった。
「そうだよ、かおるちゃん!マリナちゃんは私と同じ御子柴中からの内部進学組で、養成コースに入った小5の3学期以来の付き合いなんだ。大型拳銃と近接格闘術を取り混ぜた戦い方が得意なんだよ。」
「おいおい、お京。お京は何時から、『和歌浦マリナ』に改名したんだよ?淡路さんは、私に聞いてるんだからな。」
答えを横取りした級友に、和歌浦さんは呆れ顔で不平を漏らしていた。
その表情はクールビューティという第一印象とは真逆の、親しみの持てる人間臭い物だ。
「よろしく、淡路さん。出席番号1番と最後尾の縁で、仲良く頼むよ。」
さっと差し出された右手の主は、爽やかな微笑を浮かべていた。
初見では氷のカミソリみたいに鋭く冷徹な印象のあった切れ長の赤い瞳も、よく見ると穏やかで温かい光が宿っている。
どうやら、意外と人当たりが良くて友好的な性格らしい。
第一印象だけで他人を判断してはいけないと、改めて痛感させられる。
「こちらこそ…級友として、そして戦友としてよろしくお願い申し上げます、和歌浦マリナさん。」
差し出された右掌を握ってみると、美しく整った白い手は温かく、華奢な見掛けからは予想出来ない程に力強い。
特に人差し指の力たるや、かなりの物だ。
それに何より、微かではあるものの、硝煙の残り香が伝わってくる。
いかにも、拳銃使いの手に相応しい。
「お京に似てなくもないけど、何処か違う。そこが、レーザーブレードと日本刀の差なのかな?」
「はい…自慢では御座いませんが、幼少の砌より業物と共に育ちましたので…」
屈託のない微笑を浮かべる和歌浦さんに、私は苦笑を辛うじて堪えて答える事が出来た。
この少女、どうやら私と同じような事を考えていたらしい。
「こうして『御幸通中学至高の剣豪』と握手を交わせて、私としても光栄だよ。今の二つ名は御子柴中でも評判で、お京のヤツが随分と羨ましがってさ。」
「だってさ、カッコいいもん!私だって、『レーザーブレードのお京』みたいな二つ名で呼ばれたいじゃない!」
クールで落ち着いた微笑を向けた和歌浦さんに、子供っぽくも明朗快活な口調で応じる枚方さん。
まるで正反対のタイプなのに、丁々発止と息がピッタリ合っている。
さっき枚方さんが言及していた、「お京」のニックネームで呼んでくる友達というのは、和歌浦さんと考えて、どうやら間違いないようだ。
「おいおい、お京…レーザーブレードはあくまで量産品。それを異名にしても、物珍しくと何ともないだろ?それより…手苅丘さんもB組とは驚いたね。成る程、この3人がB組の三剣聖って寸法か。」
「三剣聖!?良いね、それって!」
自前の二つ名を却下された事も忘れ、枚方さんが弾んだ声を上げている。
この胸騒ぎは、果たして何だろう?
この私も、無関係ではいられないような…
「御子柴1B三剣聖!どうかな、これを私達3人全員の二つ名にしようよ?御子柴1B三剣聖の1角、枚方京花少佐。ああ、良いなあ…」
三剣聖の残る2強は、私と美鷺さんの事と考えて間違いないだろう。
成る程、胸騒ぎとはこの事だったか。
もっとも、仮に私達2人が拒否した所で、枚方さんは件の組織名を我が二つ名として使うに違いない。
現にああして悦入りしているのだから。
「三銃士ならぬ三剣聖か。悪くないねえ…乗ったよ、その趣向!」
こうして美鷺さんが肯定した以上、多数決の原則に従わざるを得まい。
「サーベルに日本刀、そしてレーザーブレード。特性は異なれど、いずれ劣らぬ優れた一刀である事は変わりません。敢えて筆頭等の序列は設けないなら、私も異論は御座いません。」
三剣聖は全員対等。
この私の提案を、美鷺さんも枚方さんも快く承諾してくれた。
「うん、決まりだね!今この瞬間から私達3人は、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局にその人ありと名高い、御子柴1B三剣聖だよ!」
「そうかい、お京…いや、御子柴1B三剣聖の御一行様よ。よし!このめでたい結成式、私が立会人を買って出ようじゃないか!」
教室内に響き渡る程の弾んだ声を上げる枚方さんに感化されたのか、茶化し半分で拍手を打ち鳴らす和歌浦さんも、楽しそうな微笑を浮かべている。
今までのやり取りから、意外と人付き合いの良い方という事は分かったけれど、果たして何を思い付いたのだろう。
「総員、起立!御子柴1B三剣聖に向かって、敬礼!」
「敬礼!」
すると、和歌浦さんの号令一発。
教室内の特命遊撃士と特命機動隊曹士の全員が一斉に立ち上がり、人類防衛機構式の美しい敬礼で私達を祝福してくれたのだ。
私達と揃いの白い遊撃服を着込んだ特命遊撃士に、紺色の制服を纏った特命機動隊曹士。
その誰もが、祝福に満ちた笑顔を浮かべている。
「我々、B組在籍の特命遊撃士一同、御子柴1B三剣聖の結成を心より祝福致します!」
「特命機動隊曹士一同、右に同じであります!」
和歌浦さんの後に続いたのは、能勢妙子准尉の分隊に所属する特命機動隊の川西桜子一曹だった。
「川西さん…」
川西一曹も私と同様、御幸通中学校からの受験組。
中学時代は1度も同じクラスにならなかったが、今は妙に親近感が湧いてくるから、不思議な物だ。
「ありがとう、マリナちゃん…そして御子柴1B在籍の防人乙女のみんな。私達3人、どんな悪にも決して負けないよ!」
あどけない枚方さんの童顔に笑みが浮かび、一際快活に輝いた。
友情と絆を重んじる、明朗快活な少女。
そんな枚方さんは、ある意味では防人乙女の理想的な模範例とも言えた。
「おおっ!然りだな、京の字。誓うぞ、皆の衆!我等3名。1人は皆の為に、皆は1人の為に!」
「生まれた時と場所は違えども、死して後は堺県防人神社にて再び相見えましょう。」
大デュマの名作を盗用した美鷺さんに倣い、私も「三國志演義」を意識した台詞を述べさせて頂いた。
思えば、私が誰かと冗談を言い合うなど、随時と久しい。
私もまた、枚方さんと美鷺さんの陽性の気質に、影響されつつあるという事だろうか。
「ねえねえ…見た、萩原さん?やっぱり一味違うよね、人類防衛機構の子達と私達ってさ…」
「そりゃそうだよ、秀代ちゃん…生きる世界が違っちゃってるんだから。ところでさ、秀代ちゃん?やっぱし高校でも美術部に入るの?まあ、かく言う私も中学と変わらず、吹奏楽部志望だけどね。」
そんな防人乙女とは対照的に、御子柴高の制服である赤いブレザーを纏った一般生徒達は、驚きに満ちた怪訝な視線を向けている。
まあ、いきなり芝居掛かった立ち振舞いを見せられた彼女達の視点に立てば、その気持ちも充分に理解出来たけど。